【そして彼らは彼らと出逢う】

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 半端じゃない。
「わあ、わー、わぁぁぁ――」
 この上ない。
「うっわぁぁぁ、も――――!」
 おそらくどころでなく、極限。

「大きくなったね、大きくなったね、大きくなったね――――っ!!」

 すっげ、嬉しそうに。幸せそうに。
 一も二もなくすっ飛んでったの背を、取り残された調査隊の面々は、いささか既視感感じつつ。同じく取り残された島の人々は、いささか呆気にとられつつ。
 その喜び様を、眺めていた。


「へっ、そりゃ成長もするっての」
 ナップが笑う。
「お久しぶりです」
 ウィルが微笑う。
「お元気そうで何よりですわ」
 ベルフラウが微笑む。
「本当に、お変わりないんですね……っ!」
 アリーゼが感激してる。

 幼い頃の面影残した彼らの姿に、は、もう、ただただ感激。
 レックスとアティに再会したときは、こんなふうに手放しで喜んだりなんて出来なかった反動からか、自分でも不思議なくらい、気分が高揚しているのだ。
 でも、全然不快じゃない。そんなわけ、あってたまるか。
 だって嬉しい。
 単純に嬉しい。
 たとえ自分がちーとも変わってないのに、とかちょっぴり思ったりなんかしても、誰かがこうして成長し、それでも昔の誰かの部分を残したままで、親しく自分を迎えてくれるというのは――ああもう、本当に嬉しいっ!
「で、早速質問なんだけど!!」
「何ですか?」
 勢いこんで問うへ、ウィルが穏やかに応じる。

「君たち今、何歳ッ!?」

「「「「…………」」」」

 四人は乾いた笑いを浮かべた。
 特にアリーゼ、心なし頬が赤い。目もお魚。
「実年齢でないといけませんの?」
 そんな妹の傍らでは、目を細めたベルフラウが、ちょっぴり凄味を滲ませた声で云う。
 半ばそんな反応を予想していたは「いや、いいです」と引き下がった。
 ……単純に考えれば、当時の年齢+20年程度なのだが、目の前にいるきょうだいらの外見は、どう見ても成人前後である。
 となれば、
「じゃあ、みんなやっぱりこの島にいたんだ?」
「あ、はい。そうなんです」
「でもちゃんと、軍学校は卒業したぜ」
 きょうだいで首席争いしたもんな、と、懐かしそうに、ちょっとだけ自慢げに、ナップが云った。
 そっかそっか、と、目線を合わせるためか心持ちかがんでた彼の頭を、ぽんぽんと叩いても笑う。自分も、と、身を乗り出してきた残り三人へも、順繰りに、同じことをしてやりながら。
 と。
 ぐいっ、と、強い力で服の裾を引っ張られた。
「……、なんかこの人たちのお母さんみたい」
 犯人であるところのマグナが、むー、とむくれてそんなことを云う。
「あはははは、そう見える?」
「見える……」
「ところがそうじゃないんだなー」
 よしよし。濃い色のくせっ毛をなでてやると、わんこはちょっぴりご機嫌回復したようだ。
「じゃあ、この人たちが、の話してた――えーと、島で逢った帝国の子?」
「そうそう」
「……時の流れは、いかんともはや、ってなあ」
 子じゃねえだろ。今となってはどう見ても。
 しげしげと、マルティーニ家の四人を眺め、フォルテがぽつりとつぶやいた。彼の傍らではケイナも同じく、そうよね、と頷いている。
「まあ、そのあたりはこの島の特異性というやつじゃなー」
 かんらかんら、笑うはマネマネ師匠。
「――それはいいのですが、肝心の本題が放り出されてますね」
 苦笑するは、フレイズ。
 白黒天使(片方は外見のみ)のやりとりに、はたり、彼方にすっ飛んでいた本題が、各々の意識で存在を主張した。

 本題。――そう、原罪の風。その残滓の調査。
 これがそもそも、蒼の派閥からの派遣として、たちが島を訪れた理由だった。

 責任者という立場から促され、トリスとマグナがそう云うと、島で出迎えてくれた一行は、一様に首をかしげる。
「カスラ?」
「さっきも聞いたけど……それって何?」
 問いに答え、ネスティが曰く、
「悪魔の放つ魔の風だ。これにあてられたものは、まず確実に狂ってしまうだろう」
「でも、そんなもん吹いたら、わざわざあんたたちが来なくても、大騒ぎにならないか?」
「ええ。ここ数年、島は平和なものですよね」
「ぷ、ぷー」
 いたって平穏な時間を過ごしてきたらしい彼らのことばに、聖王国からの面々は顔を見合わせた。
 誰が話す?
 おまえが行け。
 やだよ。
 じゃあ君。
 えー。
 はいはいはい。
 アイコンタクトに約十秒。

