【そして彼らは彼らと出逢う】

- おかあさん -



「先生たちの船だ!!」

 いつの間に魔剣を継承したんだそもそもいつ紅の暴君は不滅の炎に改造されたんだそれならウィゼルはこの島に来たのかだとしたらどういった手段で訪れたんだ――
 そんな諸々の疑問を、主にがナップとアリーゼに浴びせかけていた帰り道。
 もちろん、きれいさっぱり本体を片付けられてしまったディエルゴの痕跡が他の場所にないかどうか、総動員で確認したのちのことである。なんだか奇妙に強張った、というか、どう対処していいものやら判らない、という感満載の空気が他の面々に“何故か”漂っているなか、不意にナップがそう叫んだ。
 包み隠さずきりきり答えろ、というの圧力に屈したわけでないことは、晴れやかな彼の表情でも明らかだった。
 遠く、木々の向こうに見える青い海、そちらを指し示す彼の腕を追って視線を転じ――それが、たしかにたしかであることを、もまた、つづいて確信した。

 遠く。木々の彼方。
 水平線の、あたり。
 まだまだ小さい、けれど、はっきり船と判るひとつの影。

「あ……」

 不意に背後から零れた声に視線をやれば、パッフェルが口元に手を当て、えもいわれぬ表情を浮かべていた。
 歓喜というのか。郷愁というのか。
 さっき。遠い時代に別れた友人達が、再び手を取り合ったあの瞬間のそれに、似ているといえば似ているだろうか。
「パッフェルさん」
 すかさず、は、パッフェルの腕をとった。
「行こう!」
「……っ、はい!」
 促せば即座に応え、かつて暗殺者として、かの船の人々と対峙した女性は足を踏み出した。
 それを引っ張る形で、かつて赤い髪と翠の眼でもってかの船の人々と向かい合っていたも走り出す。
!?」
「パッフェルさん?」
 驚愕混じりに名を呼ぶ調査隊の面々を振り返り、は、全力全開の笑顔でもって、高らかに宣言したのだった。

「全員、砂浜に全力ダッシュ! ナップ、合図お願い!」

 それだけ云って身を翻した背中へ、さらに、まだ事情の飲み込めぬ大多数の問いかけが投げられるなか、
「了解!」
 勢いこんで応じたナップが、再び紅の剣をとり、白く変貌する力の余波。
 そして、再び天へと昇るは赤い炎。
 そこへ、
「あら、じゃあついでに」
 と、悪戯心を起こしたらしい彼女が、先刻の再現とばかり、白い陽炎を織り交ぜた。
 彼女とは誰か、なんて問うなんて野暮だ。
 その傍らに、微笑み並ぶ銀の悪魔。それを見やればすぐに、その答えは出ようというもの。――はいそのとおり。“何故か”漂っていた珍妙な空気の原因は、へーぜんとして一行に加わっている、このふたりのせいだったのである。
 ……どう説明すりゃいいんだ。
 ことばにするなら、こんな感じだ。
 ともあれ。
 再び昇った赤と白、今度は一行の頭上で一本の矢を象ると、そのまま、目的地である砂浜めがけて放たれる。輝きを島中に主張して、光の矢は見事、的へ突き立ったようだった。
 ――これなら、調査のために散らばっていた他の人たちも、砂浜に集まってくるだろう。
 なんて確信するころ、併走するとパッフェルは、とうに、一行からの距離を、ずいぶんと稼いでしまっていた。
 瞳を潤ませているパッフェルも、ここで少しは普段の調子を取り戻したらしい。
 続いて走り出したナップとアリーゼ、それに悪魔と守護者。それらにまだ追いつこうとも足を踏み出そうとも出来ず、戸惑ったままの一行に気づくと、彼女はちょっぴり、悪戯っ気のある笑みを浮かべて口を開いた。

