【そして彼らは彼らと出逢う】

- 悪魔と彼女と不滅の炎 -



 がしゃーん。
 がらーん。

 たてつづけに響く、金属の落下音。
 発生源は云うまでもない。赤紫の髪した男性と、金色の髪した青年だ。
 ふたりは――背中側にいるからでも判る――これ以上ないほど目を見開いて、命にも等しい己の獲物を落としたことにも気づいていない様子で、まるで彫像のように、その場で固まってしまっていた。
 と書くと、そんな現象を起こしたのはその二名だけのようだが、あにはからんや。
 マグナとトリスは、懐から召喚石を取り出そうとした姿勢のままで凍りついてるし、レシィは目がぐるぐる。ハサハは耳を忙しなくぴこぴこさせてて、レオルドなんか三つ編みコードがビーンと逆立ってしまってる。それでもってアヤにクラレット、バノッサやカノンに至っては、聞き覚えのある声のはっちゃけまくった笑い声に虚を突かれ、目はどんぐり状態だ。平然としてはいないものの、一番ダメージが少ないのは、ナップにアリーゼ、プラス彼らの友達召喚獣であるところのアールとキユピーと見た。耐性はないが先入観もないってことで、差引とんとんだからだろう。
「あらま」
 訂正。
 今のほほんと声をあげた、某よいどれ占い師も含む。
「オイテメエ今何シタ」
 そしてとってもぎこちない声で、バルレルがへと問いかけた。彼もまた油の切れた機械人形になってしまっているようだが、今のセリフの対象は間違いなくだ。
「……呼んだら出てきた」
「ほう」
 あ。
 信じてないなこの野郎。
 胸元に。ほんの一瞬閃光を発した銀細工が、まだほのかに光をたたえて下がっていることを目で確認し、バルレルへ証拠提示しようと足を踏み出す。
 そこへ、
「ふっ! さすがさん、我が愛しのすいーとはーとを預かってくださっていただけのことはあります、見事な察しのよさですよ!」
 響くは彼の声。
 いつかのように、遠いいつものように、ご機嫌な、銀髪の顧問召喚師――
 ――うわーい。
 思わず目の奥が熱くなる
 でもこれ、懐かしさだけではないはずだ。きっと。
「そして魔公子よ! 貴様は相変わらずおバカさんですね! ここの原罪は私が生み出したものですよすなわち私の子も同然っつーか私の力、媒介とするに不足ナッシング! いえ正直ちょっぴり足りないかなーって思いますけど別にリィンバウム壊したいわけじゃないのでノープロブレムッ!!」
「やっかましい――!」
 マシンガントークが一段落した一瞬を狙い、バルレルが怒鳴り返す。
「テメエ、メルギトスッ!! 寝てる間にますますネジ吹っ飛んだんじゃねぇかッ!?」
「何を云いますか! そんなの判りきったことでしょう!」
『判りきってんのかよ!!』
 とたんに入る複数ツッコミ。
 ……何気にディエルゴのも混じってたなんて、きっと気のせい。空耳だ。
 だが、銀髪の彼は、そんなツッコミ屁のかっぱ。何しろ、過去、もっとすさまじいものを喰らって平然としていたのだから、当然だ。
 ディエルゴの力の発現によるのだろう、叩きつけるような暴風。それを正面から受けてなお、成人男性としては細身のはずの、彼の身体は揺らぎもしない。ただ、銀色の髪だけが、無秩序に煽られている。
 に背を向ける位置にいた彼は、そうして、ゆっくりとこちらを振り返った。

「さあさん再会の熱いベーゼをッ!!」

 と思ったら高々と、地を蹴って飛び上がる。
 これは噂のル○ンジャンプ――!

