ヴァルゼルドでもつれてくればよかった。
適当に、目についた瓦礫を引っくり返しつつ、はそんなことを思っていた。
彼なら、人間の力じゃどうしようもない重量物だって、腕一本で放り投げてくれただろーに。いっそ、今からでもラトリクス行って協力要請してみるか?
「掘り返して出てくるもんかなあ」
「昔から、悪者は地面の下か迷宮の奥にいるって相場が決まってるのよ」
そうかあぁぁ? ますます首を傾げるナップの傍らでは、アールが真似して身体まるごとかしがせている。
「ピピー?」
「……アールは……」瓦礫を一瞥。「無理か、うん」
「殿、あーる殿ニソレヲ強イテハ、能力値的ニおーばーデス」
ロレイラル仲間であるレオルドが、少し離れた場所から云った。
のセリフに物騒な予感を感じてちょっぴり慄いたらしいアール、「プピ! ピピッ!」と大きく頷いて、ナップの向こうに逃げてしまう。
あんまいじめんなよ、と、小先生、相棒を庇いつつ、半眼でを振り返る。
「というか、その、ディエルゴとか核識ってどんなもの?」
数人を伴なって、少し広い範囲を探しに出ていたマグナが、戻ってきて問いかけた。
「どんなのって……形っぽい形があるわけじゃないしな。意志とか念とか、そんなもんだし」
「幽霊とか、そんな感じに思ってもらえばいいんじゃないかしら〜」
ナップとメイメイの返答に、マグナは「う〜ん」と腕組みしてうなってしまった。
その気持ちはよく判る。
実体のないもんを、どーやって捜せというのだ。ほんと。
いつかの誓約者ご一行ではないが、ここら一帯完膚なきまでに叩き潰してしまえばいっそ禍根も立てるのではないだろうか――さっき以上に物騒な方向へシフトしようとしたの思考は、だが、
「全員構えろ!!」
唐突に。
ひとつの方向から響いたルヴァイドの指示で、霧散した。
「ルヴァイド様!?」
振り返る。
そのころにはとっくに、足は地面を蹴っている。
身体ごと、養い親の声が発された方向に向き直ったところで、は「うわ出たっ!」と、声をあげていた。
――オオオォォオオオォォオオォォォ!!
それをかき消すようにして、轟く咆哮。
怨念。怨嗟。呪詛。
あらゆる負の感情を混ぜ込んだ、死者の雄叫び。
「……あれが出てきたということは――」
「何かがここで起こってるのは、間違いないな!」
アリーゼとナップ。
あれらをよく知るふたりは、その姿を認めた瞬間、各々の武器を抜き放ち迎撃体勢に入る。アールとキユピーも、ふたりの傍らへ移動して、出現したそれらを睨みつけた。
「なんだ、あれは――」
「島の亡霊ですよ」
すでに戦闘状態に入っているルヴァイドたちのもとへと駆けながら。イオスがつぶやいたことばを耳ざとく聞き取り、パッフェルが応じる。
「もう全部、解放されたと思っておりましたが……」
一歩道を違えていれば、己もああなっていたかもしれない。そんな思いがあるのだろうか、彼女の口調は自嘲まじりだ。
「こうして囚われていたものがいるのでしたら、まだ、遺跡は完全に停止していなかったということですね」
「オレたちも、あんときは、たいがい、くたびれきってたしな――!」
散らばっていた面々が、亡霊の出現した地点に集合した。
先んじて駆けつけたナップがまず、気合い一閃、大剣を振り下ろし、一体を屠る。
すでに数体を斬り捨てていたルヴァイド、そして、彼の援護をする形になっていたハサハとレシィが、増援と合流して体勢を立てなおすべく、与しやすい人間のほうへと移動した。
そこへ出来た空白に、前衛戦を得意とする面々が走りこむ。
「ヘッ! ちょーどいいッ! オレがストレス晴らすくらいの役には立てよ!!」
槍の一薙ぎで数体を吹き飛ばし、バルレルが吼える。楽しそうだ。サイジェントお忍びで溜まった鬱屈は、まだ晴れてなかったらしい。
半歩ほど遅れて走りこんだバノッサもまた、凶暴に口の端をつりあげて、二剣を振るう。
――あのふたりに近寄るのはやめとこう。命が惜しい。
と、全員が思ったかどうかは定かではない。だが少なくともは思った。
だからというわけでもないのだが、は少し方向を修正して、ルヴァイドのもとへと駆ける。隣にはイオス。
到着した部下ふたりへ、ルヴァイドは頼もしげに笑ってみせた。
「行くか」
「「はい!!」」
一匹出たら三十匹。三十匹なら三十倍で九百匹?
