いったいぜんたいいつの間に、こんな大量に準備したのか。
思わず問いたくなるような食糧や飲み物の山を前に、フォルテは「うーむ」とひとつ唸る。
まだ太陽が完全に沈みきっていないここ、風雷の郷は神社の境内にそよぐ風が、ここまでこれらの食糧を運んできた彼の額に浮いた汗を、心地好くさらっていく。
もっとも、山と称されるようなこの大量の食糧を、ひとりで運んだわけではない。
「オイ何してんだ。ぼっとしてねえで働け」
無造作に積まれた食糧を、さらにそこここの場所へ小分けしていた赤髪ことリューグが、不機嫌そうにフォルテへ声をかけた。
「悪い悪い。ちょっと、俺もまだ若いなって感激してただけだよ」
「年寄りだと思ったときが年寄りですよ」
気をつけてくださいね、と、こちらは赤髪の片割れであるところの青髪、ロッカ。
まったく異なる方向へ向かう双子の先では、片や「さあて今日は久々に大仕事や! 皆さんよろしくたのんまっせぇ!!」と、あんまり似合わないいや失礼、髭を生やしてエプロンつけた男が吠えている。なんでもジャキーニの義兄弟だとか。そしてもう片やはというと「うっわー、キュウマすげー。器用ー。これも修行の成果ってやつ?」「ヤッファさんもすごいです! 皮むきの手つきが見えません……!」とギャラリーから感嘆の声があがっている。
そんな大騒ぎの声に混じって聞こえるのが、「ちょっとカイル? ソレを生で使おうなんて云ったら、アタシ昔とった杵柄を揮わせてもらうわよ?」「なんだよいいだろ、自分で食う分くらい!」ちょっと物騒だったり悲鳴じみていたりする、でも楽しげな会話。
……いや、なんていうか。男だらけでむさいわりに、次々出来上がってく料理の、あの繊細さはなんだろう。
材料ぶった切り味は大雑把何はともあれ食えればよし、な漢の手料理を得意とするフォルテの出番は、ことあちらにおいてはなさそうだった。だからして、食糧運搬係として汗をかいているのだし。
世界の違いをこんなところで認識している彼の後ろを、ゲンジという爺さんとヤードという召喚師が和やかに話しながら歩いていく。
「酒の飲めん子供らもおるからの。甘めと渋め、それに冷えても美味いものを用意しておけばよかろう」
「そうですね。コップを多めにして好きにとれるようにしておきましょうか」
聞くともなしに聞いていた耳に、また別の声が飛び込んできた。
「フォルテー。暇ならこっち手伝ってくれないか?」
神社の屋根に登って、提灯という灯りを設置していたマグナが、ぼーっと突っ立っている彼を見つけて声をかけたのだ。
「おーう」
たぶん、ただ食糧分けるよりか面白いだろ。
そう判断して、まったく、と云いたげな赤青双子の視線を横に、フォルテは境内を突っ切った。
神社へ昇る石段も、今はまだ朱に近い太陽の光で淡く浮き上がっているが、このまま夜になれば闇に覆われて足元が危ないことこの上ない。
おまけに、その時刻にやってくるのは準備に追われる男性陣ではなく、現在風雷の郷でおめかし真っ最中であろう女性陣だ。なおさら足元の不安はなくしたほうがいい。
「――発光ダイオードか」
「で、あります」
石段を踏み崩さないよう、慎重に慎重に身体を運んでいるヴァルゼルドは、ネスティの問いに応えて肩にかけた電球をひとつ持ち上げてみせた。
リィンバウムにはない技術でつくられたそれは、電力がなくとも自力で光を発する素体だ。だから電球というには少し語弊があるのだが、形状も似通っているし、まあいいだろう。
近頃とんと大味に染まりつつある己の思考を苦笑ひとつと共に受け入れて、ネスティは、その電球をヴァルゼルドから受け取った。石段の両脇にしつらえられた、腰ほどの高さがある石の柱へくるりと引っかける。一本へ引っかけたらそのまま隣の一本へ。
その繰り返しで登って来た石段は、やっと半分を消化したくらいだろうか。
