「――うむ。似合うぞ」
「ありがとうございます」
おぼろげな記憶にあるものとは違う、大輪の花を象ったような形に帯を整えて笑うミスミのことばに、は笑って礼を云った。
そのために要した些細な動き、振り返るというそれだけで、しゃらり、衣擦れの音。
不快ではない、耳に優しく心地好い、上質の生地だけが奏でることを許される音色だ。
「ミスミ様もいつもよりずっと美人ですよ」
「これ、世辞など云うでないわ」
たしなめつつも、褒められて悪い気がするわけもなく、ミスミの表情もまた、はんなりとやわらかい。彼女もまた、常とは違う華やかな着物に身を包んでいる。
本当のことですってば、と、一応断ってから、は姿見に視線を戻した。
縦に細長い木枠を持つ鏡は、橙色した蝋燭の灯りに照らされるの全身を、ただ静かに映し出す。
――伸びた焦げ茶の髪はうなじを見せるようにまとめあげられ、やわらかな花を模した髪飾りで彩られている。両サイドだけが肩口に流れ、派手すぎぬ程度に鮮やかな模様を持つ着物にかかっていた。
「七五三のお祝いみたいですね」
なんじゃ、それは。
問うミスミの声に応え、三歳・五歳・七歳でそれぞれお祝いをする故郷の風習を口にした。すると、鬼姫はころころと、
「もうそんな歳でもなかろうに」
そう笑い飛ばしたあと、相変わらず色気がない、と、着物の中身を評して云った。
「嫁入り衣装くらいには云えぬのか? わらわは、そのつもりで仕立てたのじゃぞ」
「――どうりで」えっらく華やかだと思いましたよ。とは口にせず。「でも、あたし、まだ相手もいませんしね」
「だからうちのキュウマはどうじゃと――」
「本人の意思を無視して見合い話を進めないでください」
「……むう」
さっくり切り捨てると、ミスミもそれ以上強く迫ろうとはせず、ただ、少し不満そうに唇を尖らせた。妙齢の女性がそんな仕草をすると、おかしいやらかわいいやら。
それでも更なる追及が来るのを避けるため、は「さあさあ」と、ミスミの向きを反転させ、部屋の出口へ押し出そうと試みる。
「せっかちじゃのう」
「何云ってんですか、この着付け、結構時間かかりましたよ」
「それはそうじゃ。わらわの気合いの賜物じゃからな」
――気合いの結果、花嫁衣裳かくやの着物で宴会に出るやつがどこにいるんだか。
ここにいるとかいう天のツッコミは華麗にスルー。胸を張るミスミをなお押し出す。
ぶつかる前に鬼姫自ら左右に押し開いた障子の向こう、縁側から、ちょうどよい涼しさの夜風が吹き込んできて頬を撫でた。
裾を踏まないように縁側に腰かけ、こちらもわざわざ支度してもらった履物に足を通す。漆塗りに金粉で描かれた紋様は、いかにも上物。白い紐には赤と緑、黄色の染め抜き。
……もしかして、これも新しく仕立てたとかなんだろうか。おそろしいほど足のサイズにぴったりなそれを、あえてそのへん追及しないことにして履き終えた。
慣れないものにが手間どっている間、ミスミはさっさと庭におりている。
手を額の前にかざし、北方――いつもは夜の帳と同時に闇へ沈み静まり返るはずの風雷の郷のそちら側だけは、林に遮られつつも赤々とした光が零れている――にある神社を見やっていた。
「ふふふ、待ちくたびれておらぬとよいが」
「……素直に待たないのもいますけど」
たぶんもう、なし崩しに始まっちゃってんじゃないのかなー。
一部の魔公子とか守護者とか。いずれもサプレスに関係の深い数人を思ってそう云うと、ミスミは「それもよし」とまた笑った。
「何しろ、今夜は祭りじゃからな」