【そして彼らは彼らと出逢う】

- First Encount -



 そのあまりの豹変ぶりに、一同、一気に凍結させられた。
 ――約二名を除いて。

 その直後、
「師匠――――――――――!!」
 ばっさばっさと荒々しい羽音とともに、上空から怒号が響く。
「……」
 とうとうも耐え切れなくなり、手のひらで顔の上半分を覆って俯いた。その耳に届く、飛行物が急降下してくる音。
 それが消えるかどうかのうちに、連続して、

 すぱーん!

 小気味いい音が、林を震わせていた。
「……」
「オイ。」
 バルレルが、すごくすごーく物云いたげにの腕を掴み、あまつさえ爪を食い込ませてくるが、もはやそれにさえ反応したくない。
 そんなこそこそしたやりとりをかき消し、前方では喧々轟々としたやりとりが展開されている。
「貴方というひとはどこまで物事引っ掻き回せば気が済むのですかそんな仮装して何をしたいんですか普通に出迎えるということが出来ないんですか!?」
「出来ン!!」
「威張れることではありませんッ!!」
「威張ットラン! コレハ、ワシノ誇リジャ!! 誇リハ威張ルモンジャナイワイ!!」
「そんな誇りは海に棄ててしまいなさい!!」
「ッテナワケデ、ヤッホー、久々っ」
「〜〜〜〜ッ、人の話は最後まで聞きなさい、この、愚兄――――!!」
「……」
「……?」
 うっすら開けた指の隙間から、にこやかに、こちらへ向けて手を振る翠の髪を持つ少女。
 もちろん、こちらにいるのはだけではなく、島の調査のために組織されたチーム全員だ。メイメイとパッフェルは、どこかに行ってるが。
 その全員が、“”とやらを探してきょろきょろ。
 だがそれも短時間。何でって、そりゃ、一行のなかでこの島と関係があるのが、ここでは一人だけ。
 ……しまった。あたし、偽名名乗ってたこと、ちゃんとみんなに話してたっけ……?
 手のひらを退ける勇気もないまま、は、細く長いため息をついた。
 島への出発準備で大わらわだったこの数日、急ぎ説明したそのなかに、“”って単語が出てたかどうか、記憶は実に曖昧だった。
 というか、この反応を見れば自ずと答えは出ようというものだが。
「……おねえちゃん、おねえちゃんと、外側は、そっくり……」
 おお、意外と神経丈夫なのかもしれない。常より深く、掲げる水晶の向こうに表情を隠したままのハサハが、ぽつりとそうつぶやいた。
「でも……心は、全然違う……」
「ソリャソウダ」
「同じだったら私はこの世に絶望します」
 腕組みして頷く翠髪の少女の横、空をかっ飛んできた金髪天使が真面目に蒼ざめて虚空を見上げた。
「ハッ、ソノ程度デ絶望タァ、片腹痛イワ」
「片腹でも両腹でもいいですから、とにかくその姿をおやめなさい」
 また無駄に胸を張る少女の後頭部を、金髪天使が、平手でどつく。遠慮もへったくれもなく叩かれた少女は、翠色の髪を揺らして、「オオウ!」と云いつつ前のめり。
 自分と同じ顔が目の前で手厳しいツッコミ入れられてる光景っていうのは、あまり見られるものではない。思わず生ぬるい気分になるだった。
 ともあれ、ぶちぶち云いつつ、少女の姿はかき消えた。
「え!?」
「わぁ!?」
「……えぇえっ!?」
「ほう……?」
 それぞれの驚愕、もしくは感嘆の声が発されるなか、瓜二つの黒髪さんと金髪さんは、笑顔と渋面で一行を振り返る。もっとも、後者もすぐに笑みをつくったが。
 そしてふたりは唱和する。
「ようこそ、我らの島へ」
「久しぶり、
 ――ああ、なんか、やっとまともに挨拶出来そうな雰囲気だ。
「ね、って……」
、ですか?」
 トリスとアメルが、ぽつっと呟いたそれに、うん、とは頷いた。それから、ようやく顔から手を離し、前に出る。
 差し出されるふたりの手を、右手と左手にそれぞれとって、大きく上下に振りぬいた。
「お久しぶりです、師匠、フレイズさん!」
 金色の天使が、微笑みを深くする。
「――本当にお久しぶりです、お元気そうで何よりです……」
 黒色の天使姿が、両腕を自由にしてを抱きしめた。
「ははは、本当にちっとも変わってないな。最後に逢ったとき……とは服が違うか」
「そりゃまあ、帰ってから数日経ってますし」
「それでも数日かい」
「やはり、いささか複雑ですね」
「あっはっは」
 現在一番のお気に入り、デグレア風の装束をマネマネ師匠の腕のなかで見下ろして、もまた笑う。
 そんな和やかなやりとりを見てか、いささかぎこちなかった後方の空気も、ようやっとやわらぎだした。
「ね、ねえねえっ。こ、この人って、今の……」
「トリス。訊く前にすべきことがあるだろう」
 泡を食って問いかけるトリスの首根っこを、ネスティが引っ掴む。一歩遅れて出ようとしていたマグナももう片方の手で押さえつけて、小さく会釈した。
「突然訪れたことを、まずはお詫びします。我々は聖王都からやってきました」
「ああ、そう? ご丁寧に、どうもな」
「ネス、固いー」
「自己紹介なら普通にすればいいじゃないー」
 ぶちぶち云ってるマグナ、それに呼応するトリス。
 が。
「……誰が自己紹介だと云った?」
 異様に底冷えのする兄弟子のことばに、ひたり、振っていた腕や揺らしていた身体の動きを止めた。
「……ネス?」
「ご説明願いたい」
 か細い妹弟子の問いかけを、すっぱりさっくり無視し、ネスティは、黒髪さんに――――微笑みかけた。