反対側を担当しているレオルドにぶつからないように、眼下、ずいぶん小さくなった鳥居を見やった。
ネスティたちのいる場所から少し下ったところでは、箒を持ったちびっこ達――バルレルとレシィが、ちょっぴりわいわいやりつつも、おおむね仲良く……ということにしておこう。そんなこんなで箒を動かし掃除中。
ふたりのいる両側では、すでに設置を終えたダイオードが、仄かな光を浮かべていた。
石段の上からやってきた彼らとは、ついさっきすれ違ったばかりだ。
この分なら、こちらとあちらが終わるのは、ほぼ同時と見ていいだろう。――あのふたりに関しては、終了後、宙を飛んで境内に戻るバルレルの後をレシィが半泣きで追ってくる光景をつい想像したネスティは頬をほころばせ、ヴァルゼルドとレオルドに変な視線を送られたのだった。
石段のみならず、境内周辺においても灯りの確保は重要事項。
通り過ぎるだけの石段と違って、メインの階上である境内には、ひとつでも多く少しでも明るく灯りがあったほうがいい。
電気がここまで通ればね、と、ネスティとクノンと額を突き合わせていたアルディラは、しばらくそのための工程を計算したらしいが、最終的にはもっと手軽で手っ取り早い手段で灯りを調達したほうがいい、と結論をくだしたそうだ。
その結果がこれ。今、ルヴァイドの傍らにある石の灯篭。
マグナやハヤト、ソル、フレイズ、さっき加わったフォルテらが奮闘している、神社の屋根と周辺の木々をつないだ紐にかけるような小振りの提灯とは違い、大人が一抱えするほどの大きさを誇るそれらは、がっしりとした石の土台を先に置き、その上に据え付けるというものだ。
元から境内にあっただけでは足りないかもしれないと、突貫工事の最中である。
どちらかというと、フォルテにはこちらへ加勢してもらいたかったのだが、気づけばあちらに組み込まれていたという次第。
とはいえ、リューグとロッカが後で合流するそうなので、手が足りないというわけではない。それに、
「このくらい、ですか?」
「あァ? まだ足りねぇぞ、これじゃ。上の石支えきれねえ」
仲の良い義兄弟であるバノッサとカノンが、土台を固定する穴を掘るために奮闘中だ。
シルターンの鬼神の血を引くという少年はいわずもがな、その義兄である一見やんちゃな青年も充分に頼もしい腕力の主である。おまけにバノッサは、何気に石工関係の造詣が深かったため、これまた助かるというわけだった。
「――」
もう少しで穴を掘り終えるだろう彼らから視線を転じると、先にすえつけられていた灯篭に、透かしや紋様の入った紙等で飾りをつけていくイオスやキールの姿が視界に入る。綺麗に折られた紙は見事の一言に尽きるが、それを作り上げているのはふたりの傍らでポーカーフェイスのまま紙を折っているトウヤだった。
は彼を雑学王と称したが、あれを見たら呼称がさらにランクアップするに違いない。
そうして、少し目を細めたとき。
ルヴァイドの斜め後方から、
「出た――――!」
「やったやったー!!」
あがるは複数の大歓声。
元気なものだとまた視線を転じれば、両手をあげて万歳しているレックスとナップを、ウィルとイスラが拍手でもって称えていた。
たしか、灯篭にスタンバイしてもらうといってシルターンの狐火とかいう小さな火の玉を召喚しようと、さっきから砕身していたはずだ。どうやら、成功したらしい。
「オイおっさん! とっととソイツを持ってきやがれッ!」
「――ああ、すまん」
幼子でなくても泣き出しそうな怒声にルヴァイドは軽く応じ、傍らで同じように待機していたギャレオを促した。
確りしつらえられた土台へと、灯篭を運んで移動させる。
バカンスなんだから、と、躍起になっていたが見たらまた何か云うだろうかと、他愛のない空想が脳裏をよぎった。