「貴様その性根は相変わらずか――!!」
「少しは更生していればまだしも……!」

 だが、そのおかげで、ルヴァイドとイオスの硬直が解けた。三つ子の魂百までというか、これはもはや条件反射。
 取り落とした武器を神速で持ち直したふたりは、そのまま、レイム目掛けて投擲――
「レイムッ!!」
 しかけたそれを遮って、

 ――りん、

 鈴の鳴るような、銀の鳴るような。
 涼やかな、女性の声が、そこに響いた。
 続いて閃く幾条もの光――いや、
「え……っ?」
「嘘だろっ!?」
 顕現するは。

の……!?」

 白い――陽炎。

 そして響くは、
「ぎょっほ――――!?」
 ……聞くに耐えない、悪魔の絶叫。

 白い雷光に貫かれ、悪魔はぱたりと地に伏した。


 ――見覚えがある。その光。
 白い雷。
 白い陽炎。
 清冽な、苛烈な、……優しい輝き。

 かつて――ひとりの女性がいた。
 リィンバウムと約束を交わし、輪廻を越えて世界を護ったひとがいた。
 誰も知らない、守護者がいた。

 白い陽炎。
 世界の力。

 今は聖なる大樹に眠る、銀の悪魔が求めた人間。


 ――その彼女は今、肩を怒らせて、撃墜した悪魔の頭をはたいている。
「貴方少しは周囲を顧みなさいっ! そもそも恩人に飛びかかるなんて、礼儀はどこにおいてきたの!?」
「何を云います! これが私の恩返しですともッ!!」
「余計に恨みを買いそうな手段を恩返しに使うのはやめなさい!」
 普通ありえないだろう恩返し方法を高らかに謳うレイムへ、怒りだか気恥ずかしさでだか顔を真っ赤にして彼女は怒鳴り、
「……何よ」
 ふ、と。
 不意にレイムのたたえたやわらかな微笑に気づいて、首を傾げた。
「いえ。――やはり、怒った貴女も美しい」
「…………バカ!!」

『……』

 周囲に吹き荒れるブリザードなど、彼らにとっては春のそよ風でしかないのだろう。
 ますます赤くなってレイムをぽかぽか叩く彼女と、なんか嬉しそうにそれを受けてる相手を見つめる一行の思いは、今まさに、ひとつとなっていた。
 すなわち、

 ――こいつら、バカップルだ……!!

 で、ある。
 そんな冷めた視線に気づいたか、はたまた、本来はそういう性格なのか――
「……あ、ごめんなさい」
 レイムを叩く手を止めて、彼女は静かに立ち上がった。
 ローブに似たゆるやかなシルエットを描く衣装の裾を軽く払い、少しだけ恥ずかしそうに、笑みを浮かべる。
 ……かわいい。
 自分より年上だろう彼女に、そんなことを思う
 ほんの数度しか、まともに話したことはなかったが、そのときから抱いていた印象が、ますます強化された感じだ。
「はじめまして、ですね、皆さん。それから、そちらの方々には本当にご迷惑をおかけしました。こうして、直接にお礼とお詫びを申し上げられること、とても嬉しく思います」
「え!? あ、は、はいっ!?」
「め、迷惑だなんてそんなことないです! あたしたち、に逢えて嬉しかったし――あなたがに預けた力がなかったら、進めなかったかもしれないし……!!」
 水を向けられたマグナとトリス、突然だという以上に大慌て。
 そして彼女は、そんなふたりを微笑ましく見つめ、
「そんなことはありません。いつもいつでも、どんな遠い願いでも、選び掴んだものであるなら、依るは貴方たちの力です。謙遜しないで、誇ってください」
 ……そんなこと云われても、それではいそうですか、と、誇れるようなものでもない。
 案の定、どうしたものやらと顔を見合わせるクレスメント兄妹。
 そんなふたりに代わって前に出たのは、ちょっと予想外の人物だった。
「……おねえちゃん」
「あら」
 宝珠を胸に抱いた、小さな妖狐。――ハサハを見て、彼女は優しく微笑んだ。
「小さな狐さん――元気でいたんですね。よかった」
「うん……!」
 覚えていてくれてありがとう。
 ハサハの浮かべた満面の笑みは、まるで、そう云っているかのよう。
「あー、感動の再会中悪ぃんだがよ」
 そこへ、疲れた顔したバルレルが割り込む。
 おやおやどうしたのだろう、なんだかさっきより生傷が増えているようだ。
 彼は、ちょいちょい、と、己の背後を指で示した。
「あ」
 原罪のディエルゴと、ソレが生み出した負の具現を相手取って戦っているひとたちの光景を。
「あらあら」
「おやおや」
「テメエらも働け、特にメルギトス!」
 つんつん、なんて生易しいものでなく、ざくざく、レイムへ槍を突き立てながら吼えるバルレル。
 そのレイムは、彼の攻撃をすべて紙一重で交わしながら、無駄に空中回転などキメて立ち上がる。ちなみに、ついさっきまで雷のせいで痙攣してたってことは、一応秘密。
 そうして他一同も、やっとこ現状を思い出して気を切り替える。
「ごめん! 今行くから!」
 そこに含まれるもまた、気合い一発そう叫び、ディエルゴとの戦線へ参加しようとした。
 だが、

