『めでたくないっ!』
ぽんっ、と、どこで覚えたのやら、扇子を開いてかんらかんらと笑う黒髪さんへ、複数人がいっせいに突っ込んだ。
無事にピラミッド解体作業を終え、一息ついたところである。
「……戦闘してるほうが気楽だぜ」
力持ちさんとしてピックアップされ、他に比べて仕事量の多かったうちの一人であるリューグが、でっかいため息と共にそうごちた。
それから、最下層より発掘された土ぼこりまみれのを見て、「……生きてっか?」と、気遣い。
アメルに汚れをぬぐってもらいながら、は
「生きてるよー」
と、手を振ってみせた。
「……一度是非、様のお身体を精密検査してみたいものです」
「クノンが云うと冗談になってないよ……」
なんか、以前にも頭を精査しろとかなんとか云われたことを思い出しつつ、笑顔が固まってしまう。
そんな看護人形さんの傍らでは、
「……」
「……」
レオルドとヴァルゼルドが、じ――っ、と、お互いを見つめていた。
一触即発というのとも何か違う、だが、余人の介入を許さない限定空間。あれはさながら、そう、とても解釈を履き違えるならば――
「ふたりとも、見つめ合ってどうしたんだ?」
そんな空気をちーとも読まないマグナが、きょとんとそこへ突っ込んだ。
君の勇気に乾杯だ。
が、問われたふたりは気づかない。
さすがにそれには気づいたマグナが、重ねて問いかけようとした矢先、横手からふわりと小さな影が飛んできた。
「寝癖さん寝癖さん! あの三つ編みさんは、寝癖さんのお友達ですか!?」
「……」一拍おいて。「寝癖さん!?」
ちょっぴりショックだったらしく、己を指さし愕然とするマグナの前では、若草色の妖精さんがふわふわとホバリング。悪気はなかったらしく、マグナのショックに目を丸くしている。
そうして、後ろから、トリスがマグナの肩をはたいた。
「もー、兄さん! だからちゃんと髪は梳かそうって云ってるのに!」
唐突にやってきたトリスのことばに、妖精さんは、ぽん、と手を打ち合わせる。
「兄さん、ということは、おでこさんは寝癖さんの妹さんですね!」
「……おでこさんッ!?」
あ。トリスの頭上に岩石が落ちた。かもしれない。
ショックを受けて硬直しているクレスメント兄妹を、は不憫な思いで見守った。
調律者とまで謳われたクレスメントの末裔を、たかだか数言のやりとりにて石化させた妖精さんは、どうしたものかと、石像ふたつを見つめて漂う。
そんなどうしようもない光景に、は、仕方なく手を突っ込んだ。
「マルルゥ」
ちんまい彼女を潰さぬよう、髪を、つい、と軽く引っ張って注意を向ける。
「はい! さんお久しぶりですよぅ!」
振り返りしな、マルルゥは嬉しそうにの懐へ飛び込んできた。それから、ちょっと上目遣いに首をかしげ、石像さんたちを手で示す。
「さんさん、あのおふたりはどうかしたですか? 急に固まってしまったですよ?」
「――あはははは」、笑い声が生ぬるくなったのは不可抗力、かつ、必然だ。「うん、まあ何分かしたら復活するよ」
そうですか! と納得するマルルゥをやるせない気持ちで見つめ、は一応、それを試みてみることにした。
「えっとね、マルルゥ」
「はい!」
「あっちはマグナで、そっちがトリス。寝癖さんでもおでこさんでもないからね?」
「はい! 寝癖さんがマグナさんでおでこさんがトリスさんですね! で、寝癖さんとおでこさんはいつ復活するですか?」
『…………』
無数の生ぬるい視線が、とマルルゥを直撃する。
だめだこりゃ。
脱力しつつマルルゥを離しただったが、それでも、他の面々にはちゃんと紹介をし合ってもらわねばなるまい。そんな気持ちから、「えーと」と一行を見渡した。
ちょうどいいことに、こちらを見つめていた彼らは、それで改めて、へ注目。
視線を受けて、まずは来訪者である聖王都の面々を、島の彼らへ指し示す。
「本当にいきなりなわけなんだけど――あたし含めこっち一行、聖王都から来ました。とある調査が目的です、そのへんは、おいおい話すとして……」
未だ石化続行中のマグナとトリス。
「あっちの男の子がマグナ、女の子がトリス。それからその頭をはたいてるのがネスティ。三人とも召喚師で、蒼の派閥に属してるの」