有象無象と出現しだした数多くの亡霊を前に、だが、この場の誰一人とて、臆する者はいなかった。
――大剣が空を振るわせる。
身を覆う鎧がないためだろうか、その膂力はすべて剣へと注がれ、切れが倍にも乗にも増している。
縦横無尽に舞う槍。
鍛錬を怠っていない証拠に、翻る穂先の行方は、目で追っても残像をとらえるのが精一杯だろう。
翻る、白い剣。
もう焔をまとうことなくても、その材質は変わらない。この世界にたった一本、剣匠の鍛えた稀なる刃の前には、いかな亡霊とてたまったものではあるまい。
「――喚び声に、応えて。願わくは、来たれ、彼方の友よ」
紡がれる詠唱――そこかしこで響くそれらのなか、一番近いのはアヤの声だ。
「彼の者、勇敢なる戦士の手に一層の力を――エールキティ!」
ほとばしる若草の光。
応えて現れたメイトルパの住人は、実体を得る前に、マグナの手にある剣へと吸い込まれるようにして消え、刃を淡く輝かせる。
憑依召喚術。
召喚の魔力を、対象の姿になぞって整え、対象としたものへ移して強化するものだ。憑依、というと、いささか苦い記憶もあるが、あれとこれとはまったくその意を異にする。
姿をなぞるだけなので、モデルとなった召喚獣自体は、その場ですぐに送還される。
「ありがとう、アヤさん!」
「どういたしまして。治癒が必要なら云ってくださいね」
剣を大きく振って、感謝を示すマグナ。彼に微笑みかけるアヤの横では、クラレットの詠唱が終わりを迎えている。
「開け、界の門。我、護界を冠する者なれば、応えて出でよ――」
朗々たるそれを耳にしつつも、の脳裏では、先刻のエールキティによって笑える思い出が呼び起こされていたりした。
ふと見れば、ちょっと離れたところにいるバルレルの肩も、震えているようだ。うむ、これは同類とみた。
「がんばれ若人軍団〜!」
「メイメイさんもがんばってよっ!」
のんきな占い師の声援に、があっ、と怒鳴るトリス。ちょっぴりおろそかになった彼女の背を、レシィが守って亡霊一匹ご沈没。
――ご昇天、とはいかないのが難しいところだ。
士気にかかわるので話すのはためらわれているのだが、ここの亡霊が、以前と理由を同じくして生じた亡霊だというのなら、倒したところで本当の解放にはならない。力を失い消えはしても、その失った分を取り戻せば湧いて出てくることだろう。
たぶん、ナップやアリーゼがその件に関しては何も云わないのも、と同じ理由からだろう。
しかし――何故急に?
聞けばこの二十年、島は平穏だったという。
たまたまだろうか? 死に体になったディエルゴがこのような兆候を出し始めたのと、たちが訪れた時期が一致したのは。
――まさかね。
ルヴァイド、イオスと並んで剣を振るいながら、は心中でかぶりを振った。
超感覚なんてものではないけれど、ただの直感でしかないけれど――亡霊の出現と原罪の風は、どこかできっと繋がっている。そして、そのどこかとは、ここだ。
喚起の門。
この場所だ。
――ならば――!