「先ほど仰っていた“未曾有の危機”とはなんだったのですか? まさかついさっき頭をはたかれたこと、とは云われませんね?」

 ……コエェ。
 ぽつり、どっかの悪魔小僧がつぶやいた。
 いつの間にやら、周囲は吹雪。吹き荒れるブリザードは留まるところを知らずに、全員の体温を急降下させている。
 ネスティが本気で怒っていることを、黒髪さんも察したのだろうか。
「……」
 にぱ、と破顔はしたものの。
 うん。と頷けないでいる。
 自業自得です――金髪さんが、視線を明後日に泳がせながら、口の動きだけでつぶやいた。
「……」
 さすがにも何も云えないまま、あまんじてブリザードを味わおうとしたときだった。

 がさがさっ
 だだだだだっ
 ばたばたばたばたばたっ!!

 足音。
 真っ直ぐに、こちら目指して駆けつける、幾つもの幾つもの足音が、最初小さく、だんだん大きく、の、そして一行の耳を打った。
 誰からとなく、周囲を見渡す。
 ネスティのブリザードもちょっぴり威力が弱まり、そうして、全員の視線が、足音の聞こえる方向を特定し、そちらに向かった。

 そして、

!!」
「師匠抜け駆けずるいー!!」
「ええい、待ちや、おぬしたちっ!」

 飛び出してくる、ひとたち。

殿!」
様!」

 飛び出してくる、ごつい機械兵士とかわいい看護人形。

 そして。
 そしてそして――

「――――!!」
「ぷ――――っ!!」

 飛び出してくる、黒髪の男性と、青い小さな――といってもいくらか成長はしたようだが――子。

「――――みんな……っ!!」

 もう誰でも来いとばかりに両手広げて駆け出したら、最初に、プニムが、ぽーんと跳ねて飛び込んできた。
「あ!」
 先を越されたイスラ、もはや減速して間に合う距離でもない。ごめんねと目で謝る暇もなく体当たり。プニムが間に挟まれる。
「ぷー!」
「うわあ!」
 それを見たその他大勢、どうやら一応止まってみようとはしてくれたらしいが、先を争って走っていたのだ、それもまた無理な話である。
「ぬおおおおおぉぉぉぉ!!」
 唯一、他ご一同と同じよーなことをしては住民圧殺事件を起こしかねないヴァルゼルドが、気合い一発、土煙をあげて停止したことを除けば、
「うおおっ!?」
「きゃああぁ!」
「うわーっ!!」
「どわあぁぁぁっ!?」

 どさどさどさどさどさ――――っ

 一瞬にしてその場は阿鼻叫喚。
 呆気にとられた調査隊の目の前には、折り重なる人々で、即席ピラミッドがつくりあげられた。
「……」
 当然、ブリザードなんて文字通りどこ吹く風。
 けらけら笑う黒髪さんを、すぱーん、と、金髪さんがどつく音。その響きもどこか空しい。
 原罪の風調査隊はその後数十分ほど、人間ピラミッド解体作業部隊として大活躍したそうな。


 ――めでたしめでたし。


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