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【帝国海戦隊】

- 刺青暴走 -



 はっ、と振り返るも時既に遅し。
 背中側にいたはずの、ウィルの姿はそこにはなく。彼は数メートルをひきずられ、ビジュに剣を突きつけられていたのである。
「……しま……っ!」
 咄嗟に走り出そうとした足は、だが、見せつけるようにウィルの首筋に迫る刃を見、その場に縫いつけられる。
「ウィル!」
 さすがに、ふたりともを人質とするのは無理があったのだろう。取り残された形になったベルフラウが、かたわれの名を叫ぶ。
 が、突然襲ってきた命の危機に、ウィルはことばが出ないらしい。
 指1、2本ほどの隙間だけおいて間近にある凶器を、ただ凝視するばかり。
「ウィルくんっ!!」
「動くなッ!!」
 こちらに駆け寄ろうとしたアティもまた、それで動きを止めざるを得なかった。
 召喚術の届く距離ではないし、仮に届いたとしても、発動よりビジュがウィルの首を斬るほうが早い。
「子供を放せ、ビジュ! これは命令だ!」
 突拍子もない行動に出た部下を、アズリアが叱咤する。が、効果はない。
「ヒヒヒヒヒッ、残念ですが、それにゃ従えませんねぇ」
 ちらちらと剣の角度を変えてみせ、挑発めいた返答をするだけ。
「貴様――――!」
「手を出したらガキを殺すぜ?」
 ギャレオもまた、それでことばを失った。
 自らの優位を確信したビジュは、にいぃ、と口の端を吊り上げて笑う。
「ヒッヒッヒ……テメエらは、まだそこで大人しくしてりゃいいんだよ。ほれ、武器を捨てろ」
「え……?」
「とっとと捨てねえかッ!!」
 疑問符を浮かべたレックスに苛立ったか、ビジュが青筋を浮かべて怒鳴る。
 その勢いに飲まれたわけではなかろうが、何よりウィルの命がかかっているのだ。唇を噛みしめたレックスとアティの投げた剣が、からんと空しく転がった。
 そうして、ビジュが視線を動かした。
 止まったのは、ベルフラウまで持っていかれてたまるかと、がっちり抱え込んだの頭上。
「何してんだァ? ガキまで道連れにする気か?」
「……は?」
 小馬鹿にしたような口ぶりに、一瞬思考が停止する。
 が、次の瞬間、はビジュの意図を把握した。

 こいつ、最初っからあたしを……!

 剣を持たないほうのビジュの手は、ウィルを抱え込んでその身体に隠れていた。そこに何を掴んでいるのか、透視しなくても今なら判る。
「アズリアさん!」
 レックスたちのところまでは無理、さきほど目測した距離から判断して、はこともあろうに自分たちをとらえた相手の名を叫ぶ。
「え……?」
「お願いっ!!」
「きゃっ!?」
 さすがに予想もしてなかったんだろう、一瞬ぽかんとしたアズリア目掛けて、ベルフラウを押し出した。
 小さな身体は、が渾身の力を込めただけであっさりと前のめり。倒れるのを防ぐために、足は自然と前に進む。
 それでも、そうやってバランスをとれるのはせいぜい数歩。
 あわやベルフラウが地面に倒れこもうとしたとき、正面から伸ばされた手が彼女の身体を支えた。
「……きゃあっ!?」
 支えた相手を見て、ベルフラウは悲鳴をあげる。
「すまない、こちらの不手際だ」
 けれど、相手ことアズリアが、暴れるベルフラウへ真摯にそう告げたとき、

「イヒヒヒヒヒッ、死ねェェェエッッ!」

 ――ビジュの勝ち誇った叫びとともに、紫の光がその場に迸ったのである。

 どうしようもこうしようもない。
 視界の端にきらめく、サプレスへの開門を告げた光を目にしたに出来たことは、襲いくるだろう衝撃に対して心の準備をすることくらいだった。
 せめて背中からの攻撃だけは避けたいと身体を反転させた刹那、喚び出された召喚獣の姿が見えた。
 闇を織り上げたような真っ黒な衣、周囲に帯電する黒いいかずち。そのなかに、幾つも浮かび上がる髑髏。
「……ブラックラック!?」
 なんでそういう厄介なのを喚びやがりますか刺青のくせに!?
 そりゃあ、パラ・ダリオとかガルマザリアとか出されるよりマシだが、ブラックラックとて召喚術のランクとしては中級に位置する難度を誇る相手である。
 あれの繰り出す雷は声帯を一時的に麻痺させる効力があって、自然回復のためには半日ほどその状態でいなくちゃならないのだ。どちらかというと、攻撃の威力よりこれがくせもの。――とくに、召喚師にとっては。
 にとって幸いなのは、自身が召喚師でないということくらいか。声帯を停止させられたところで、剣を使うにさしたる支障はないのだから。
 だが、今の状態ではどちらにせよ、大人しく攻撃を受けるしかない。
 ちらりとウィルの無事を確認したあと、は、衝撃を多少なりとも受け流すために腰を落として目を閉じた。
 襲いくる雷撃に引っ張られ、ぶわっと髪が持ち上げられた、その瞬間。

 バヂバヂバヂイイィィィィッ!

「――――――――――――ッ!!」
 いつぞやのタケシーの雷など、月とスッポン。高圧発電機と電気あんま。
 耳をつんざきかねない爆音とともに、全身を耐え難い衝撃が襲い包み込んだのである。
 ……かろうじて意識を保てたのは、こんなん、あの腹を抉ったレイムさんの一撃に比べりゃ遥かにマシ、と、意地になったおかげかもしれない。
 それでも、かかる負荷は尋常ではなかった。
 もともと召喚術の攻撃には慣れていないのだ、まして、いつだったかサイジェントで見たキールのように、魔力を展開して防壁のようにすることなど出来やしない。
「……」
 呻き声さえも、もはや出せなかった。今の雷は、一撃でしっかりとの声帯機能を奪っていったのだ。
 しかも、雷が身体中を蹂躙していった後遺症で、四肢に力が入らない。致命傷ではないけれど。あと、耳鳴りがひどい。
 あ。愉悦たっぷりに笑うビジュの声が聞こえないってことだけは、感謝してもいいかもしれない。
 だが、それらはすべて些細なこと。なにより結果として、はその場に力なく座り込み、ほんの数秒とは云え無防備な状態をさらすことを余儀なくされたのだ。


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