「フ」

 その前に突き出される一本の腕。
 翻る銀の髪をたしかめるでもない、ハート模様基調の奇抜な衣服は、世界中を捜してもレイムしか着用していまい。
さんの手を煩わせるまでもありません。――そのとおりですよ、魔公子。私はそれこそ、これの後始末をしに馳せ参じたのですからね」
「……」
 だったら出現早々バカップルっぷり披露してんじゃねえ。半眼でレイムを睨みつけるバルレルは、無言でそう訴えている。
 そしてレイムはそれを無視する。
 彼ら、これはこれで、わりと仲良しなのかもしれない。
 云ったら双方、否定して血で血を洗う大戦争になりそうだが。
 などと、またしてものんきな方向に思考を逆戻りさせたの前では、レイムが、ディエルゴと戦っている一行のほうへと足を踏み出していた。
 たちを留めるために伸ばしていた腕を戻し、すぐに、真っ直ぐ真正面へと差し伸べる。
「戻りなさい」
 小さく。
 つぶやかれたそれが聞こえたのは、ひとえに、叩きつける暴風が、彼からこちらへ吹きつける向きであったからだ。

 ぼっ

 ――オオォォォォ……

 ぼぼっ

「な……ッ!?」
「闇が――」

 悪魔と守護者のバカップル劇場が展開されていた間も、真面目に奮闘してくれていた面々の手が、そこで止まった。
 自分たちの脇を通り過ぎていくソレらを、呆然と見送り、振り返る。
 そして彼らは見る。
 おおよそ人が触れれば即座に呑まれるであろう、深い深い負の具現を、その身にて食らい微笑む、レイムを。
 たなびく銀の髪。
 細められた双眸。
 軽薄の欠片もなく。紛れもなく。ただ在る――彼は、たしかに、悪魔だったのだと。

 ――オオオォォォォォオオォォ……!

 ディエルゴが吼える。
 驚愕と戦慄をその咆哮から感じたのは、きっと、気のせいではない。
 原罪によって活性化したのが予測で終わらないのなら、それを取り返されれば最後、あれは再び、遠く深い世界の深層、連なる数多の意識の向こうで、誰かがそこへと触れるまで、沈み伏さねばならないのだから。

 ぼっ

 ソレは再び、球体を生み出した。
 だが、
「くだらない」
 レイムはそんな抵抗さえ一蹴する。
 明らかな敵意、害意を持って襲来する球体を見切り、手のひらで受け止めた瞬間、
 ――ざぁッ!
 粘土が砂になるかのように、その球体は分解され、消える――否、吸収された。大悪魔メルギトス。かつての日、原罪をばらまいた自身へと。
 彼は云う。
「何がディエルゴですか」
 ばかばかしいと。くだらないと。
「貴様の存在を赦す相手を否定するのというのなら――まず己を否定せよ」
 ……かつて。たゆたう占い師もまた、同じことをつぶやいた。

 そしてそれは宣告。

「見苦しいにも程がある。この世界、そして四界の何処にも、貴様が侵蝕する余地などない!」

 ――オオオォォォォォォオォォ……!!

