【そして彼らは彼らと出逢う】

- 再会重ねて -



 凛としたその声。
 闊達な喋り方。
 風切って歩く、その足音。
 振り返ったの目に映ったのは、繁みを抜けてやってきた、アズリア・レヴィノスの姿だった。――そしてその後ろには、ギャレオの姿も。
「――アズリアさん!! ギャレオさんも!」
 少し――ほんの少しだけ、年をとっただろうか。
 だが、彼女の美しさは、記憶にあるそれと比べても衰えてない。むしろ、二十年という時間をおいて、より成熟した印象。
 以前より、髪を長く伸ばしている。服装も軍人然としたものではなくて、紺色を基調としたケープに、すらりとしたシルエットのロングスカート。腰にはやっぱり剣があるけれど、物騒な感じはしない。
 その点ギャレオは、無骨なたたき上げ軍人、というイメージはそのままだ。けれど、さすがに体格を強調するような恰好ではなかった。うむ、年くった証拠かもしれない。
 ……なんだかんだ云ってもこのふたり、外見的に、あんまり変わってないけれどね。いや、ほんと。身体的にもそうなんだろうか、きっと、そうだろう。
 メイメイから事前情報をもらってなければ、いったいどういうことなのか、詰め寄っていたかもしれない。
「なんだ」、
 駆け寄ったに手をとられ、ぶんぶんと振り回されながら、アズリアが少し残念そうに云う。
「驚いてくれるかと思ったんだがな」
 それが、仕入れた事前情報であると判っているから、は「あはは」と声をたてて笑った。
「聞いてましたから、あんまり。そんなこと云ったら、アズリアさんだって驚いてくれないじゃないですか」
「何を云う。それこそ、帰る前に自分でぶちまけて行ったのはおまえだろう」
 呆れたようなギャレオのことばで、島の面々が、そうだそうだとばかり、いっせいに頷いた。
 あう、と図星突かれて生ぬるい表情になったとは対照的に、ふふ、と微笑んだアズリアが、視線をとある地点で固定した。
「――――」
 軽く傾げられた首、その上にある彼女の目が映しているのは、やはり、どこか微笑ましいものを見るように、やりとりを眺めていた人物だった。
「……鷹翼将軍……?」
「――――」
 目を細めてつぶやかれたアズリアのことばに、その人の肩が小さく揺れる。
 動揺ではない。
 痛みはあるが、その名はすでに、その人のなかで昇華されている。
 その証拠に、ルヴァイドは僅かに目を見張ったあと、軽く頭を上下させた。落ち着いた足取りでの横へ並び、アズリアと向かい合う。
「……アズリア・レヴィノス殿か。ご高名はよく耳にしている。我が名はルヴァイド。――鷹翼将軍は俺の父だ」
「そうなのか!」
 どこか嬉しそうに、アズリアが応じた。
「こちらこそ、急に失礼した。鷹翼将軍とは将として相対したこともあるが、貴殿とは初対面だな」
 改めて、と一区切りおき、
「私はアズリア・レヴィノス。帝国陸戦隊統括部隊総指揮を預かる――といっても、今この島ではただのアズリアとしてとっていただけると助かる」
「違いない。俺も今回ばかりは肩の荷を下ろせと云われているものでな」
「……」
 そこで、ルヴァイドが含みを持たせてを見、アズリアが「なるほど」と云わんばかりの表情で、同じ人物へ視線を向けた。
 ふふ、と、あでやかに彼女は笑う。
「さすがはだ。鷹翼将軍、それに黒騎士ルヴァイドといえば音に聞こえたつわものなんだぞ。それを手玉にとるなんて、本当におまえは想像もつかないことをしでかしてくれるな」
 手玉てなんですかアズリアさん。人聞きの悪い。
 ツッコミ入れたい気持ちは山とあるのだが、なんかアズリアが常になく(といっても二十年ほどご無沙汰だったが)ご機嫌のため、入れても無駄だろうなと思い直す。
 その代わり、というか、イスラがきょとんとして姉に話しかけていた。
「どうしたの、姉さん。急にご機嫌になっちゃって」
「なりもするさ」
 対するアズリア、笑顔で即答。
 前に比べたら、格段に笑顔が多くなったな、と、は思う。
 あの頃は義務と任務と弟への想いで板ばさみ状態、追い詰められていたからかもしれないが、それを差し引いても、表情や仕草から硬さというものがとれている。
「なまじ大任を預かっていると、実戦の機会がないんだ」
「……え?」
「まして鷹翼将軍とはたしかにまみえはしたものの、直接刃を交えずに終わったからな。だがその技は諸国に響いている。その嫡子であるルヴァイド殿とお逢い出来たのも何かの縁だろう」
「……」
「もしかしてわりとミーハーかいな、アズリア嬢」
 ……実年齢を口にしたら紫電絶華で叩っ斬られそうな予感する相手を、“嬢”呼ばわりしてるんですか、師匠。
 だが、今のアズリアにとっては、黒髪さんの突っ込みも何処吹く風だった。
 彼女はイスラに向けていた身体を改めて正面に戻すと、ぴっ、と、居住まいを正してルヴァイドと視線を合わせる。
「ルヴァイド殿。よろしければ、私と手合わせを願えないか」
 彼女のまなざしにも口調にも、帝国と旧王国といった間柄を思わせる感情は浮かんでいない。
 純粋に、己の認める相手との邂逅を喜んで、この機会を生かしたいのだと、そう、如実に告げていた。
 そして置いてきぼりになった、他聖王都ご一行、島の面々が何となく息を飲んで見守るなか、――ルヴァイドは、ゆっくりと首肯した。
「俺で構わぬのなら、よろこんで相手になろう」
「そうか。礼を云わせてもらう。日時は落ち着いてから都合のいい折を云ってくれ。私たちは、まだしばらく島に滞在する予定だから」
「判った。我々も数日は予定している。……はずだな?」
 最後の問いは、傍らのへ向かってだ。
「あ、はい。……だよね?」
 そしてもまた、任務を仰せつかっている蒼の派閥三人組へと問いを振る。
 どこかぽかんとして成り行きを見ていたマグナが、
「あ? あ、うん! 原罪の始末は急ぐけど、帰ってくるのは急がなくていいって、総帥も先輩たちも云ってたし!」
 と、いたって自覚なく、しれっとさらっと、機密事項ともども滞在予定を明かしてくれたものだから、
「マグナ」
 べこっ。
 ネスティが、丸めた指令書で彼の頭をどつく。かなりいい音がした。
 だが、マグナの声はけっこう大きかった。
 姉のはしゃぎっぷりにまだ驚いてるイスラや、同じく呆然としてるギャレオを除いたほぼ全員が、その単語をばっちり鼓膜通して脳みそでキャッチしていたのである。
 けれど。

