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【学校をつくろう】

- 学校崩壊 -



 何があったのか、と、問う相手もそこにはいなかった。
「……な、なんなのよぉ、もう」
 あちこちにばらけられた、小さな黒板やチョーク。それに、教科書。まるで台風でも通り過ぎたあとのような青空学校の惨状を見て、ソノラがまずしたことは、頭を抱えることだった。
 次いで、散らばったままの授業道具を拾い集めて木の根元に。……他にすることもなかったし。
 ぶつぶつ云いながら片付けてると、
「ぷい」
 という、どこかで聞いた声がした。
「……ん?」
 ふと見上げた頭上、たぶん先生たちが使ってたんだろう、一際大きな黒板が吊り下げられた木の上に、葉っぱじゃない影がひとつ。
 ソノラが気づいたからだろうか、その影はもひとつ「ぷい」と鳴くと、ぽよん、と枝を蹴って落ち――もとい降りてきた。
「あ。プニムじゃん」
「ぷい、ぷぷ?」
「ん? ?」
 何かを尋ねるようなプニムのことばに、たぶんこれかなと見当つけて答えたら、こくりと頷きが返って来た。
「こっちに向かってたらナップとアリーゼが出てきたから、何事かって追いかけてった」
 で、アンタはなんでここ残ってたのよ?
「もしかして、がくんの待ってた?」
「ぷ」
 またも、頷き。
 ……見破られてたのか、青空学校覗きに来るの。
 いや、それはさておいて。もしかして、結構意思疎通出来るもんなんじゃん?
 なんて、ちょっぴり自画自賛。
 うん。はいつも苦労してるみたいな云い方だけど、そんなことないんじゃない?
 なんて思っちゃったソノラ、調子に乗って問いかけた。
「じゃあさ、ここで何があったわけ? みんないないってことは、先生たちも、あとウィルとベルフラウもいないってことだよね。スバルとパナシェってのもいたんでしょ?」
 それがみーんな跡形もなく消えちゃってるってことは、間違いなく“何か”があったということだ。
 プニムもまた、ソノラの問いに答えるべく――すちゃっ、と、積み重ねてあったチョークを装備し、手近な黒板の前にスタンバイ。
 ぐりぐりぐりっ、と描かれる前衛絵画と、
「ぷ、ぷぷーぷぷっ」
 コミカルな鳴き声とともに繰り広げられるジェスチャー。
「……………………」
 それを目にしながら、ソノラは、今やっと。
 いつぞやのの気持ちが、判ったような気がしたそうな。



 一方そのころ、走り出したの方はというと。
「……っあー、もう!」
 ナップたちが通ったと思われる森のなか、その痕跡や足跡を探しつつの追跡行に、ちょっとうんざりした声をあげていたりした。
 プニムのジェスチャー解読とどっちがマシかと聞かれたら、そりゃ身体動かしてられる分こっちのが気楽だと答えたかもしれないが、面倒なことに変わりはないのだ。
 ついでに云うなら、子供たちの身長なら当たらないだろう位置の、木の枝や葉っぱを除ける労力も必要だったりする。白い刃はこんなときでも大活躍で、そう力を入れずとも伐採は可能だったが。
「思ったより足が速いなあ、ふたりとも……」
 追いかけだしてしばらく経つのに、今だに姿を発見してない。
 アリーゼはそう体力勝負に強いと思えないが、なにせ一緒にいるのがナップだ、引きずられて――――息切れしてるんじゃなかろうか。
「それにしても」、
 何があったんだろう、という、ことばの後半は口にしなかった。
 ただ、問いを頭のなかで巡らせるだけ。
 だって、ナップはなんだかんだ云っても、弟妹たちのことを、ちゃんと気にかけてる。そんな彼が、問答無用でアリーゼを引っ張って、しかもたちから逃げるように走っていくだけのなにが、あの青空学校で起きたのだろうか。
 ……学校が終わってからの出来事であるとは、思えない。
 授業というからには、それなりの時間を要するはずだ。事実、最低でも午前中めいっぱいはかかるだろう、とレックスたちは話していた。今はまだ、太陽が中天に到達するまでまだかかる頃合い。
 となれば、やっぱり学校で何かがあったのだと考えるのが妥当。
 そういえば、斥候してたプニムはどうしたんだろう。
 他の子――ウィルとベルフラウを追いかけていったか、それとも学校に留まったままか。
 ま、学校に残ってるなら残ってるで、ソノラと逢うだろう。
 ウィルたちを追いかけたなら、臨時保護者をしてくれて――それはさすがに期待しすぎというものか。それでも、万一はぐれに遭ったときには、守ってやるくらいしてくれるはずだ。
 ……と、そこまで考えて。
「ありゃ?」
 今さらながらに、気がついた。
 さっき遭遇した、ナップとアリーゼ。
 彼ら兄妹の傍にいつもいたはずの、アールとキユピーの姿が、そのときに限っては見えなかったような――そう考えて。
「あ。そっかそっか」
 授業復活の一日目、新しく誓約を結ぶ練習をしたのだと、彼らが語っていたのを思い出した。
 つまるとこ、子供たちは自らの友達と、護衛獣の契約を結んだらしい。つまり、召喚主と召喚獣の関係になったのだ……って云っても、友達である今となんら変わるところはないんだろうけど。
 だから何が云いたいのかというと、あれだ。
 要はヤードに対するの位置付けと同じようなものと思えば、話は早い。に関しては送還不可能ということだけを除けば、子供たちが望めば、島のどこにいてもちびっこ召喚獣たちを喚ぶことが出来るということは同一なのである。
 蛇足だが、と違う点は、召喚術の対象であるのなら送還術の対象でもあるということ。……送還術使ったなら、還る先はそれぞれの故郷、四界にだろうが。

