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【学校をつくろう】

- 学校へ行こう -



 そんな幾ばくかの裏事情はさておいて、いよいよ学校開校の日がやってきた。
 青空学校の名に相応しく、というか、まるで祝福してくれてるかのようないい天気のなか、レックスとアティは生徒たちを引き連れて森の中に出かけていく。
 様子を見に行こうかと何人かから案が出たが、「恥ずかしいから最初のうちは遠慮してくれ」と、ふたりどころか計六名から云われてしまっては自粛せざるを得ない。
 とは云え、朝食時から出かけるまで、彼らがなんだかんだとからかわれる事態は避けられるわけがなくて。結果として、は半ば日課のイスラさん容態伺いを今日だけ欠席するほどだった。ちなみに、当のイスラは昨日も昏睡中。あまり頻繁に見舞いに行くをどう思ったのか、とうとうアルディラとクノンが声を揃えて“目を覚ましたら真っ先に報せるから”と約束してくれたほど。
 ともあれ。
 すっかり静かになった船の甲板に寄りかかり、遠ざかる一行を見送っていたの目に、学校開設も何処吹く風、朝っぱらからどこかに出かけてたソノラが戻ってくるのが見えた。どうしたんだろうか、ちょっと元気がない。
 と、そこへ、別方向からやってきたカイルが、妹と合流する。
 もしかして、今日もジャキーニたちの様子を見に行ってたんだろうか?
 彼らは心配された暴動も起こさず、真面目に果樹園の世話をしてるそうで。カイルたちも、捕まえた初日と次の日に見張りに行ったあとは、そう心配してるような様子でもなかったのだけど。
「あー、。やっほー」
「よお。先生たちはもう出かけたのか?」
「おかえりー。もうみんな出かけたよー」
 肩を並べて戻ってきた兄妹が、遥か頭上の甲板に立つ、を見つけて手を振った。
 応えて手を振り返し、ちょっと横着。船の修理のために吊り下げたままのロープを伝って、砂浜に下りる。
「あっれ。プニムは?」
「斥候に行かせました」
「……はあ?」
 だってねえ。
 レックスたちが出て行ったあと、スカーレルが微笑みながら云ったのだ。

 ――ねえ? プニムって、こないだもあの子たちの様子見てきてくれて大活躍だったわよねえ?

