半端じゃない。
「うわー!」
半端じゃあない。
「うわ、うわ、うわわわ!」
この上ない。
「わわわー、わー、わー……!」
おそらく極限。
「変わってないなあ、この砂浜――――!」
到着するなり船を駆け下り、砂浜の上で大喜びしつつ飛び跳ねるの背中を見ていた一行は、ひとりの例外もなくそんな感想を抱いた。
「わーもうホントに二十年とか経ってるのかな、昨日のことみたいだよってそりゃあたしからしたら五日前なんだけど――!」
……経緯を聞いてなきゃ、お熱を測りたくなるセリフだった。
「おい、はしゃぎすぎだろ……」
飛び跳ねる彼女を、リューグがため息混じりに押しとどめる。移動中の利便性を考えてか、今回彼が持参している武器は大剣だ。闘技場では、この剣と斧を場合によって使い分けてるんだとか。鞘にしまわれて背中にくくられているそれが、重い音をたてて揺れる。
少し物騒なきらいのする音も、だけどにはなんのその。
「えー、だって、こう、なんか」
「なんか?」
「バカンス万歳! って思わない?」
「思わねえよ! 今日来たのは休暇じゃないだろうが!」
頭のネジ吹っ飛んだんならシメるぞ。
とか云いだしそうなリューグの叫びが、砂浜の先に生えてる木々を、びりびりと揺らした。
だが、直後、リューグのほうが硬直する。
怒声を真正面から受けたはずのが、にぱ、と、さらに相好を崩したからだ。
「あー」
「……あ?」
ちなみに、夜色の眼はリューグ――の、頭を見ていたりする。
「いーなあ、そのぴこぴこ揺れる触角……改めて久々ー」
「触覚じゃねえ!!」
ていうかなんだ最後のは! 挨拶か!? おまえ人間としてコミュニケーションとる相手間違えてるだろ!?
「あきらめろ、触角弟ー」
悪魔の風なら探知出来るだろう、とかなんとか云われて周囲の気配を探っていたバルレルが、「今はまだ微妙だ」と云いおいて、とリューグを振り返る。
触覚呼びは健在だ。
「オレも、そいつも、たいがいアレだったからな。とくにそいつは、しばらくそんなだぜ、きっと」
「そうよねー。なんかバルレル、いつになく刺少ないもん」
「……はい。バルレルくん、五割増しくらいでぬるいです」
召喚主であるトリスと、常日頃犠牲になってるレシィの証言に合わせ、マグナたちもこくこくと頭を上下させる。
そういえば、レシィの生傷少ないな。思ったより。
「へえ……ここが、の云っていた島なのか」
「たしかに、絶海の孤島と云ったところだな」
イオスとルヴァイドが、周囲を見渡して各々の思うところをつぶやいている。
「ね! 自然が満載で静かで優しくてバカンスにはもってこいでしょ!」
「だからバカンスじゃないと……」、云いかけて、ネスティは気を取り直すためにこめかみを押さえた。「まあたしかに、ルヴァイドとイオスにはそうかもしれないが」
実は、がルヴァイドとイオスを連れてきたのは、任務の手助けのためというよりか、聖王国とも旧王国ともついでに帝国とも離れた場所で、日頃の忙しさを忘れてもらおうという、実に親孝行な理由だったりする。
幸いにも少々余裕のあった彼ら、のことばを切り捨てるような切羽詰ったものもなく、こうして一行のなかに含まれているという次第。
けれどそのルヴァイドは、とネスティのやりとりを見て、苦笑する。
「いや、必要であれば助力は惜しまん。……折角のの気遣いだが、あまり羽を伸ばしすぎるのもどうかと思うからな」
「いえルヴァイド様、それは僕が行きますから、貴方はゆっくりしてください」
「ていうかふたりともゆっくりしててってば」
あくまで休暇をとらせようとする彼らのやりとりに、周囲の面々は生ぬるく笑う。
「でも……今は、静かなものですね」
バルレルよりはもう少し熱心に、周囲の気配を探っていたアメルがつぶやいた。ちなみに、彼女の答えもまた、何かもやもやとして判らないといったものだ。
原因が例の原罪と特定出来たわけではないが、この島に何か異変が起きているかもしれない予感は、それで強まっている。
けれど、ふたりの伝えたそんな感覚に反して、辺りは静かなものだった。
さっきまで騒いでいたのテンションが落ちれば、交わされる会話のほかには、潮騒が規則的に届くのみ。梢の揺れる音は、もう少し林に近づけば聴き取れるだろうが。
――と。
「あれ? メイメイさんとパッフェルさんは?」
「あ。何か別件で用事があるからって、ふたりでさっさと行っちゃったわよ」
足りない二名様の姿に気づいたトリスの問いに、ミニスが応える。
「え、ふたりだけで?」
「ええ。みんなは後からゆっくりいらっしゃい、ですって」
「えー?」
あたしも連れてってくれればよかったのに。思わずぶうたれる。
