そして彼らは、このときを待っていた。
戦いによって増幅されるだろう感情によって、または、原罪の媒介たる悪魔の存在によって、亡霊どもの御大が姿を見せるのを。または、兆候を示すのを。
それが成った今、もはや、亡霊にかかずらっている理由もない。
「来い! ツヴァイレライ――!」
「言霊の呪により滅式を行使せよ!」
「ガルマザリア――王がここに喚ぶ! 応えろ我が下僕ッ!!」
「なんかもう余ってる気がするけど、いっちゃえゲルニカ――!!」
轟く爆音。
揺らぐ大地。
耳をつんざき身体を傾がせ、召喚術という名の暴力は、だがしかし器用にも、現し身を持たぬ者たちだけを標的としてその力を炸裂させていた。
――ヒイイィィィィィ
――ウォォォオオォォォォ
阿鼻叫喚。
または断末魔。
数多の怨嗟をとどろかせ、場に出ていた亡霊たちは、そのすべてが、ほとんど間をおかずに消滅する。
……そして。
あっさり一掃されてしまった亡霊たちの壁の向こう。
「――あれが」
誰かが、そちらを見てつぶやいた。
「ええ」
表情を改め、アリーゼが首肯する。
わだかまるは、黒いモノ。
霧? 靄? 影? 闇? ――否。
ディエルゴ。
否定するモノ。
二十余年の時を経て、ここに、かの妄執はよみがえる――――
――グルオオォォォォォォォッ!!
喜びか。
怒りか。
それは、先ほど以上の咆哮を上げ、ひとまわり、膨らんだかのようだった。
――我が名はディエルゴ!
大気そのものを揺らがせ破壊しかねないそれは、だが、ただの名乗り上げにすぎない。
聞こうとせずとも耳朶に飛び込む騒音のなか、一行は、次々と武器を持ち直し、身を構えなおし、体勢を整える。
云うまでもない。
すぐに訪れるだろう戦闘に備えての行為だ。
ぶわり。
またしても、闇でない影が膨張する。
真球であったそれから、ぼこぼこ、ぼこぼこ、まるで泡のように黒い丸い何かが生まれ出ようとしている。
――我は! 原罪のディエルゴ――!!
それは吼える。
すべてを呪えと世界を忌めと。
耳にするだけで神経を侵されそうな、暗く、深く澱んだ轟き。
「――あれが……」
初めて目にする存在を前に、は小さくつぶやいた。
あのとき、結局確認することなく去った時間の、忘れ物。ハイネルの嘆き、レックスたちがかつて対峙したモノ。
ディ エルゴ。
界そのものを否定する、否定のための否定の意志。
「やはり、原罪がきっかけだったようですね……!」
巻き起こっている暴風に負けじと、クラレットが声を張り上げた。
その傍らには、アヤが静かに佇んでいる。
「……否定するもの」ディエルゴ、と、誓約者はつぶやいた。「なんて――哀しい」
否定のための否定。
永劫終わらぬその螺旋に、エルゴの王は気づいている。
ぼこっ、
黒い球体が、ソレから飛び出した。
ぼこぼこぼこぼこっ
続いて、幾つも幾つも、ソレからソレらは生まれ出る。
嘆き。
怒り。
哀しみ。
痛み。
苦しみ。
ソレらは、負の具現。
大剣を構えるナップ。
「あのときの焼きなおし、だな!」
「もちろん、結果も焼きなおしよね……!」
その少し後方でアリーゼが、杖を手に、そう云った。
そして。
「チッ」
忌々しげに、バルレルが舌打ちする。
「あんのバカメルギトス……成仏すんならするで、テメエの尻拭いくらい、してけってんだよ」
めんどくせえもんはめんどくせえ――そんな感情を、如実に表情や声色ににじませつつ、だが、魔公子はその場を放り出そうとはしない。
そして、
――りん、
の胸元で、銀が弾んだ。
「え?」
例に漏れず臨戦体制、白い剣を構えた姿勢のまま、は、ちらりと視線を下に向ける。
……そして、目を見張った。
きらきら、
きらきら、
輝いている。
――りん。りん、りぃん……
揺れている。
跳ねている。
弾んでいる。
まるで、喚べとでも云うかのように。
まるで、応えるからと云うかのように。
「……」
――オオオオォォォオオォォォ!!
「……レイム、さん?」
彼女か彼か。
二者択一。
その名を選んだのは――何のことはない。
単には、彼女の名を正式に知らない。ただそれだけの、理由だった。
そして。
――オオォォ 「あ――――っはっはっはっはっはっはっは!!!!」
マジに出やがったよオイ。