 これで悟れぬほど、だって鈍感じゃない。 
 即座に指令を出されたプニムは、ある程度先行の彼らと距離が空くのを待って、意気揚々と青空学校目掛けて駆けてった。そういうこと。
 そんな経緯を聞いて、カイルとソノラが笑い出す。
「よくやるなあ、おまえら」
「あーっ、もう楽しみ! 鬱憤飛んじゃうよ!」
「鬱憤?」
 そういえば、なんか沈んだ様子で戻ってきてたな、と思い出す。
 疑問符浮かべたの顔を見て、ソノラが「それがねえ」と苦笑した。
「占い師さんとこのお店、一応行ってみたんだ。もしかしたら――って思ったんだけど」
「……あ、銃!?」
 そゆこと、と肩をすくめる彼女のホルスターは、だけど相変わらず、何本かの投具が無造作に突っ込まれたままだった。
「銃ってさ、まあ、鍛錬しなくても“撃つだけ”なら誰だって出来るじゃん? だから、他の武具はともかく銃はみだりに売ってくれるな、って護人からお達しが出てるらしいんだよね」
 結果として、早朝から出かけたソノラの期待は無残にも打ち砕かれたというわけだ。
 ため息ついて肩を落とした妹の頭を、カイルが、ぽん、と叩く。
「ま、そのうち判ってくれるさ。根気よく行こうぜ」
「んー」
 理想としては、それ以前の問題で、早く船を直して出港できるのがいちばん良いといえば良いのだが――こちらも、それなりに根気の要る話だ。
 スカーレルとヤードの要請を、アルディラは快く引き受けてくれたそうだが、やはり少々の日数が欲しいという。そして船の設計図が完成したとしても、人員不足は相変わらず。
「そういうアニキは、どこ行ってたの?」
「ああ……ちっと、こないだジャキーニが気になること云ってたんでな。その確認だ」
「というと?」
「……」
 問いかけると、カイルはなにやら考え込む素振りでとソノラを見渡した。
「……まあいいか。先生たちにも話すつもりだったし、おまえらならだいじょうぶだろ」
 だが、ナップたちにゃ絶対に内緒だぞ。
 そう前置きして、カイルは云った。
 ジャキーニたち曰く、この島に一ヶ月近くもいたのは、何も船が壊れていたからだけではない。最初は被害も軽微だったので、どうにか応急修理をしてさっさと脱出しようとしたんだそうだ。
「ところがだ――それを見計らってたみてえに、嵐が起きたそうだ」
「嵐?」
 怪訝な顔になったたちに、カイルは真顔で頷いている。
「ああ。それで船が島に押し戻されたあとは、また晴天。それだけじゃなく、そのあとも何度か晴れ続きを確認して、今度こそと出て行こうとしたら」
「……そのたびに嵐が起きた、と?」
「そういうこった。毎度毎度の嵐で船はずたぼろ、とうとう修理のしようもねえくらいになっちまったらしい」
 ジャキーニたちには失礼だが、この場合、船の損傷は横に置き、とソノラは嫌な予感を隠せぬまま、一家の頭を見上げた。
 だって、今のカイルの説明で、判ったことがひとつある。
「…………島を出ようとしたら、絶対に嵐が起きるってこと……?」
「自分らで試したわけじゃねえから判らねえが、ジャキーニの奴、これに関しては嘘ついてるわけでもなさそうだ。そういうことだろう」
 結界みたいなもんでもあるんじゃねえか、ってオウキーニは云ってたな。
「――うっわ……」
「まあ、それに関しちゃ船の修理が終わってから考えりゃすむこった。それまでに、どうにかする手段も見つかるかもしれねえし」
 絶句するふたりを励ますカイル自身、とてもそううまくいくとは思っていないのがあきらかだった。
 が、ここで自暴自棄になってしまうのはいただけない、とばかりに苦々しいながらも笑って云ってくれてるのだ。これに応えなければ、あんまりというものだろう。
「そ、そうですよね!」
「そーそー! 目の前の問題から片付けよう! 難しい話はあと!」
 空元気なのは判っていても、誰も追及はしない。
 後回しにしても、ほったらかしとけるわけではないが、今はそうするしかないのだ。
 ……問題は、変わらず山積みだった。
 だからこそというか、そんななかでも、学校の開設は割と楽しいニュースだったのである。
 故に、
「よっしゃ、おまえら、ちょっと気分転換でもしてこい」
 と、カイルが少女ふたりの背を、森に向けて押し出した。
「は?」「へ?」
 唐突な行動に目を丸くするふたりをなお押しながら、
「どうせ、スカーレルの奴が船にいるんだろ?」
「あ……はい」
「なら船は気にするこたねえ、プニムのジェスチャーじゃ伝わるもんも伝わりにくいから、おまえらも斥候手伝ってくればいいさ」
 ほれほれ、行った行った。
 そこまでやられて、やっと、もソノラもカイルの意図を察して顔を見合わせた。
 浮かぶ表情は、さっきまでの途方に暮れたようなものじゃない。
 目の前に、とても興味をひく玩具を、山と積まれた子供の顔だ。
 いかにも悪ガキです――って感じで、赤色と金色は、にんまりにんまりとほくそえむ。それから、すたっと手を上げて駆け出した。
「んじゃ!」
「いってきます!」
「おう、気づかれんなよー」
 すっかり元気を取り戻して走り出したふたりを、カイルは満足そうに見送って。
 それから、
「……そんじゃ、オレもちっと散歩してくっかな」
 自らの気分転換も図るべく、ぶらぶら、森のなかへ足を向けたのだった。
 さてはて、今日は何本の木が、彼の拳の犠牲になるのやら。



