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【再び girl meets boy】

- 友達宣言双方合意 -



 そんなちょっぴり殺伐とした思考もあったが、説明自体は滞りなく終了した。
 唐突に云いようのない遣る瀬無さを感じたが海に叫んでたところに通りかかったイスラが声をかけたこと、直後吐血したこと。
「今はだいじょうぶですか?」
「……と、思いますけど……」
 自らの手を見下ろすイスラは、己の知らぬ吐血症状を思い、少しだけ慄いているようだった。
 だもので、そのあと起こった瀕死状態は割愛。紆余曲折がちょこっとあって、それでいっしょに行動することになったことにした。それで、聖王都へ行く船を捜すにくっついて酒場に行ったこと、その後あの港町の探検・観光としゃれこんだこと、親切にも宿の部屋を半分貸してくれたこと。
「……女の子を誘ったんですか、僕」
「はい。いやもう感謝感激でした」
「…………さんがいいなら、いいんですけど…………」
 何ため息ついてんだろか、この人。
 そうして一晩過ごして、朝起きたら彼は早々に出発してたこと。その後自分も宿を出たら、ちょっとしたハプニングが起きて目的と違う船に連れ込まれたこと。
 気晴らしのために甲板に出たら、あろうことかそこでイスラと再会したこと。
「あそこまでめぐりあっちゃうと、もう運命だとしか」
「…………」
「ごめんなさい冗談です」
 だから頬を染めないでください。
 そこで世間話などしてみてたところ、海賊が船を襲ったこと。イスラは船底に大事な荷物があるから、とと別れたこと。
「――で、そのあと嵐が起こりまして。みんな海に投げ出されたんですけど、奇跡的にあたしや一部の人がその日のうちに。イスラさんがこの間、この島に流れ着いたんですよ」
「…………そんなことがあったんですか」
「その後は、まあ、どーにかこーにかやってます。それにイスラさんも無事で、本当に良かったです」
「……心配、させてしまったんですね」
 としては素直に気持ちを表現したのだが、イスラはそれを申し訳なく思ってしまったのだろうか。
 心持ち目を伏せて、彼は小さく頭を下げた。
「すみません、たった一日知り合っただけなのに、迷惑かけてしまって」
「迷惑なんてそんな。困ったときはお互い様ですって」
「だけど……」
「いーえ。助け合いは人類共通の基本事項です」
 云い切ってみたものの、イスラの表情は晴れない。
 だものでつい、
「行きずりの相手だってのが気重なら――」
 自分でも思ってみなかったことを、はイスラに告げていた。
「友達になったってことでいかがでしょう」
「え?」
 空中アクロバット飛行なの回転発言に、イスラが目を丸くする。
 なんとなく、いつかサイジェントで笑ってそう提案したナツミを思い出しただけなのだが。まあ、イスラの気分も、見事にいたたまれなさから逸れてくれたみたいであることだし。
 それに。
 一度口にしたらなんとなく、そうだそうしようって強く思ってしまった。
「うん、そうですそうしましょう。友達だったら助け合いは当たり前です日常ですノープロブレムです。ね?」
 うん、そうだそうしよう。
 記憶がないことの不安を、は自身の経験としてよく知っている。
 あのときは、運良くリューグに拾われて、アメルに名前を引っ張り出してもらって。ロッカやアグラバインにも、温かく迎えてもらえたけど。それから、マグナやトリスたちにも逢って受け入れてもらえたけど――
 それでも、自分の礎を自分が知らないということは、いつだって不安だったのだから。
 より程度が軽いとはいえ、イスラがそうでないという確証なんてどこにもない。
 ……別に、善人ぶってるつもりはないんだけどさ。
 あたしは、たった一日だけでもイスラってひとを知ってるわけだし。その分、イスラさんだって島のひとたちよりかは気安く……思ってくれるといいなあ、ってレベルだけど。でも、たぶん島のひとたちよりは、あたし、お気楽に接する自信あるし。知り合いだってのなら、最初にみんなが見せてた警戒もあんなばしばしのは出ないだろうし。
 それに、いくら記憶がなくても、あれは気になる。いつかナップたちに話した彼の挙動、そこから感じた印象。何もかもひとりで背負って傷ついてた、養い親に似たなにか。
 うん。だから、つまりだな。
 難しいことはさておいて。

