――そうして。
喚起の門だった場所に辿り着いたは、
「うっわあ」
と、大口開けて、感嘆とも驚愕ともつかぬ声をこぼしていた。
「瓦礫の山だな……」
「元は、ずいぶん大きな建物だったんでしょうね」
「これはまた、見事に破壊なされたものですねえ」
一行が思い思いの感想を述べるなか、は、つつっとアリーゼにすりよった。
「これも、レックスたちがやったの?」
「あ、いいえ……これは違います。核識が、最後に島を壊そうとして、それを先生たちが防いだんです。だから、これだけでおさまったんですよ」
「……悪役の悪あがきってやつ?」
「だな。支配できないから壊す、って、あのときはすごい焦ったけど、今にして思うとただのガキだっつーの」
「…………だそうですよ、バノッサ」
「やかましい。俺様に振るな」
クラレットが、くすくす笑いながらバノッサに囁いた。サイジェントで起こった事件、その詳細までは知らぬ一行は、そんなふたりをどこか不思議そうに見やる。
そうしてアリーゼが、「そっか」とつぶやいた。
「さ……さん、そのあたりのことってご存知ないんですよね」
「ん、実はそう。ごめんね、最後の最後で放って行っちゃって」
「気にしないでください。わたし達、先生たちと一緒に共界線もちゃんと束ねましたから、さんが心配することってないです」
「そうそう。実際今まで事件っぽい事件もなかったし」
「そこに俺たちが乗り込んできちゃったわけか……騒がせてごめんな」
ひょっこり、顔を出してマグナが云った。
謝られたナップとアリーゼは、だがやはり、ちらりと互いを見交わすと、マグナに向き直って相好を崩す。
「気にしない気にしない。一度は倒した奴だしさ、それにみんなも云ってたろ。客人が大勢来るのは楽しいもんだよ」
「そうですよ。二三日なんて云わないで、しばらく滞在してもらいたいくらいです。――特にさんには是非、せめて先生たちが帰ってくるくらいまで」
「そりゃーもちろん、そのつもりだけど……」
というか、ここまで来たならレックスとアティに逢わずしてどうするという感じである。
調査隊としての滞在期間をオーバーしたとしても、いざとなればメイメイを口説き落とせば良いのだからして。そんな思いでちらりと見やった占い師さんは、
「にゃは?」
と、いつもと変わらぬへべれけっぷり。
この人、到着まではわりとまともだった気がするんだが。いったいどこで飲酒したんだ。
「さすがに――なんだかむずがゆいですねえ」
若き日、というか今も若いが、とにかく昔を思い出してしまうのか、微妙な表情でパッフェルがつぶやいている。
そういえば、だ。昔をというなら、ここは伝説の勇者エトランジュ・フォンバッハ・ノーザングロリア発祥の地でもある。そんなことをふと思い出し、ちょっぴりウィゼルを呪ってみる。めぐりめぐった自業自得なのだが。
「あまり、いい感じもせんな」
「だなー。ちったぁ足しになるもんでもあっかと思ったが」
ぱー、と腕を広げ、ルヴァイドに応えるような形でぼやくバルレル。
「何のこたあねえ。ただ虚無へ向かう志向性っきゃ残ってねェよ。あーやだやだ、悪意でも呪詛でもいいから生産性のある感情残せっての」
「……悪意とか呪詛って、生産性あるのかな」
「それも、誰かに向かう気持ち……だから。でも、虚無は、停滞……停滞のための停滞……誰をも全部自分も全部……呑み込んで、消えちゃう……」
「ツマリ、生アルスベテヲ忌避スルトイウワケデスネ」
護衛獣たちの会話に耳を傾けていた数名が、「なるほど」と頷く傍ら、
「ちゃん、ここの事件って二十年前なんですよね?」
「え? あ、うん」
いぶかしげに問いかけるアヤへ、は怪訝な気持ちを隠さず頷く。
「――それにしては、随分と強い残滓がまだ漂ってますね……ずっと、手付かずだったんですか?」
「いえ、ミスミ様やヤッファさんが、機会を見てはお清めやお祓いをしてくれてたんですが……遺跡自体に染み渡っていた核識の念は、なかなか」
それを受けたクラレットがアリーゼに問いかけ、彼女は、やわらかく苦笑してそう応じた。
その会話を耳に挟む形になったは、「ふーん」とつぶやいて周囲を見渡す。
が、何も感じない。
……そりゃそうだ。あの頃持ってた超感覚みたいなものは、世界につないでた道の影響だったのだから。それを手放してしまった以上、現在のは、剣に多少秀でた程度の一般人でしかない。召喚術にしたって、試しちゃいないがリプシー喚べれば万々歳てなものだろう。
別にそれに固執しているわけでもないのだが、少しでも違和感の発生源を探ろうと、感覚を澄ませている一行の邪魔も出来ず、は手持ち無沙汰に胸元の銀細工をもてあそぶ。
――りん、
涼やかな音は、少し大きめに響いた。
「あ。お姉さん、それ綺麗ですよね」さっきから気になってたんですけど、と一息入れて。「どなたかの贈り物ですか?」
同じように暇しているらしいカノンが、微笑み絶やさず小さな声で話しかけてきた。
「んー、贈り物っていうか、お下がりっていうか」
「……僕としては、どうしてそんなもの持ってきたのか理解に苦しむけど」
そうして同じく小声で答えるの頭上から、やっぱり小声でぼやくイオス。