「皆さーん! お急ぎになりませんと、さんとお子さんの感動の再会に乗り遅れちゃいますですよー!」

 …………

『なにィ!?』

 テンポひとつずらし、響くは調査隊の大合唱。
 ……やってくれたなパッフェルさんめ。
 少しばかり恨みがましい視線を、傍らに戻って来た相手に向けると、彼女は、「ふふ」と嬉しそうに笑っていた。
 だもので、は云おうとした文句を引っ込め、苦笑い。さっきまでの放心は投げ捨てて、怒涛のように迫ってくる大量の足音と気配からアドバンテージを奪うべく、ますます足に力を込めて地を蹴った。


 ――森を駆け、
っ!」
「ぷいー!!」
「途中待機してたのか、そこっ!」

 ――川に沿って走り、
「あ! ねえねえ今の!」
「ナップ! 何軽々しく抜剣してますの!?」
「いろいろ事情があるんだよ!」

 ――野を突っ切って、
「こちらまで爆音が聞こえてきたぞ!? 何をしていたんだ!」
「――――ちょっと待て!? なんであいつらがいんだよ!? いや綺麗な姉ちゃんは大歓げごふぉ――!!」
「呼んだら出てきたんだってさ!」
「ちなみにあたしも兄さんもこれに関しては無実!」


 ――潮の混じる風を感じながら、砂浜へと飛び出す。
 どんな奇跡が起こったのか、まだまだ遠いと思った船影は、その大きさを実感出来るほど間近に、島へと接近していた。
 操舵士の腕は相変わらずピカ一らしく、一歩間違えばそこらの海底に引っかかって動けなくなりそうな際どい浅瀬の上さえも、危なげなくこちら目掛けてやってくる船。
 そうして。
 その上。
 船べりから身を乗り出し、着岸を今か今かと待ちかねている人影が複数、目に映る。
「――あ――」
 赤い髪、ふたり。
 金髪、ひとり。……もうひとりは操舵中か。お疲れ様。
 結い上げた黒い髪ひとり。
 灰色の髪はふたり。
 立派な鬣ひとり、透ける銀髪もひとり。
 白に近い薄茶色の髪ひとり。
 彼らもまた、砂浜に待つたちに気づいたか、何事か云い合いながら、ますます身を乗り出した。
 かと思いきや、
「うわ危なッ!?」
 うちのひとりが、真っ逆さまに海へと落ち――いや。飛び込んだ。
 きれいなフォームで入水しつつも、船体の高さが高さだ。盛大な水しぶきを上げ、飛び込んだ人影は一瞬沈んだ。――かと思うとすぐさま水面に顔を出し、猛烈な勢いで砂浜目掛けて泳ぎはじめる。
 波間に見え隠れする赤い髪。
「――そ、そこまでやる……!?」
 思わず慄き、泳いでくる人物に目を奪われたの耳に、またもや響く飛び込みの音。
 視線を向ければ、ぷっかり。浮かぶ白い帽子。
 ……間抜けな光景だった。
 突如海上に出現したマッシュルームから少し離れた位置に、もひとつ浮かぶ赤い髪。短かったさっきのと違ってかなりの長さを誇るそれは、ゆるやかに水面へ広がっている。
 かと思うとすぐさま、飛び込み二番手も、砂浜めがけて泳ぎ始めた。
「わ……笑っちゃだめ?」
「だめですよ」
 が引きつりつつつぶやくと、傍らのパッフェルは、しごく真面目にそう云った。 
 そして彼女はおもむろに、腕を後ろにまわしたかと思うと、

 ――パン!