「“カスラ”?」

 そう復唱したのは、この場にいた誰でもなかった。

「え?」

 茂みを揺らす乾いた音が、その声には付随していた。
 すなわち、たった今この場にたどり着いた存在だ。重なる足音は四つ。数にこそ覚えはあるものの、音から察することの出来る相手の体重が、なんか、の記憶とかなり違う。
 ぶっちゃけ、増えてる。普通に云えば成長してる?
 そして予想は現実。
「あー!」
 振り返ったは、もう何度目か、歓声あげて、やってきた四人を指さしたのだった。

 小さかった背丈は、いまやと同じほどか、それ以上。
 かわいかった手足や身体つきも確りと成長し、それぞれの眼差しも、その年齢に相応しく、つよくはっきりたくましく。そして優しく凛々と。
 それらの双眸ふちどるは、よっつの色した、それぞれの髪。
 ――鉄色の髪。
 ――黒色の髪。
 ――金色の髪。
 ――橙色の髪。
 そうして、その表情に残る面影。
 間違いない。
 間違えられるはずもない。

 ――ああ。
 いつかもらった感動を、またもらう日が来るなんて、それこそ思ってもみなかった……!

「ナップ君、ウィルくん、ベルフラウ、アリーゼっ!」
 ひっさしぶり――!!

 両手広げて駆け込んでいったを、やってきた四人は、
「すっげぇ! 本当に変わってね――!!」
「うわ……、さん、小さい」
「……先生達の気持ちが、今は判る気がしますわ」
「聞いてはいたけど、物語よりずっと不思議……っ!」
 四者四様、感想を述べて、飛び込んできた、かつて肩並べて戦った仲間を迎え入れた。
 そんな彼らの足元で、変わらず仲良しのアールたちが、各々嬉しそうに飛び上がる。それからやっぱり同じように、焦げ茶の髪した元へと、歓迎の飛びつきを敢行したのだった。


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