 力になりたいな、って、思ったのである。は、イスラの。

 と、提案しておいて。
 大変重要なことに気がついた。
「あっ! いや、もちろんですね、イスラさんが嫌ならやめときますよ!?」
 いくらこっちが問題なしでも、相手が“一日いっしょだっただけの相手と友達宣言出来るかよ、しかも記憶なくて初対面だっつーのによー”とかやさぐれたら所詮それまで。
 未だに目を丸くしたままのイスラに、は腕をぶんぶん振ってそう付け加える。
 けど。
 その腕を、イスラの手が捕まえた。
 ためらうように持ち上げられた手は、わりと俊敏に動いて、の腕に触れている。
「嫌なんて――そんなことないです」
 誰かの前に、これ以上ないってくらい輝く宝を積んでみても、こんな眼を見ることは出来ないかもしれない。そう思った。
「……そんなことは、ないです。絶対」
 もう一度、イスラはそう繰り返す。
 彼の表情に思わず息を飲んだを、その眼で真っ直ぐに見据えて――
 そして、イスラは微笑んだ。
「とても嬉しい。――ありがとう、
 何にも変え難い至福を得た人というのは、こういうものなのだろうかと。思わせるほどに、やわらかく優しく、あたたかい笑顔で。
 ……それで。
 ちょっと、不覚にも。
 心臓、跳ねてしまいました、ルヴァイド様。
 イオスとかレイムさんで綺麗どころは見慣れてるつもりだったんですけど、あたし、まだ免疫が足りないんでしょうか。まずいです、ちゃんと免疫つけとかないと、綺麗どころが敵だったときに見惚れてやられるかもしれないです。
 などと考える辺り、は自分のふんぎりの良さを理解していない。
 そのイオスにブチ切れて全力で向かっていき、レイムもといメルギトス相手に真正面からぶつかっていったのは、どこの誰だというのやら。
 遠い明日の養い親へ脳内報告しているを、イスラはしばらくじっと見ていたけれど。やがて、我慢できなくなったらしく、口に手を当てて小さくふきだした。
「……何驚いてるの?」
 自分で云いだしたのに。
「……まさか二つ返事でオッケーが来るとは思わなかったので」
 ぽり、と空いた手で頬をかいて応じたら、イスラの笑い声が大きくなる。
「まさか。こんな嬉しいこと云われて、断れる人なんてどこにいるのさ」
 それを耳にして、は「ん?」と首を傾げた。
 違和感。
 違和感じゃなくなった、違和感だ。
「……あ。敬語」
 ついさっきまでの敬語が、イスラからきれいさっぱり消えていた。
 最初に港で逢ったときと同じ、あの口調だ。
 思わず口にしたそれを聞きとがめたか、イスラが「ああ」と得心した表情を見せる。
が嫌なら、元に戻すけど。……でも、友達って、敬語はあまり使わないよね?」
 そりゃそうである。
 例外にアメルを知ってるけど、あの子はあれで自然なのだし。
 そういえば、アティも年下にも敬語を使う珍しい人だ。違和感がないのが不思議、というか、いいのか先生。
 ともあれ、イスラの発言は至極妥当であることに、間違いはない。
「あー、うん。そうですね」
「って云ってるが敬語だけど」
「……そうだねこんちくしょう」
「あははははっ」
 おお。笑った。
 記憶こそ戻ってはいないけど、港で逢ったときそのままの笑みを見て、もようやく胸をなでおろした。
 ついでに壁の時計をちらりと見、そろそろ空が赤くなっている時間帯であることを悟る。
「それじゃイスラさん、あたしそろそろ――」
「イスラでいいよ。僕もって呼んでるから」
 立ち上がったを引き止めることなく、イスラは微笑んでこう云った。
「……また、明日も来てくれる?」
「うん。クノン、あ、イスラの看病してくれた人なんだけど、その子がいいよって云ったらお見舞いに来るよ」
 今日は手ぶらだったし、明日は何か持ってこれるといいけど。
「判った。じゃあ、また明日」
「うん。ばいばい」
 扉を閉めながら、手を振った。
 にっこり笑って見送ってくれるイスラの姿が、厚い扉の向こうに消える。
 それでもそのまま歩き出すことはせず、は、
「……よかったー」
 と、大きく息をついたのだった。
 記憶喪失宣言されたときにはどーしようかと思ったけど、うん、あの調子ならだいじょうぶ、新しく仲良くなれそうだ――


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