「……あのハッスル、放っておいたほうがいいと判断したんじゃありませんこと?」
「うっ」
辿り着くなりの狂態を指摘された誰かさん、さすがに反論も出来ず、そのまま撃沈。
どこか勝ち誇ったようにそれを見て、指摘したケルマが、腕のガントレットの重みを感じさせぬ仕草で足を踏み出した。
「――それに、島の案内は貴方がたしか出来ないじゃありませんの。あのふたりが先行して、ジャキーニは船の番をするなら……やはり、一人はこちらに残るべきですわよ」
「だな。ほらほら、元気出して。俺たちに島のひと、紹介してくれるんだろ?」
マーン家との闘争や、カザミネがかかわってないと、ケルマって一応常識人らしい。
とか失礼なことを考えたの背を、マグナが林に向けて押し出した。
「そうよそうそう。とにかく行こ行こ」
兄に便乗して、トリスもぐいぐい。
その光景を微笑んで眺め、他の一行も歩き出す。
ただし約一名、ほのぼのした空気のなか、「……バカンスと云われても反論出来ないな」、任務だけは忘れるまいと決意した誰かさんが、そうつぶやいていたとか。
林に分け入り、歩くことしばらく。
常の癖か、油断なく周囲を観察していたルヴァイドがつぶやいた。
「ふむ……たしかに、島に住人がいることはたしかのようだ」
「え。ルヴァイド、判るんだ?」
「よく見ろよ、この道。獣道っていうにはきれいすぎる。歩きやすいように、人の手が入ってるんだろ」
傍らの木の枝へ目をやりながら、リューグがマグナにそう応じる。
「ふーん、そういうものなんだ」
自らの足元、もう少し離れた位置のそれに比べると、いささか背丈の低い雑草を見やってミニスが頷いた。
その彼女の手にしたモノをふと見やり、は、そのまま落ち葉掃きでも出来そうだなとどうでもいいことを考える。
だって、ミニスが持ってるのってホウキだもんさ。
召喚師は、護身及び集中の対象として、たいていが杖を持っている。剣も扱うマグナ、ガントレット装備のケルマなんかはどちらかというと例外で、トリスやネスティのように、いかにも召喚師です、っていうのが一般的。
そういう意味ではミニスもまた、例外といえば例外かもしれない。
召喚師っ子にホウキってどこの魔女っ子だよ狙いすぎだよフ○イト○ランとか。
閑話休題。
相変わらず静まり返った林の中を行く一行が、それに気づいたのはもう少しを進んでからのことだった。
「うえ?」
道案内の――とりあえず手近な集落にでも向かおうと――ために先頭を進んでいたは、小さくうめいて足を止めた。
木漏れ日浴びて鮮やかに輝く下草が続く細道、その向こうから、茂みかき分け、人影が現れたのだ。
――涙流して。
「アアッ! オタスケクダサイ!」
翠色の髪を振り乱し、紅玉のような双眸を持つ人影……マグナやトリス、、それからアメル、ロッカにリューグといった面々とおそらく同年代だろうその女性は、奇妙に引きつった声をあげて、一行の前に崩れ落ちた。
痛ましげに伏せられたまぶたの下、頬を、とめどなく透明な雫が濡らしていく。
「ど、どうしたんだいっ!?」
さすが江戸っ子、いやファナンっ子。
モーリンがを追い越して、女性の前にしゃがみこんだ。落ち着かせるべく腕を伸ばし、肩を優しく叩いてやる。
女性はそれを拒否するでもなく受け入れて、そっと、顔を持ち上げた。
「アア……ヨカッタ。ドウカ、ドウカ、オタスケクダサイ」
「……おねえちゃん、どうしたの……?」
マグナの裾を握ったまま、ハサハがいつに増してか細い声で問いかける。
「ソレガ……」
「それが?」
「今、ワタシニ、未曾有ノ危機ガ迫ッテイルノデス……」
「「危機!?」」
そして、ハサハよりさらに弱々しい声で紡がれたことばに、その場の雰囲気は硬質化。
危機、イコール、原罪の風による影響。
そんな方程式が彼らの脳内で成り立ったことに、おそらく異論を挟む余地はあるまい。
ただし約一名除く。
いや、
「……オイコラ。」
「…………」
約二名除く。
いつの間にやらすぐ背後にやってきたバルレルの、どこか剣呑な呼びかけに、だがは、かろうじて判る程度にかぶりを振ることしかしなかった。
もとい、出来なかった。
ああやっぱりくさってもいやくさってないけどサプレス出身、判るもんなのね、と、思ったそれもことばにせず、は眼前のやりとりを、生ぬるい心持ちで視界におさめる。
「危機とは、どういうことなんだ? よければ、僕たちに教えてくれないか」
いついかなるときも真面目なネスティが真剣に問えば問うほど、は、その光景から目を逸らしたくなって仕方ない。
だけど逸らすと、共犯者だと思われそうだ。それはヤだ。
「ソレガ……」
そして女性は、おずおずとネスティを見上げ、
「……チッ」
盛大に顔をしかめて、舌打ちした。