……そんなこんなで、やっと、ファーストコンタクトは終了。
それぞれの集落に戻るという島のひとたちから、「用があればいつでもどうぞ」「必要ならば手も貸そう」とありがたいおことば――後者はもちろん諸事情につき辞退したが――を頂いた調査隊は、それでは、と、そもそもの目的であるところの原罪の風調査を再開することにした。
……それにしても、と。
そのまま集いの泉に陣取った調査隊プラスアルファの面々を眺め、は、半ば以上感嘆のこもったため息をつく。
なんなんだ、この豪華メンバーは。
誓約者に調律者、融機人に元天使、護界召喚師と魔王候補、本物魔王。そんでもって魔剣継承者に――――
って。
え?
「なんでイスラまだいるの」
「あ。ひどい、」
居残った調査隊のなか。違和感なく紛れ込んでいたイスラと、
「あまつさえナップくんたちまでも」
「うわ、ひでえ。――っつか、呼び捨てでいいってば」
「同感です。もう年齢としても子供じゃないんですから」
やっぱり、ごく自然に加わっていたナップ及び他三名へ、は当然のごとく突っ込むしかなかったのだった。
で。
そんな二者の云い分を、簡潔にここでまとめよう。
ナップ曰く、
「こっちも、先生たちからこの島を任されてるわけだからさ。とりあえず、オレたちが代表して同行させてもらうってこと」
イスラ曰く、
「だってに逢えるの久しぶりだし。逢いたかったし。待ってたし」
……
「イスラ却下」
「ひどいっ!!」
涙目になるレヴィノス家の坊ちゃんを見上げ、、こめかみぐりぐり。
うー、と、半泣きで腕を掴み、放そうとしないイスラは、まるでどころでなくお子様モードだ。
こやつ、平和な島暮らしでいささか退行しちゃってるんじゃなかろーか。……いやまあ、あれまでがあれまでだったし、その分を取り戻してるんだと考えれば、納得も、出来、――ない。
「……」
同じくこめかみに指を当てつつ、イオスが耳元に口を寄せてきた。
「彼は、本当にレヴィノス家の……?」
「あ、それは本当」
帝国でも有名な軍人の家系、その嫡子であるところの――今はどうだか判らないが――イスラが、ちっともそんなの匂わせない行動ばかりするものだから、信じ難くなったのだろう。
とて、あの頃を知らなかったら、イオスと同感だったかもしれない。
「でもなあ……」
少し離れた場所で、マグナが困惑顔して頭をかいていた。
「ちょっと、これはさ。いくらなんでも、大人数すぎないか?」
「だよねー」
頷くトリス。周囲の面々。
何しろ、当初は十数名の予定だった調査隊が、二十を越える大人数に膨れ上がっているのだ。
そこを突かれると弱いのか、追加されたサイジェントからの面々と、島からのふたりは、顔を見合わせ微妙な表情になっている。
「原罪の風は、自身が存在する地点に特定して影響を出すわけではない」
奇妙な感じに強張りかけた空気のなか、つと、ネスティが云う。
「粗方だが、から、過去この島で起こった事件のことは聞いている。――北以外に不審なポイントがあるならば、手分けして探索を行なってみてもいいと思う」
そのような場所がどこかあるだろうか、との意図のこもった視線を向けられたマルティーニきょうだいとイスラは、顔を見合わせ、
「……喚起の門のあった一帯が、そもそも結構――」
「だよな。建物の面積自体、だだっ広かったし。ひとかたまりじゃ、手間かかるな」
「それから……廃坑かな。あそこにも、たしか」
「最後に亡霊が密集して出てたというなら、暁の丘もですわね」
「あとは――」
「それと――」
などと、いくつかの場所をピックアップ。
「よし。それじゃあ、いくつかに分かれて調査しよう」
「大人数の利点は、こういうときにこそ活かすべきですね」
そんな提案に従い、一同、喧々轟々話し合う。
和気藹々、といかないあたりが、誰も彼もくせものだった。
「やだ! 俺と一緒に行く! 前のとき最後まで一緒に行けなかった分!!」
「それを云うならあたしもよ! だからネスとアメルは今回お休みね、はい決定!」
「君たちのバカは永久不滅か!? 今さらそんなことを持ち出してどうする!!」
「むー……でも納得しちゃいそうな自分が怖いです」
「つーかあの兄妹、あのとき一緒に行ってないのが圧倒的多数だっての判ってんのか」
「判ってたら云わないだろう。……この場は諦めようリューグ。あのふたり、殺気立ってる」
あのとき、相当悔しかったんだろうな。
苦笑するロッカを一瞥し、リューグも無言のまま、しょうがないなと云いたげに頷いた。
「幼馴染み特権――」
「アヤだけ有効にしよう。ハヤトは今回余所へまわれ」
「なんで!?」
「ソルとキールは云うまでもないよね。トウヤとボクもだけど」
「じゃ、ナツミかクラレット、どっちか決めてくれ」
「ありがとうございます」
「公正にじゃんけんしよっか?」
「……そっちは、必然的にバノッサのお守りが必要になるが?」
「カノンもいるから平気でしょ」
「手前ェらなァ! お守りって、ガキか、俺様はッ!!」
「はいはいバノッサさん落ち着いてくださいねー。子供じゃないからお守りが要るんですよ?」
「だからなんで俺だけ――!?」
わめくハヤトをフォローする者はいなかった。
「あー、まあ。その、なんだな。ルヴァイドの旦那とイオスが行きゃ問題ねーだろ」
「そうね。私たちは他の地点へ行くから、メインであるところの北はそちらに任せるわ」