 あー、そういえばなんか、学校で今日はかまえないだろうから好きにしてろってなことを、朝ご飯のあとに云ってたよーな。

 当時食器洗いに勤しんでいたため、その会話の光景を見たわけではないが、記憶違いはないと断言できる。
 ……だがしかし。
 こんなことになるのであれば、出来るだけ子供たちといっしょにいてもらうべきだった。
 万一はぐれに遭ったとしても、ちびっこ召喚獣たちがいれば多少でも身の安全は保障されるだろうに。それがないということは、子供たちは本当に無防備な状態で、島のどっかをほっつき歩いているということ。
「ああもう、お願いだから今は出ないでよ〜」
 思わず叫んだの願いどおり、はぐれ召喚獣は出なかった。
 ただし、
「…………って、オイ」
 茂みをかき分けて走った先に、それよりもっと性質の悪いご一行の姿を認め、これならはぐれの方がマシだった、とは己の願いを後悔したのである。

 ご一行の総称は、帝国軍。
 そう。
 いつぞやの夜、に盛大な因縁をつけてきた、刺青男のいる一団であった。
 いや、それだけならまだ、身をひそめてやり過ごす選択肢もあった。
 それを消し去ってくれたのは、おおよそ軍隊には似つかわしくない、ふたつの人影があったからだ。

「――あ! ウィルくん! ベルフラウちゃん!」

 ……ナップとアリーゼではなかったが、彼らもたしかに探していたうちのふたり。
 ともなれば、思わず名前を呼ばわったに、この場合なんの否があっただろうか。ま、魔公子あたりがいたら「勢い任せで出て行く癖、どうにかしろ」とか的確なツッコミをくれはしたかもしれないが。



 当然、その場は一気にざわついた。
 ウィルとベルフラウが、俯いていた顔をあげての姿を認め、目を丸くした。
 それから、周囲の兵士たちが同じくこちらを振り返り、一様に殺気だった。
 最後に、
「テメエ! 旧王国の犬野郎!」
 と、刺青男が叫んだ。
 ……っつか、いたんかあんた、やっぱり。
 その口の悪さに、“はぐれ野郎”と連呼してた美白さんを思い出したが、ひねくれ具合もどっこいなのではなかろーか。ああもう、「イヒヒヒヒ、ここであったが百年目だぜ!」とか笑いながら剣抜かないでくださいよ。
 何も考えず飛び出しただったが、用心まで忘れたわけではない。
 剣の柄に手をかけ、刺青男が飛び出してきても対応出来るよう、間合いを目測する。
 だが、それは徒労に終わった。
「やめろ、ビジュ!」
「はっ、エドスさん二号!?」
「誰ですか、それ」
 割って入った巨漢の姿を一目見て叫んだに、ウィルの冷徹なツッコミが入る。冷静じゃなくて、冷徹。なんかこう、突き放しまくってますって感じ。
 が、巨漢の対応もちょっとズレていた。
「エドス? 人違いじゃないのか、オレはギャレオだ」
 ――と、いぶかしげに名乗ってくれたりしたのだから。
 これでつづけねば芸人の恥。
「あ。ギャレオさんですか、あたしは」
「何やってるんですの! そういう場合じゃないでしょう!?」
 やっぱり律儀に名乗り返そうとしたの声を、ベルフラウが遮った。