「どわあ!?」
「パッフェルさん何するの!?」

 ようやっと追いついてきた後続へ、不意打ちでかますは威嚇射撃。
 くるくるっ、と、銃を回転させながら、半面だけ後続を振り返って微笑むと、
「親子の再会邪魔するお方は、銃に撃たれて死んじまえ、ですよ」
「いや死ぬってそれマジで!!」
「ですのでお静かに願いますね。――でないと私、何するか判りませんですよ。……ふふ」
 人の話を聞け! そう怒鳴りかけていたらしい一行、このうえなく極上であろう笑みをたたえたパッフェルのことばに、凍りついたようだ。
 珍妙な呻き声が、そこかしこから。
 そして、はその頃とっくに、自らも、波打ち際目指して駆け出していた。
 ごめん、笑うなんて云って悪かった。
 海水を蹴散らしながら、頭の片隅でそんなことを思う。こうして動いてしまう衝動は、だって、自分も同じだったから。

 足の立つ位置に泳ぎ着いたらしい水泳者が、水しぶきもけたたましく立ち上がった。泳いでいたのだから、当然、全身濡れ鼠。
 海水が髪からぼたぼた滴って、さぞ視界は制限されてるだろうに、彼は真っ直ぐ、こちらめがけて走り出し、

「おかあさん――!」

 呼ぶ声も。表情も。
 嬉しくて。幸せで。しあわせで、しあわせで、しあわせで――

「おかあさんっ!」

 続いて到着した二番手もまた、弟と同じ表情と、声で。叫んで走り出していた。
 ずぶぬれのマントなんてなんのその、火事場のバカ力というやつか。

 駆けてくる、ふたり。
 しあわせそうに、笑いながら。

「レックス! アティっ!」

 そして当然。

 ――ざばっしゃーん!!

 成年ふたりの重量を支えきれるほどの膂力などないは、そのまま三人くんずほぐれつ、海中に没する羽目になったのであった。
 ……まあ予測してたし覚悟もしてたけどさ。
 なんて。人目はばからず、先を争って抱きつこうとしてくる大きな子供を抱えあぐねるという、しあわせ至極な境地のなかで、そんなこと延々と考えるほど、も冷静ではなかった。
「レックス」
 頭を抱え、髪を梳いてやる。
「アティ」
 すっかり潮のにおいがついてしまったふたりの髪は、しっとりと指先にまとわりついて離れない。髪だけじゃなく、その手も身体も。
 ああそういえば。
 こんなふうに、抱くのは初めてじゃなかったろうか。
「本当――本当に、変わってないんですね……っ!」
 自分こそ、二十年もの時間を間に挟んだにしては、殆ど面変わりしてないアティが、感極まったように云った。
「――あ! あのさ、!」なにやら気負いこんで迫るレックス。「もう、“おかあさん”って解禁だよね!?」
 今しがた散々叫んでおいて、何を改めて確認してるか。
 だが、ここで悪戯心を起こすほどに非情でもないは、にっこり、笑ってうなずいた。
「もちろん! どんとこ――」
「「やったあ!!」」
 皆までに紡がせず、レックスとアティは歓声をあげ、さながら全身全霊とでも表現出来そうな勢いで、笑顔で。

「おかあさん、久しぶり!」
「お元気そうで何よりです、おかあさんっ!」

 云って、また。
 倒さないようには配慮しつつも、彼らにとって存在する二十年分――いや、もしかしたら、あの幼かった赤い日からあったかもしれない空白を埋めんとばかり、身を、寄せてきた。


 ――そんな、幸せな再会劇の向こう側。
 完璧に、おいてけぼりにされた砂浜では、
「それで」
「うふふどうなさったんですかルヴァイドさん? そんな、地獄の釜で煮えたぎる憎悪の溶岩のようなお声で」
「相手はどこの馬の骨だ」
「うふふふふやーですねえ、さんのことになると、すーぐ我を忘れられるんですから〜」
「理性があるうちに吐け。女子供でも容赦せんぞ」
「あらあらそれは困りますねえ。でも、私が云っちゃうのはルール違反ですよ。さんが戻られるまで、お待ちくださいね?」
「……」
 煮えたぎる溶岩と。
 それを受け流す絶対零度。
 二者の相克によって、取り残されたその他の面々は、なすすべもなく固まりつづけるしかなかったのであった。


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