 ディエルゴの咆哮。
 だがそれに、先ほどまでの力は感じられなかった。源である原罪は、すべて、レイムが取り戻してしまったのだろう。
 そんな離れ業をしてのけた大悪魔は、そこで表情を一転させると、穏やかに一行を振り返った。
「さて、後始末はこんなところでいかがです?」
「上出来よ」
「っとーにテメエの分しかしてねェのな」
 ふふ、と微笑う彼女につづき、ケッ、と呆れてバルレルが応じた。
「あら。これでも少しはまともになった……とは云い切れないけど、なったと思ってあげてくれませんか?」
「フォローしてねって。それ」
 さらに呆れるバルレルの肩を、彼女は笑いながら叩く。そうして、今度は自分の番だとでも云いたげに足を踏み出しかけ――ふと。
「炎の継承者さんの方が、適任かしら?」
 ナップとアリーゼを振り返り、独り言めいてつぶやいた。
「え」
「なんで、それを」
 視線を向けられたふたりは、突然のそれに、目を忙しくまたたかせる。
「わたしも、道を持っているから」
 そんな兄妹を見て、彼女は微笑む。
「きらきら、輝いてる。強く、気高く、猛る炎――遥か悠久の蒼と添う、対の姿。とてもきれいな道ですね」
「……蒼って。じゃあ、その炎って」
 彼女のことばからひとつの答えを推測し、は思わずつぶやいた。
 そして、ナップとアリーゼは顔を見合わせ、互いの意志を確認するかのように頷きあう。
 一瞬後に足を踏み出したのは、ナップだった。
に見せるのは初めてだよな」
 照れくさそうに彼は笑うと、大剣を鞘におさめ、手を、空へ向けて差し伸べる。
 そして、

「――不滅の炎――!」

 高らかに。
 呼ばわるナップの声に応えて、集うは真紅の、いや、それ以上に強い輝き。そして力。

 ああ。
 ――フォイアルディア。不滅なる炎と、あれは、いうのか。

 総毛立つような感覚を覚え、は自分の身体をかき抱く。
 そうか。
 紅の暴君。あの頃そう呼ばれていた魔剣は、もう――

「では参りましょう」

 りん、

 涼やかな声に、そして集う、純白の陽炎。
 儚くも強い。凛と在る意志。
 とうの昔に切れた鎖は、もはや彼女を縛ることもない。紡がれたことばに応えて具現するそれは、ただまったき、世界の力。


 ――赤と白が、輝きが。の、全員の、視界を埋める。

「……」

 まだ、にとっては過去にもならぬあの日。
 ぶつかりあった赤と白は、今、手に手をとって、もはや無力にわだかまるしかないソレを、駆逐せんとほとばしる。
「……」
 どう表せばいいのだろう。
 判らないながらも。云い知れぬ熱を胸に瞼に強く抱き、は、頬を濡らす雫をただそのままに、眼前の奇跡を見つめつづける。


 白き陽炎の使い手が、そして、占い師に手を伸ばす。
 郷愁にも似た懐かしさを、双方、まなざしにたゆたえて、かつての友は再び相手の手をとった。
 ――メイメイ。
 お願いね、と、彼女の口が動く。
 ぶつかりあう力の余波、吹きつける風と響く轟音のため、会話は音として聞こえない。
 だがそれでも、一番間近な相手に届くだけの余裕はあって、だから、占い師は力強く頷いた。

 ――四界天輪

 占い師の頬に差していた朱はすっかり失せ、その唇から零れる声は、音ならずともすべての者の意識に響く。
 音として紡がれているだろう呪に重ね、

 ――王よ

 だから――そんなつぶやきさえ。

 ――我が王よ――

 本当ならきっと、彼女たちにしか届かなかったはずのそれは。
 遠い遠い――今でなくここにない、誰かへのものだったそれは。
 だから。この場に彼らにそしてすべてへも、染み渡り広がっていったのだろう。


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