 ところで、芸人って誰だ。

 それはさておき。

 元気にツッコミを入れた双子の横から、すい、と人影がもうひとつ。
 もっとも、こちらは子供ではない。颯爽とした身のこなし、凛とした顔立ち、腰に佩いた長剣、そしてまとった将校服。
 ――進み出た人影は、まごうことなく軍人であった。
「新手か。子供たちを取り返しに来たのか?」
 耳に甘く響く、けれど近寄り難い硬質さを伴った声で、その人物はに問いかける。
「……捜索中でした」
 まさか、帝国軍に捕まってるなんて予想してませんでしたよ。
 言外のそれを読み取ったらしく、その人物は、ふ、と口の端を持ち上げる。そうして笑うと、意外なほどに印象が和らいだ。……これが、本来の彼女なのではないかと思わせるくらいに。
 ――そう。彼女。
 兵たちを率いるように前に立ち、と相対している軍人は、女性だったのだ。
 が、とて仮にも元軍人。いちいちそのことで驚いてるんでは、養い親の名がすたる。女性の軍人は珍しいとはいえ、自分がそのひとりなのだし。
 ただ驚くとしたら、その女性がこの一団の頭であるだろうということか。帝国ではどうか知らないが、旧王国ではそも女性の位置付け自体がそう高いものではなかったから、それが意外といえば意外だった。
「正直だな」
 そう云ったあと、女性は表情を改めた。
「美徳です」
 ちょっと肩をすくめて、は笑う。
 隊長格ともなれば、それこそ油断できる相手ではない。が、相手が武器に手をかけていない以上は、下手に警戒すると薮蛇を突っつきかねないのだから。
 にわかに緊迫しだすようなものではないが、と女性の間に、綱渡りのような雰囲気が漂いだした。一歩足を踏み外せば、それこそ、そのまま戦闘に突入してもおかしくなさそうな。
 ……よく刺青男が黙ってるな。
 ふと視線をめぐらすと、エドス二号、もといギャレオに睨まれて、悔しげにこちらを凝視している。
 ははあ。
 階級的には、目の前の女性>エドスさん二号>刺青男>周辺の兵士、って感じか。
 その目の前の女性はというと、何やらを頭のてっぺんから足元までしげしげと眺め、怪訝な表情になっている。
「つかぬことを訊くが、おまえに兄と姉はいるか?」
「………………いません」
 あー。
 なんか嫌な予感がしますよ、先生ー。
 この髪に注目して“兄と姉”の存在を取り沙汰されるのって、いつかマルルゥと名前合戦したとき以来ですよー。
 もしかして、先生たちのお知り合いじゃないんですかー?
 しかも帝国軍。
 島に遭難してきた彼らはおそらく、たちと同じ船に乗っていたはずだ。――となれば、答えはひとつ。彼らは、ヤードの話した魔剣……今はレックスとアティの身に宿るそれを運搬しようとしてたという一団なのだろう。
 ……魔剣、レックスたちに取り込まれてるけど。それ、知ってるのかな。知らないだろうな。
 でも、知ったら知ったでやっぱ、取り返す気なんだろうな。でないと運搬責任者として立つ瀬がないだろうしな。
 きっとまた、ごたごた起こるんだろうなあ……
 だが、女性は当然、そんなの嘆きなど知らない。
 ふ、と自嘲気味に口の端を持ち上げると、
「そうか。つまらないことを訊いたな。……では、もうひとつ。おまえと同じ色の髪の持ち主に、心当たりはあるか?」
「――――それを問う理由を、教えていただけるなら」
「ナマ云ってんじゃねえ! 訊かれたらさっさと答えろ!!」
 遠くで刺青男が吼えている。
 が、あれより酷い罵声にだって多少耐性がついてる昨今、いちいち反応してやる義理もない。
 現に、女性とて刺青男を振り返りさえしない。もう一度「そうか」とつぶやいて、サッ、と片手を持ち上げた。
 それが合図。
 兵士の数名が、を拘束せんと動き出した。
「――――」
 は動かない。
 ただ、縄をかけようとした兵士の手を、軽く払いはしたけれど。
「逃がす気はないんでしょう。来いと云うのなら行きますから、手荒な真似はよしてください。――その子たちにもです」
「ほう……度胸はあるようだな」
「だから云ったでしょう、隊長。そいつは旧王国からのスパイなんですよ」
「……何をスパイしろっつーんですか、何を。事故で流れ着いた孤島で、偶然出逢った帝国軍一部相手に」
 たしかに、目の前の女性はかなりの使い手のようだ。身のこなしに隙が見当たらないし、兵士たちの人望もあるとみた。すんげえ性格悪そうな刺青男が、不精不精らしくても従ってる部分を見るに、統率力も文句なしだろう。
 だが、そんな一部隊だけを見て何を判断しろとゆーのだ。どうせ見るなら帝国軍全体を見る、それがスパイの心意気だろう。
 刺青男の難癖っぷりに、すっかりくさったを見て、女性が、ククッと肩を揺らした。
「ははは、なかなかどうして、いい性格をしている。こんな事態でなければ、勧誘でもしてみたいところだが――――」
「だが?」
「生憎、私たちには、どうしてもやり遂げねばならない任務があってな。おまえにも、少々付き合ってもらうぞ」
「……夕飯までには帰りたいんですけど」
「それは、相手次第だな」
 茶化す意思たっぷりののことばにも、女性はのってくる素振りさえ見せない。
 自ら監督するつもりなのだろうか。兵たちを歩かせ、、そしてウィルとベルフラウをその中央に囲まれるように移動させる。女性自身はその前へと位置をとった。
 エドスさん二号に、刺青男をしっかり押さえておくように云うことも忘れない。……仮想敵に対してもこの気遣い。もし戦場でぶつかったとしても、きっと、後腐れのない戦いが出来たに違いない。
 などと思うの両側に、やはり不安らしいウィルとベルフラウが寄り添った。
「……だいじょうぶ」
「……」「……」
 ぽん、と背中を叩くと、ふたりは、その腕をぎゅっと握る。
 青空学校で何があったのか訊きたいところだが、どうにも、この軍の目的はレックスとアティらしい。となれば、安易にあのふたりの名前を出すのは下策。
 それを判っているわけでもないだろうけれど、双子もことばは発さない。
 ただ、不安を堪えるために、じぃっと前を見ているばかり。
「――ああ」
 そんな彼らの視線に気づいたわけでもなかろうが、ふと、女性がを振り返った。
「おまえの名前だけ聞いて、こちらが名乗らぬのは失礼だな。私の名は、アズリア。帝国軍海戦隊所属第6部隊隊長――アズリア・レヴィノスだ」
「ご丁寧に、ありがとうございます。あたしはで……」
 ん?