「……そうなると、あちらにはトリスとマグナがつくわけですから召喚師の心配はなくなるというわけですわねえ」
「ねえケルマ。そもそも、心配どころか過剰だって気がするのよ。何この豪華絢爛な一行」
先ほどが考えたのと似たようなことは、やはり他の人たちも思っていたのだろう。
それを証明するように、ミニスが、少し呆れた顔で云っていた。
――で。
「いいから、イスラ。アズリアさんたちと一緒に待機してて。っつーか、怖いから。気がかりだから。待っててくれるほうがすっごい心境的に楽っていうか」
「でも」
「でもじゃないでしょう。あなた、あのとき散々無理した分、まだ精算出来ていないじゃないですか」
「……ちょっと待ってウィル。それって」
「――あ――! だ、黙っててくれって云ったじゃないか!」
「やなこった。オレらは島のこと頼まれてんの。アンタがまた無茶して哀しむのは、アズリアさんたちだけじゃないぞ。先生だって、だいたいそこのだって」
「ねえねえねえ。ツケってもしかして」
「だ、むぐ」
「ぷー」
「弁解無用、ですよ。イスラさん」
「あー、それがさ。やっぱ、アンタ送って行ったの相当無茶してたみたいだ。病魔が抜けた直後の反動でかあの頃元気してたけど、しばらくしたらすっげー体調悪くして。一時期、本当の記憶喪失になりかけてたし」
「イ〜ス〜ラ〜〜〜〜〜〜」
「っ」
「だからあのときあたしは休めと大人しくしてろと本当に無茶じゃないのかと――――!!」
「ご、ごめんなさい……っ!!」
……勝者、。
判りきってた感がなくもないその結果に、周囲の人々は、どこか乾いた笑いを浮かべていた。
しゅーん、と、しょげてしまったイスラを哀れには思うが、ここは心を鬼にするしかない。
くどいようだが、にとって、あの事件はほんの数日前のことなのだ。最後の最後まで付き合ってもらった挙句に、ン十年も引きずるような後遺症を出した人間を駆り出すとあっては、今度こそアズリアに紫電絶華かまされかねない。
当人が云うには、それこそ、この二十年ほどの間に全快しつつあるそうだが……
信じられるか前科持ちめ。
「……終わったら、すぐ、きてね」
「ぷいぷーぷー」
何しでかすか判らんので、とかいう理由でお目付け役としてトーテムポールしてるプニムが、彼の頭上でその発言を後押しするように一鳴き。
ついて行きたそうな未練満載のまなざしを軽くいなして、は「うん」と頷いた。
「また二十年も待たせたりしないって。さくさく進めば、二三日で終わるもんね?」
と、これは、周りにいる調査隊のみんなへだ。
「そうそう。こちとら、いっぺんその原罪の親玉を退治しちまってるわけだしね」
「発見さえすれば、こちらのものよ。……だから、そんなに不安な顔しないでほしいわ。なんだか余計な心配しちゃうから」
「あ、――ごめんなさい」
諭すミニスと謝るイスラを見ていると、どうにも、彼女の方がお姉さんに思えてならない。実年齢では、もちろん彼のが上。
それはミニス自身も同感のようで、イスラを見上げる翡翠色の双眸は、どこか戸惑いも混じっている。僅かにへの字に曲げた唇を持ち上げて、何事か問おうと――それを遮る形で、ナップが云った。
「じゃあ、それぞれの場所にはオレらが案内するから。喚起の門はオレとアリーゼな」
「廃坑へ向かわれる方は、こちらへお願いします」
「暁の丘へは僕が同行します」
マルルゥ曰く小先生たちの指示に従い、一行、てきぱきと、すったもんだの末に決めた小隊ごとへ分かれる。
とりあえず、は当然のごとく喚起の門行きだ。
前回は――それこそさっきのマグナたちのセリフじゃないが、最後までちゃんと見届けていけなかった分もあるし、原罪の風の出現に一枚噛んでる気持ちも強い。
そして周囲を固めるは、養い親と3歳半年上の後輩。クレスメントの兄妹と、その護衛獣としてバルレルとレシィとハサハとレオルド。そしてパッフェルとメイメイもこちらだ。あとは当然のようにアヤがいて、傍らにはクラレット。離れてバノッサとカノン。
他に比べると人数が多めだが、これは、本命であることと、現地で手分けする可能性を考えてのこと。喚起の門があった面積は、相当に広いのだ。
ついでに他の班を述べるならば、廃坑へ向かうベルフラウの周囲にいるのはネスティ、リューグ、モーリン、ケルマ、ハヤト、トウヤ、ソル。……大人の女性の魅力を充分に発揮できない人選で申し訳ないですケルマさん。
で、暁の丘行きを引率するのはウィル。そちらには、アメル、ロッカ、ミニス、フォルテ、ケイナ、ナツミ、キールといった面々。特に心配するようなこともあるまい。一部の夫婦漫才を除けば、トラブルの可能性はないメンバーだ。
……というか、喚起の門行き一行が、一番、ごったごったしそうというか。
しかし、それをさしおいても、本当に豪勢な人々がここには揃っているものだ、と。他の班にも漏れなく入っている誓約者や護界召喚師、金の派閥の重鎮さんたちを眺めつつ、は再び、しみじみと感じ入る。
まあ、いくらなんでも、この豪華さもこれで打ち止めだろう。
果てしなき蒼の所有者たるレックスとアティ、それに護人の四人が帰還すればさらに増幅しようが、それは予想の範囲内。
――りん、
胸元で、どこか楽しげに鳴る銀の音を耳にしながら、は、動き出した一行の後を追って、足を踏み出したのだった。
「……いってらっしゃい」
「ぷっ、ぷぷー」
まだちょっぴり残念そうなイスラと、その頭上で耳を振り回しているプニムに、一度大きく手を振って。