【そして彼らは彼らと出逢う】

- 彼らの帰還 -



 そんな状態がいつまで続くのだろうかと、誰かが絶望混じりにそんなことを考えたとき、
「ちょっと、どうしたのよ、アレ」
 やっぱり忘れ去られていた船がようやっと着岸し、乗っていた一行が、どこか呆気にとられながら降りてきた。
 肩に乗っけた黒い毛皮をいじりながら真っ先に声を発した男性(だろう。そう思いたい)のことばに、調査隊面々は別の意味で硬直。それに反して、島在住の人々――こと、マルティーニのきょうだいやら、アズリアやイスラ、ギャレオは平然と、オネエ言葉な相手へ向き直っている。
「はあ……どう云うべきなのかしら」
 普段はきりっとしてるだろう目を所在無く泳がせ、返答に詰まるベルフラウ。
「ふふふ、さしずめ親子崩壊の危機、でしょうかね?」
「……レイム。おもしろがってるでしょう貴方」
 すぱーん、と、いい音をたててはたかれる、銀の後頭部。
「お久しぶりです、皆さん。このたびはご迷惑をおかけして――……」
「ただいま戻りました。郷の様子はいかがでしょう……?」
「マルルゥたちはどうしてる? 村の奴らは健勝か――……?」
「クノン、ご苦労様。今回は苦労をかけたわね…………って……」
 そして、さらに、わらわらと降りてくる船の乗員。
 それから最後にやってきたのは、船の固定を終えたらしい、金髪の青年だった。
「なんかいろいろ挨拶とかしたいとこだけどよ」やっぱり、彼も困惑顔。後頭部に手をやって、見やるは今しがたやってきた海の方。「――何やってんだ、先生たちは」
「……感動の再会……でしょうか?」
 困惑混じりにつぶやくは、灰色の髪と黒いローブ、いかにも召喚師然とした男性。
「……何も海に座り込んでやらなくてもいいでしょうに」
 同じく海を見やり、呆れたようにつぶやく鬼人。
「そうですよ、風邪ひいちゃいます」
「何故誰も止めなかったの?」
 ふわふわ、漂う少女の霊が云えば、ゆるやかな髪を波打たせた、身体に不思議な紋様を持つ女性が続ける。
 非難する響きのある女性ふたりのことばに、一行の視線は、つい――と、灼熱と極寒の静かなる戦いが繰り広げられている一角へと移動した。
「あら」
 またしても、真っ先につぶやいたのは、オネエな男性だった。
 彼は、吹き荒れる吹雪、沸々と滾る溶岩に恐れた様子もなく、そちらへ向けて足を踏み出す。
 手持ち無沙汰にいじっていた毛皮を、くるん、と宙に舞わせ、親しげに声をかけた。
「随分様変わりしたじゃない、ヘイ――――」
 しゅぱッ。
 ノーモーション。手首の返しだけで投げられたナイフを、素早く避けるオネエの男性。そうして次の瞬間、目の前に移動してきた相手に、やはり親しみを込めて微笑みかける。
「あら。何か後ろめたいことでもあるの?」
「うふふふふふふふふ再会早々ナイスに暴露を目論むなんて貴方くらいですよねえスカーレル? 私パッフェルと申します以後よろしくお見知りおきのほどを?」
「ふふ、随分素敵に笑うようになったじゃない? 逢わない間に何があったのかしら、是非聞きたいわ」
「貴方如きにお話するようなことは、とんとありませんですよ。というか、貴方普通に二十年越したわりに全然外見変わってないですよね、若作りの賜物ですか?」
「なんだか自分が普通に二十年越してないような言い草ねえ。それに失礼よ、若作りじゃなくて、これは素なの。島の影響が濃く残ったみたいでね――」
 一見親しげな会話を交わす、ふたりの口。
 だがその手元では、剣が、ぎちぎちと軋んで一進一退の攻防を繰り広げていたりする。

 ……どうしてどいつもこいつも再会早々ギスギスしてるんだ。

 と、誰が思ったかは定かではない。全員が思ったかもしれない。
 だがともあれ、これでやっと状況が動いた。
!」
 パッフェルが動いたおかげで必然的に睨み合いから解放されたルヴァイドが、いつになく強い語調でその名を呼ぶと、波を蹴散らして海にずんずん入り込んで行ったからだ。
「あ」
 さすがに、敬愛する養い親の声にまで気づかぬでもない。
 彼女は未だ、赤い髪の青年と女性を抱えてなでてやっている姿勢のまま、首だけひねって、ルヴァイドがやってくる方向を振り返る。抱いていたふたりの背を、そこで軽く叩いて促し、自分と一緒に立ち上がらせる。
 海水を滴らせるふたりをその場に並ばせたあと、彼女は改めて、もう間近に迫ったルヴァイドへと向きなおった。
 ――にっこり。満面笑顔。
 なんら後ろ暗いところなどないその笑顔に、問い詰めようと意気込んでいたルヴァイドの背が僅かに動揺するのを、砂浜から見守っていた一行は、しっかりはっきり見てとった。
 そしてその隙に、はまず、赤い髪ふたりへルヴァイドを示し、
「紹介するね。この人、ルヴァイド様。あたしを育ててくれた……うん、お父さんみたいな人」
「――う、うむ」
 それまでの勢いどこへやら。あえなく頷くルヴァイドの背を波打ち際の彼方に見ながら、イオスがぽつり「ルヴァイド様……」と涙した。
「で、ルヴァイド様。この子たち、レックスとアティって云います」
 “この子”たち――とくるか。
「おいおい、マジか?」
「まさか――に限って」
 額をぺちっと叩いて嘆くフォルテ、信じられないといった表情でつぶやくミニスを、島の面々は不思議そうに見やる。
 そんな展開を知らぬはというと、返すことばを探しきれないでいるルヴァイドに、レックスとアティの紹介をつづけていた。
「あたしが、二十年前の、この島に着くより前。それよりもっと前の時間に落ちたとき、まだ小さかった――両親を亡くしたばっかりのこの子たちに逢ったんです」
 潮風に乗って砂浜に届いたそのことばによって、察しのよい何人かは、そこでがくりと脱力した。
 そういうことか。
「そうなんです。それで、わたしたちったら、混乱していて。のことを、ずっと、おかあさん、おかあさんって……」
「二十年前再会したときからも、ずっと、そういう位置にいるから――ははは、おかしいですよね。二十年前も今も、俺たちのほうが年上なのに」
 照れたように笑うアティ。
 後ろ頭に手をやるレックス。
 そんなふたりを、くすくす笑いながら見ている
「…………」
 三人を眺めながら、ルヴァイドが、その場で立つだけの体力を搾り出すことにさえ難儀していたのを知るのは、たぶん、波打ち際の彼らだけ。


「……てゆーか、どうすんだよこの大人数」
「まあ、たまには良いのではないか?」
 護人の皆はどうじゃ? と、振り返るミスミのことばに応え、

「――――その前に、まったく事情が飲み込めないのだけれど?」

 たった今。
 島に帰還したばかりである一行が、ここぞとばかりに頷いた。


 その後、調査隊が島にいる理由やら、悪魔と守護者が湧いて出た原因やら、島に飛んできた原罪の欠片やらそれを餌にしたディエルゴの残滓やら――諸々の説明にて、またも時間を食ったのは、まあご愛嬌。


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