「ッ、かー! だいたいなんだ、元々はメルギトスの野郎がバカかますからこんなことになってんだろうが――――!」
「おっとっと」
早々とキレたバルレルの叫びに、思わずコケかける。
がら空きになってしまった頭上を、滑り込んだイオスの槍がフォローしてくれた。
「バルレル! そんな判りきったこと云ってないで! ほら後ろ!」
叫ぶためには呼吸を溜める必要がある。
そのためには足も止めればなお効率的。
一時停止してまで咆哮を優先した護衛獣目掛けて繰り出された攻撃を防いでやりながら、叱咤するトリス。
だが、それを素直に受け入れるようなバルレルなんて、バルレルじゃない。
「オイ、酔いどれオンナっ! その辺テメーも関ってんだろが、なんかねェのかよ一発で吹き飛ばすとかそういうの!」
「にゃは?」
「にゃは、じゃねぇ――! 後から後からわいて出てんの、どうにかしろってんだよ! こいつらどう見ても本命じゃねえだろがッ!」
「バルレルってば! 人間できることと出来ないことがあるでしょ!? メイメイさんに難癖つけるのやめなさいっ!!」
ぐいぐい、トリスがバルレルをどこかに引きずっていこうとするが、小柄ながらも悪魔は悪魔――狂嵐の魔公子。
そういえばバルレルって、サイジェントから戻ったあとも誓約の結びなおしはしてなかったようだ。つまり、戻ろうと思えばいつでも戻れる。
「駄目ですよ、バルレルくん」
あわやそのとおり、バルレルの輪郭がうっすらぼやけだした瞬間だった。
いつの間にか移動したアヤが、優しげな微笑をたたえて、魔公子を覗き込んでいたのだ。
「おぉッ!?」
「ア、アヤさん?」
不意打ちに驚くバルレルとトリス。
そんなふたりを安心させるように、アヤは、にっこりと笑みを深めて、
「――いいえ、まーちゃんって云ったほうがいいですか?」
「!!!」
「……まーちゃん?」
「さあ! ガンバッテけったくそ悪ィ亡霊どもを片付けねェとなッ!!」
きょとん、と、アヤの不思議発言をおうむ返しするトリスを遮るように、バルレルが怒鳴る。
さっきまでのごねっぷりが嘘のように、トリスの腕を引っ張って先陣へ移動すると、これまた自ら進んで亡霊たちを撃退し始めた。
「……」
その背中に膨大な涙を感じ、は、ただ静かに黙祷する。
あたしたち、一生、アヤ姉ちゃんたちに逆らえないかもしれない――そんな予感を胸に覚えながら。
「ハヤトたちがいれば、遺跡ごと吹き飛ばせばいいと云ったかもしれませんけど、さすがに周囲への影響が冗談ではすまなくなりますから」
一応バルレルとメイメイをフォローしてくれてるらしい、そんな、クラレットの独り言。
彼女はちらりとを見て、苦笑した。
「原罪によって、ここに眠る残滓が活性化したというのなら――その御大が責任をとるのが、道理ですけど」
「御大っていうと」
「……まさか、大樹をここまで運ぶわけにもいきませんしね……」
「――――」
クラレットもこれでなかなか、アヤといい勝負なんじゃなかろうか。
考えてみれば、ふたりとも、外見といい物腰といい、親類はたまた姉妹とかいわれても無理ないくらい相似性が多い。
というか、普通、大樹を運搬するなんて発想出ない。
誓約者と護界召喚師への認識を改めた、一瞬だった。
「しかし、このままでは埒が明かんな」
そのわりには疲れた様子も見せず、もう何体目かも判らぬ亡霊を斬り捨てたルヴァイドがつぶやいた。
「そうですね。終わりが見えないというのが、性質が悪い」
こちらも息ひとつ乱さず、イオス。
誰であれ、この程度の相手に苦戦するわけがない。
さっきバルレルが叫んだのだって、単に、ひきもきらず出てくるのにうんざりしただけなのだろうし。
その点、、それにナップやアリーゼは精神的に優位と云えた。何しろ、こんなんまだまだものの数じゃない亡霊と、対峙したことがあるのだから。
だがそれも、いつまで続くか。
無限循環する亡霊どもと、体力には限りのある調査隊。
長い目で見るなら、天秤がどちらに傾くかは杳として知れよう。
だが、忘れてはならない。
原罪は、悪魔の抱く負の凝り。
悪魔の生み出すひとつのカタチ。
そしてここには、悪魔がいる。魔王の器と目された者もいる。
そしてディエルゴが、原罪の欠片で活性化したというのなら。
――ル、
「!」
最初のそれで、すでに。
全員が、気づいた。
――オオオォォオオオオオォォォォォォォ……!
そう。
触発されるは、もはや必然なのだと――!