「超絶に身内の恥で申し訳ないんだけど」

 島の人々から得ている信頼もあるし――というか、単に顔見知りだからって理由でなんだが――、ともあれ、が話を切り出す先鋒になった。
 布地越しにもはっきりしている、金属の質感をふと覚えながら、
「この島の時間と、リンクしてるか判らないんだけど」、
 指をひとつ立てて、話し出す。
「一年――ううん、もう二年近く前かな。世界中に黒い風が吹いたのを、知ってる?」
「……あれか」
 意外なことに、真っ先にアズリアが頷いた。ギャレオもどこか苦い顔だ。
 反して、島の面々は、やはりきょとんとした表情。ただ、イスラが小さく手を打った。
「もしかして、姉さんが前に話してくれたこと?」
「そうだな。時期も一致する」
 いぶかしげに首をかしげる、聖王国からの一行に向き直り、アズリアは手短にこう続けた。

「ちょうどその時期だ。ほんの数時間ばかりだったが、交戦中の我が軍がめくらめっぽうに動き始めてな」それは相手も一緒だったのだが、と、こめかみに添えられる指。「そのおかげで、双方、自軍からの被害によって痛み分け。死者は出なかったが――実にバカらしい話だろう?」

「「「…………」」」

 はははははは。

 生ぬるい空気をかもし出し、顔を見合わせる聖王都一行。
「あ、じゃあオレが聞いたのもそれかな」
 そこへさらに追い打ちかけようというのか、ナップ。
「家に戻ったときさ、なんか、街の人たちが似たようなことになって大混乱で、すげえ困ったって。すぐに正気に戻ったらしいけど、後始末が大変だったってさ」
「マローネも嘆いてたんですってね」
「……まろーね?」
 たしかこの子たちの乳母って、サローネとか云ってなかったっけ?
 いつぞ、ナップに引っ張られつつ、そして船に乗り込んだあと耳にした人名。問うと、マルティーニ家の四人は「ああ」と何か思い出したよう。
「サローネはもう年ですから、引退してるんです」
「娘のマローネが、今は家のほうで働いているんですわ」
「あ、そうなんだ」
 ところでその名前は洒落かどうか、訊いてみてもいいのかしら。
 と、ちょっぴり脱線しかけたの思考を「それで」とミスミが引き戻す。
「その……原罪? とやらが、この島にあるかもしれぬということか?」
 さすが鬼姫。話が早い。
 そしてもう、ここまで来たら隠しててもしょうがない。も、そして他一行も、いっせいに頭を上下させた。
「でもさ、なんでそんなのが今ごろ出てくんだよ?」
「判りました」無表情のまま首肯するクノン。「その理由が“身内の恥”なのですね、様」
「あははははははははは」
 白々しい笑いでクノンの問いを肯定したのち、は再び首肯する。
「そゆこと――、……」
「どした?」
「あははははははは」
 またもが響かせる乾いた笑いは、全員にとって意味不明。
?」
 首を傾げてこちらを覗きこむケイナに、なんでもない、と、手を振って。は改めて、島の面々へ向き直った。
「ごめんなさい」
 ぺこりとお辞儀。謝罪。
「どうしたんですか?」
「別に謝られるようなこた、しとらんだろ?」
「原罪の風がのせいで出たってんならともかく」
「……」
 半分くらいはそのとおりだったりするので、そこは沈黙でやり過ごし、

「いや。あたし、名乗ってなかったなと思って」
「「――――」」

 ぽん。ぽぽん。

 片方のこぶしを片方の手のひらに打ち合わす音が、微妙にタイミングをずらして連発された。
 それらの音がやんだあと、「それでは、どうぞ」と、フレイズに恭しく促され、前に出る。
「えーと」
 たはは、と、後ろ頭に手をやって苦笑い。
 実に今さらですが。小声でつぶやき、腕を身体の前で揃えて―― 一礼。

改め、です。――どうぞよろしく」
「はい! さんですね! これからよろしくですさん!」

「…………」

 間髪入れず返してくれたマルルゥのそれで、一行がくりと腰が砕けた。
 どうやらまだ、という名前からは逃れられなさそうである。――妖精のほうが人間より寿命長そうだから、どうやらどころでさえなさそうだが。
 ちょっぴり虚ろに空を眺め、はそんなことを思ったのだった。


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