そんでもって、なんか疲れた顔して遠い目になりつつもフレイズさんと睨み合ってるのがバルレルでトリスにしがみついておろおろしてるのがレシィでマグナをつついてるのがハサハで今しがたヴァルゼルドと見詰め合い継続中なのがレオルド。
息継ぎさえせずに、すぱぱっ、と指さし、
「以上四名、前者ふたりがトリスの、後者ふたりがマグナの護衛獣」
「……護衛獣ですか」
思うところありげにつぶやくクノン。
何しろ彼女の主であるところの誰かさんもまた、護衛獣として召喚された経緯があるのだから。
そうして少し離れたところで、ミスミがいぶかしげにつぶやいた。
「……派閥?」
“派閥”という単語に、島の面々はあまりいい思い出がない。
それを表すように、ミスミはじめ数名が首を傾げている。無色とついてないからこそこの反応だが、ただ派閥とか云ってたら、いったいどーいうことになったやら。
うん、とひとつ頷いて、補足。
「あいつらとは違うから。また別の集団で……むしろ敵対してる感じ」
敵の敵は味方、というわけでもないけれど。
「それから、そっちの金髪……背の高いほうがケルマ・ウォーデン。女の子がミニス・マーン。やっぱり召喚師で、こっちは金の派閥」
「赤の派閥とかもあるの?」
「確認されてはいない」
マグナとトリスの肩を揺さぶりながら、律儀に応じるネスティだった。
「で」、
さらに向き直るはレルム村プラスアルファ。
もう一気にいってしまおう。
「茶色い髪の子がアメル。金髪のポニーテールがモーリン。それから赤い髪がリューグで青い髪がロッカ。傭兵ぽいガタイがフォルテで、隣の巫女さんがケイナさん」
漫才夫婦な紹介をされるとでも思っていたのだろうか。どことなく凄みのあったケイナの笑みが、普段の、優しいおねえさんのものに戻る。
「……アメルさん、ですか?」
「――へえ?」
どことなーく云いたいことありそうな視線でバルレルと睨みあっていたフレイズが、アメルを目にして首をかしげる。
彼の隣では、マネマネ師匠がやはり、心持ち目を丸くして彼女を見ていた。
やっぱ、どこか通じるところがあるらしい。
――というか、むしろ、とある事実が発覚する瞬間が楽しみだ。
いささか性格の悪いことを考えつつ、最後に控えたふたりを示す。
「……それで、このひとがルヴァイド様。こっちがイオス。あたしを育ててくれたひとたち」
本当は、もうひとりいるけれど。さすがに、もう、連れてこれるような場所にはいないから。
「おお!」
と思う横から、がきょん、と盛大な金属音。
感極まった声をあげつつ、いつの間にか握手を交わしていたレオルドに軽く頭を下げて方向転換し、ヴァルゼルドがやってきた。
見知らぬ機械兵士からフレンドリーに接近されたルヴァイドとイオスが、さすがにちょっと驚いた表情になる。
が、ヴァルゼルドは気分の高揚でそんなの気づかなかったらしく、びしっ、と敬礼のポーズをとってこう云った。
「お初にお目にかかります! 型式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-XE-LD、皆様には親しみをこめてヴァルゼルドとお呼びいただいております!」
「……そ、そうか」
応えるイオスの声が、どことなく息を呑んだようなのは、やはり、記憶にある機械兵士とのえらいギャップのせいだろう。
だって、最初はいったい何事かと思ったものだ。
「……ヴァルゼルド、か」
ところがどっこい、傍らのルヴァイドは、最初のそれから立ち直った以降は特に動じた様子も見せず、ふむ、とひとつ首肯した。
さすがです黒騎士ルヴァイド。
「はっ。殿より些少ですがお話も伺っておりますッ。こうして、同胞ゼルフィルドの仕えし主にお逢い出来る日を、心待ちにしておりました!」
「ちょ、ちょいと! あんた、えーとヴァルゼルド? いきなり他人様の痛い過去に突撃かますもんじゃないよ!」
前置きもなしにゼルフィルド関連の話を持ち出したヴァルゼルドを、何気に気配りのお姉さん、モーリンが肘でどつく。
彼女の力を甘く見てはいけない。ごんっ、と響く豪快な音。
少しよろめいたヴァルゼルド、「はッ!」と、人間だったら冷や汗を垂らしていたろう声音でおののいた。
「ももも申し訳ありませんっ! 不躾に傷を抉るようなことをしてしまいました、かくなるうえはこの腹掻っ捌きましてお詫びに……!」
がだむッ!