 レヴィノス?

 ……なーんか、それ。
 どっかで、聞いたような見たような、そんな気が、するんですけど。

 だが、が記憶を引っ張り出すまで、女性――アズリアは、待ってくれなかった。
 やっぱりしげしげとを眺め、くつくつと笑い出す。
「スパイではないかもしれないが、軍人だろうという予想には賛成だ。その年頃にしては、おまえの対応は豪胆に過ぎる」
「む。なんですかそれ」
「一般市民ならまず、武器を持ったこんな集団に囲まれて、平然とやりとり出来るような神経など持ち合わせてはおらんということさ」
 正論である。
 どこをどうとっても、正論である。
 だが、しょうがないではないか。
 軍隊慣れしてるのは云うまでもないが、悪魔王と全面戦争したり時間旅行したり(現在進行形)、魔王召喚儀式をぶっ潰したり、あまつさえ初無賃乗船するは遭難するは――――

 ………………

 “テメエの人生のドコがどう平凡なのか、そこらへんから語り合おうぜ”なんて云ってくれてた魔公子を、ふと思い出した。

 ……バルレル。答えは出たよ。
 自覚するのが、遅かったけど。

 ぐったりと項垂れたの頭のなかは、自分の人生を自覚した衝動にぐるぐるぐるぐる渦巻いて。もう、アズリアの家名のことなんてきれいさっぱり消えていたのであった。
 そんな彼女を見たアズリアが、おかしな奴だな、なんて感想を抱いていたことを、知らぬは当の本人ばかり。


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