 森の中を青空学校目指して走る途中、進行方向から歩いてきたミスミとゲンジに遭遇した。
「なんじゃ、ふたりとも学校の見物か?」
 そして即座に見破られた。
「はい。見学には来ないでって云われたんですけど」
「偵察に来るなとは云われてないし?」
 にっこりにこにこ笑顔のことばに、「ははあ」とミスミが笑う。
「そうか。茂みに隠れておったプニム、あれはそなたの連れであったな」
 どうやら、プニムはうまく斥候の役目をしてくれてるらしい。少なくとも、ミスミとゲンジが辞するまでは、レックスたちに気づかれてはいなかったようだ。
 こんなこそこそしたことをして、と怒るかと思っていたゲンジも、予想に反してかんらかんらと大笑い。
「はっはっは、ようやるわ」
 まあ、精々気づかれんようにするんじゃぞ、との激励をいただいて、少女ふたりは鬼姫たちに別れを告げた。
 そして再び、青空学校目掛けて走る。
 途中からは音を立てないよう、こっそりこっそり忍び歩き。レックスたちが気づかなくても、パナシェは犬の亜人だから嗅覚と聴覚には油断できないだろうし。
「でもさあ、結構うまくいってるぽいよね?」
 さっきのミスミたちの様子を思い出したか、そろそろ学校だろうというところで、ソノラがそう口にした。
「そうだねー、ゲンジさんもご機嫌そうだったし」
「あーやっぱし。あのジイさん、気難しそうな感じがしたもん」
「うん、結構頑固だと思う。それに、自分の職業に誇りがあるんじゃないかな?」
 そうでなきゃ、いくら青二才で頼りなさげとは云っても、レックスたちを捕まえてこんこんと諭したりはしないだろう。
 ゲンジの姿に何かを感じたからこそ、レックスもアティも学校のことを承諾して、先生の勉強をせねばと感じたんだろうから。
「だよねー。ああいうジイさん、アタシも好きだな」
「絶対、怒ると怖いけどね」
「怒らせたくはない相手だよね。でも、いいじゃん。怒鳴ってくれるから判りやすい」
 厄介なのは、怒ってることも表に出さないでずんどこ溜め込んでいくようなタイプだわ。
 そういう相手に経験があるのか、ソノラの表情が心なしげんなりとしたものになって、が「あはは」と笑ったときだ。

 ――ガサガサガサッ!

 茂みを盛大にかき分ける音がして。
「ッ!」
 アリーゼの手をひいたナップが、ふたりの前に飛び出してきた。
「「……え?」」
 いきなり正面に出てきた相手に、とソノラ、そしてナップとアリーゼは一瞬硬直する。特に船からやってきたふたりは、予想もしなかった彼らの表情に面食らってしまったため、硬直時間が長かった。
 その間に、ナップがいち早く我を取り戻す。
「――――っ」
 ぐ、と拳を握りしめ、ナップは何かを云おうとした妹の手を引っ張ると、とソノラの横をすり抜けて走り去って行った。
 ……振り返りもせず、その背中を見送ることも出来ず。
 呆然としたままのとソノラが、は、と我に返ったのは、ナップが走り去ってしまってから数十秒後。――もう、足音も聞こえなくなってしまってからだった。
 金縛り状態の解除は、ほぼ同時。
 ただ、ほんの一秒以下の差で、の方が早かった。
「行ってくる!」
「ア、アタシ学校行ってみる!」
 赤い髪を翻らせて走り出した耳に、ワンテンポ遅れてソノラの声。
 片手をあげてそれに応え、は、地面を蹴る足に強く力を入れた。

 ――これが、追いかけっことか鬼ごっことかで楽しそうだったのなら、何も云うことはなかったのだ。
 だけど、そうじゃなかった。
 ナップとアリーゼは、今にも泣き出しそうな顔で、とソノラを見上げていったのだ――


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