「そうくさるな。今となっては形見でもあるのだろう」
「そうそう、ルヴァイド様の云うとおり」そのさらに上から差した人影の援護に気をよくし、はくすくす笑う。「ずっとあそこに置いておくのも、もったいないし。それにわざわざメイメイさんが持ってきてくれたんだし」
――そうなのだ。
たった今、胸元で揺れている銀細工。銀のペンダント。
これは古く、悪魔と守護者の邂逅にまで遡る謂れを持つ代物だった。
悪魔から守護者へ、守護者から占い師へ――そして占い師からへと渡り、最終的に聖なる大樹の根元で眠りについていたはずのものである。
それが何故、今、の胸元を飾っているかと問われれば、答えは先述のとおり。
島へ出発する前日にメイメイから手渡されたそれは、彼女が大樹から“預かって”きたのだそうだ。
その占い師曰く、
「夢枕にふたりが立ってねー、アクセサリーなんだから誰も飾らないまま朽ちるのはかわいそうだって。だからちゃんにあげるわーってねー。にゃっはははははは♪」
――だとのこと。
それはいいが、
「そんな、一言一句間違えずに再現しなくても」
第一気配探ってたんじゃないのか占い師。へべれけ度に加速がかかってないか。
ひょこひょこ、やってきて、小声ではあるが脳天気な笑い声とともに当時の音声を再生したメイメイに、ぽそり、突っ込んでみる。
――てゆーか。
これを持ってきたときのメイメイが、今日以上にハイテンション、頬の朱も強かったことを考えると、酔っ払った勢いでの行動に理由を後付けしているんじゃ、とか。そんな邪推が出なかったと云えば、ウソになる。
「ふふふふふ、声色はメイメイさんの得意技ッ」
「本人の声色なら、それは得意だろうな」
脱力したの代わりにか、明後日を眺めつつ突っ込むイオス。
「にゃに? それは聞き捨てならない偏見だわっ。見てなさい!」
そして、何故かめらめらと燃えあがるメイメイ。
首飾りからどんどん脱線していく話題についていけないカノン、そして転がしに一役買ったとイオスが呆気にとられて見守るなか、彼女は「あー、あー、うん」と呼吸を整えた。
最後に、とん、と喉元を軽く叩き、
『おしまいの時間だよ』
「――――!!!」
「わあ……」
「ほう」
「おお!? すごい、そっくり!」
ぱちぱちぱち。
とカノンの拍手に気をよくしたか、メイメイは、豊かな胸をぐいっと反らす。
「ふっふーん、どうよ? これでもメイメイさんの特技を疑うっていうの?」
「特技とか、そういう問題か!? どうしてそこで僕の声を選ぶ!?」
「あらやだ。どうしてって、そんなの云うまでもないじゃないねえ」
にゃっはははは――占い師の高笑いにかぶせて、
「そこ、うるさいッ!!」
精神集中していた一行が怒鳴ったのは、当然のことだった。
だがしかし、
「収穫は、ねェ」
「以下同文」
「気配が濃すぎて発生点まで辿れないんだよ」
「右に同じで」
「うようよーって感じで気持ち悪いだけみたい」
「左にも同じ」
「自分の足を使うしかないですね」
「めんどくせェ、全部ブチ壊しゃいいだろ」
「却下!」
以上、周囲を感査していた面々の証言にもとづき、一行は改めて手分けし、喚起の門だった瓦礫がらくた残骸の山を探索することになった。
最低でも、随時数人と声をかけあえることを確認するように、とだけ取り決めてから、思い思いの場所へ散っていく。
も例に漏れず、適当なポイントに目標を定めて移動した。
――見覚えのある機械の残骸。
遠目からでも気になっていたそれを、間近に寄って見てみれば、それも当然。
「……中枢の機械」
の、なれの果てがそこにあった。
かつて。
碧の賢帝と称された魔剣を介し、レックスとアティの意識を乗っ取ろうとした代物だ。
そして、これを操っていたのは島の意志――ディエルゴ。そう考えると、先ほどアヤやアリーゼの云っていた、遺跡に染み込んだ核識の念とやらがどれほどの強さだったかもうなずけるというもの。
……変な感じ。
ふと、そう思う。
にとっては数日前であるというのに、もう、ここでは二十年以上の時間が流れているのだ。あの頃よりもずっと、もっと。破壊されたというだけでなく、古びて風化して、朽ちていくのだろう過去の残骸。
暮らす人々は殆ど変わっていないというのに、こういった物体は如実に時間の影響を受けている。外界の二十年と正確にリンクしているわけでもないのだろうが、少なくとも、数日なんて短いものではないわけで。
置いていかれるのって――こういう感じなのかな。
遠い、白い陽炎。
変わらぬ魂抱いて、世界の変転を見つづけた。守護者と呼ばれた、ひとりの女性。
――りん、
「見えてる?」
胸元の銀に、そっと語りかける。
「ここも、あなたの好きな世界の一部だよ」
メイメイに渡されたから、だけでなく――大樹となったふたりへ、ずっと自分のなかで眠っていた彼女へ。
もしかしたらでも、届いていればいい。
彼女が長い長い時間を越えてなお、笑み絶やさずにいられたのは。後半は銀色の悪魔も一端を担っているのだとしても、根源はきっと、リィンバウムを愛する気持ちがあったためだろうから。
……だから、は定めた。
あのとき幾度か考えた、自分がこれからやりたいことを。