下草散らし、土埃巻き上げて、その場にあぐらをかくヴァルゼルド。
そしておもむろに、装備していたライフルを抜き放ち、己の腹へと照準を――――
「って、待ちなさい!」
ご――――ん。
力いっぱい金属塊を殴ったの手は、当然、こめた力と出した勢いに比例した痺れを、手そのものから肘にかけて生み出した。
「あたたたたたた」
「アホ。素材を考えろっつーの」
呆れ果てたバルレルの声も、右から左。
なんとか痺れを振り払わんと、全力で振り回すの腕を、横から誰かが手にとった。
「、だいじょうぶ?」
その行動と声の主は、淡い笑み浮かべたイスラだった。
心配そうにはしているけれど、今のがよほどおかしかったのか、目元や口の端、僅かに笑みが浮かんでる。
「あ、うん」
だいじょうぶ、と答えかけたその瞬間。
「……」
高速で移動してきたイオスが、やはり高速で、イスラからの腕をぶんどった。
その間、計っていたなら確実にコンマ以下。
薄い金髪に縁どられた彼の表情は、なんつーか、これ以上ないってほどに不機嫌である。
が、その視線がに降りてくる頃には、そんな色、銀河系の果てに放り出されていた。
「まったく」、
掴んでいた手を移動させ、の手のひらを下から持ち上げる形にすると、注意する口調ながら表情だけは微笑んで、
「気をつけなきゃだめだろう? 特に利き腕は」
云いながら、おもむろに唇を落とす。ちゅう。
……ええいこの王子様め。
イオスの彼女になるひとは、きっと、苦労するに違いない。
などと、本人及び周囲の人間が聞いたらばえらい騒ぎになりそうなことを思うの耳に、半ば泣き出しそうな声が響いた。
「っ!」
そいつ誰君の何っ!?
とられた片腕ではなくて、空いてるほうの腕に両手でしがみついたイスラが、その声の主。
……片手にイオス。片手にイスラ。
双方共に美形。
つまり両手に華?
……いやだ、こんなうるさい華は。
遠い目になったを、傍から見ていたミニスがぽつり、
「――なんか、ってば、ちょっと逢わないうちにいろいろ達観しちゃってない?」
と、つぶやいた。
風に流れるそれを聞いたバルレルが、
「……そりゃそうだ」
オレだって、なんだかんだと無駄に悟りかけたもんな。
ぼやいたそれは、正面にいて睨みあっていたフレイズにかろうじて届く程度だったらしく、金髪さんが怪訝な表情。
ちなみに黒髪さんは、さっきから腹をおさえて前かがみ。肩が小刻みに震えてる。そんなに楽しいかこの光景。
――頷くだろうな。あのひとなら。
「あー、その。ちょっと待ってお願いだから」
どうでもいい思考を打ち切り、はとりあえず、イオスとイスラから腕を取り返すと、そのまま両者を引き離さんとして突っ張った。
ブレイクブレイク。
双方、不承不承ながらも距離をおいたのを確認して、「まだ紹介途中なんだってば」と腰に手を当て、ため息ひとつ。
「問題なのはそっちかよ」
どこか疲れたフォルテの突っ込みもさらりと流し、改めて続き。今度は島のひとたちを示しつつ、ゼラムの面々へと向き直る。
「なんか名乗ったひともいるけど、改めて。機械兵士がヴァルゼルド、隣のトリスそっくりさんが、看護人形のクノン」
「あ、ほんとだ。そっくりですね」
「おでこの具合とかな」
「兄さんー!」
さっき石化させられたダメージが残ってたらしいトリス、レシィとマグナのことばに半泣き。
「それからあの鬼人族の美人さんはミスミ様。島に四つある集落の、ひとつを束ねてる。で、ふわふわしてる妖精がマルルゥ。ひとの名前覚えなくて、てきとーに呼ぶからてきとーに了承してやって」
もとい、了承せずとも呼ばれるから諦めて。
付け加えたことばで、寝癖さんとおでこさん、その他大勢が、がくりと項垂れた。
とくに落胆の大きいロッカ、リューグ。彼らは己の未来を知ってしまったようだ。……そのとおり。きっと君たちは“青触角さん”“赤触角さん”と呼ばれるだろう。
バルレルで免疫つけといてよかったね。
「で、その隣がミスミ様の子で、スバル。――それから、初っ端に漫才かました金髪さんがフレイズさん、黒髪さんがマネマネ師匠」
「セットにしないでください……っ!」
全身で苦悩を表現するフレイズを、マネマネ師匠が肩を叩いてなだめてる。これも運命じゃとか云ってるが、よけい意固地になるだけじゃなかろうか。
「マネマネ――師匠?」
「……面白い名前、ね」
外見瓜二つのわりにかけ離れまくったふたりの名前を聞いて、何人かが怪訝な表情になる。
それとは別に、アメルが首を傾げて問うた。
「おふたりとも……天使、なんですか?」
「――あ、え、ええ。いえ、私はそうですが……」
ちらりと見やる金髪さんの視線を受けて、黒髪さんがかぶりを振った。
「いや、ワシは違うよ。人間云うところの義兄弟かな、事情があって姿は似てるけどね」
「あ、そうなんですか」
もう少し訊きたいことがありそうだったが、さすがに今はどうかと思ったんだろう。それでアメルは首肯し、口を閉ざした。
「で、この子、プニムね」
抱え上げた青い子は、覚えてる重みよりちょっと重かった。やっぱり成長したらしい。
「あたしが、二十年前に契約した子。今はフリーだよね」
「ぷい、ぷー!」
若草色の石かかげて、プニムが元気に一声鳴いた。
それはともかく、
「……二十年前とか云われっとなあ……」
ぽり、と、後ろ頭かいてフォルテがぼやく。
「話聞いてなきゃ、、若作りの30代かとか思われそうだよな」
「女性に年の話はするな――って云いたいけど、こればっかりはねえ」
ツッコミ不発。
同じく、どこかしみじみとつぶやくケイナのことばに、はちょっぴり涙する。
あたしは実質、今年成人したはずのアヤ姉ちゃんより一歳下だい……!
……逆に年頃の女性としては、いささか行動が幼かないだろーか。
そんな外野のツッコミはさておいて、先刻華のかたっぽと化していた誰かさんへと手を向けた。
「えーと、それで、このひと、イスラ」――と、云っているうちに、ふと思い出す。「そうそう、イスラ・レヴィノス。帝国出身だから、イオスなら家名くらい知って――」
ない? と、最後まで云うことは出来なかった。
「レヴィノス!?」
水を向けられたイオスが、驚きも露にそう叫んだからである。
しかも彼だけでなく、
「――レヴィノス家の者なのか?」
「帝国でも有名な家系じゃないか。何故そこの人間がこんな島に……?」
「バカンス、ってんじゃねえよな。馴染んでるし」
ルヴァイドならまだしも、ネスティやフォルテまでもが顔を見合わせ、そんなことを云いだした。
……本当に有名だったんだな、レヴィノス家。
名を口にする面々には、驚きだけじゃなくどこか感嘆したような側面もある。敵として以上の何かを伴なって、その名が知られている証拠だ。
「レヴィノス家を知っているんですか?」
その高名を知らない、というかあまり気にしてないのは、イスラだけらしい。
どこかきょとんとした口調の彼を見るイオスの目は、ちょっと複雑だった。
「知っているも何も。少なくとも、僕が向こうにいた頃、周囲に知らない者などいなかった。まして、頭領であるアズリア・レヴィノスは剣や統治の実力もそうだが、それ以外でも――」
「……ああ!」
名を聞いた瞬間、は、ぽん! と手を打ち合わせていた。
「アズリアさん! そうだイオス、そのアズリアさんってどんななの、有名?」
「だから、有名なんだって。……まさか、彼女とまで知り合いなのか?」
「だってイスラのお姉さんだし。――その、まあ、なんというか」
ちらりとイスラを横目で見やって、ことばを探す。
姉弟の事実を聞いた、レヴィノスの名に反応した数名様が、目を丸くしてイスラを見ていた。
「私にとっては、恩人だな」
その空白を縫って、どこか楽しそうな響きを宿した声が、軽やかに割り込む。