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【学校をつくろう】

- 学校を作ろう -



 ラトリクス通いも二日目となり、お決まりの一言を告げられた帰り道、は奇しくも先日と同じ道を辿って風雷の郷へと赴いた。

 そうして、学校はどこに用意するんですか、とふと思いついて尋ねてみたところ、
「集いの泉から少し離れたところに広場がある、そこを使おうと思っておるが」
 問われたミスミも快く教えてくれたので、いそいそとそちらへ散歩としゃれこんだ。
 ――どうせ、今日も今日とて暇人だ。
 ナップたちとやってた稽古はしばらく再開の見込みがないし、カイルとの手合わせは早朝に軽くやる程度。彼の一撃は重くて、長い間相手をしてるとその日一日響くのだ。

 そんなこんなでやってきた広場では、レックスたちの同意がとれたからだろう、着々と学校の建設が進められていた。
 ……いや、これは果たして建設というのか。
 見事に晴れ渡った青空の下、ちょっと大きな木のつくる影に入るように配慮された場所に、切り株が数個並んでるだけ。
 でぃす・いず・おーぷん・えあ・くらす。――青空教室。
 雨天時は自動休校か。ちょっとうらやましい。
 ランドセル背負った遠い過去を、思い返す。そんなの目の前では、のーてんきな人がふよふよと飛んでいた。それから、めんどくさがりなひとが、こちらは地面に立っている。
「あっ、シマシマさん、さんですよ〜」
「おう。どうかしたのか、こんなところまで来て」
「どうかしたのか……って……」
「ん、これか?」
 “こんにちは”と挨拶しかけたの第一声は、ヤッファの手にした斧と、その反対側の腕に担がれた木のおかげで霧散した。
「ぷー」
 代わりとばかりに、頭の上にのったプニムが元気に挨拶。
 ヤッファは軽く頷くと、の問いに応え、こともなげに木を持ち上げてみせる。
 念のため注釈するが、一口に木といっても、がめいっぱい腕を伸ばしてやっと一抱え出来るかどうかの直径だ。
「学校をつくるんだろ? おかげで駆り出されたってわけだ」
 めんどくせえから他の奴を当たれって云ったんだがよ、このあたりの木にも一言相談しなきゃならねえから是非、なんて頼まれちまってな。
 まったく、とかなんとかぼやきつつ、ヤッファは、切り倒した木を広場の隅っこに放り出す。すでに積んであった分と合わせて、これで6本目らしい。マルティーニ家の子供たちと、スバルとパナシェを足した人数に等しい数。
 もしかして、これが机なんだろうか。
 みかん箱よりはずっとマシだろうが、書き物するときはでこぼこして大変な気がする。
 と、そこまで考えて「ん?」とは首を傾げた。
「あの、ヤッファさん」
「なんだ?」
 めんどくさがりのくせに、やりだしたら凝り性なんだろーか。それとも根っから親切なんだろーか。「かったりいなぁ」とかぼやきつつ、やすりのようなもので切り株の表面を均しだしたヤッファの横にしゃがみ、質問ひとつ。
「この島って、筆記用具あるんですか? ――その、紙とか鉛筆とか」
「……そういうもんは、ねえな」
 少なくとも、ユクレスにはねえぞ。
「マルルゥたちの村では、字とかは木の板に刻んだり、雨降っても落ちない樹液で書いたりしますですよ、それじゃだめですか?」
「だめじゃないけど、勉強って以上は書いて消してが出来るもんじゃないと難しいと思うなあ……」
「風雷の郷に行きゃ、紙はあるだろうがな。あそこは筆と墨汁だっけか、消したり出来るもんじゃなかった気がするぞ」
「狭間の領域……は、そもそもそういうの必要なさそーですしねえ……」
 というよりも、ファルゼンやフレイズが紙と鉛筆もって何か書き込んでる光景は想像出来ない。
 ならば最後に残るのはラトリクスなわけだが、
「あー、だめだだめだ」
 と、即座に否定された。
「書けるし消せるが、すげえ精密な機械だとかなんとかって話だ。ガキどもに使わせられるもんじゃねえ」
「……うーん」
 なんか、第一歩はともかく、第三歩目くらいで蹴躓いてる気がするぞ。
 本当は自分が心配することじゃないかもしれないが、気にはなる。腕を組んで悩みだそうとしたの頭上で、だが、プニムがぽんっと跳ねた。
「ぷい、ぷぷーっ」
「え。なに?」
「ぷ、ぷい」
「……おまえの世界にゃあるんだろうから、召喚すればいいんじゃないか、だとさ」
「――――おお!」
 ヤッファさん、プニムのことばが判るんですか!!
「そりゃま、同郷だしよ。ある程度だけどな」
 手放しで喜ぶを一瞥し、ヤッファはぷいっと切り株均しの作業に戻る。
 きっと照れくさいんだろう、やすり(?)をかける手が、ほんのちょっぴりぎこちない。尻尾がぱたぱた揺れだしてるし……うわ、触りたい。顔うずめたい。
 などと要らぬ欲望を抱いたの手に、「ほれ」とヤッファがサモナイト石を投げてよこした。
 若草色と透明の石が、ひとつずつ。――未誓約のものだ。
 宙をただよってたマルルゥが、
「それは名案ですね〜!」
 と、万歳してるなか、は「それでは」と立ち上がる。
 プニムが、ひょいっと地面におりる。その頭に、マルルゥがとまった。これもこれでかわいらしい光景だ。
 そうして、いくらめんどくさがりでも何が出るのかと好奇心はあるんだろう。ヤッファが手を止めて、首だけひねってこちらを見る。
 ちょっと気恥ずかしいが、ま、いくらか慣れてもきたところだし。

 ……透明な石を、手のひらに包む。
 これは名も無き世界に繋がってるんだと、以前誰かが云っていた。ネスティだったか、ミモザかギブソンだったか。
 ゆっくりと、イメージする。
 熟達してるわけではないのだから、まずは焦らずに、確実に。
 イメージするのは、光の門。
 すべてを覆った光のなかに、開く門。
 あのとき、自分を両親のもとに繋げてくれた、優しいひとたちのくれた道。
 ――――開け。
 手のひらに、ほのか生まれる熱を感じながら、イメージする。

 ――開け、世界の門。
 界と界の狭間をくぐり、この手のなかへとやってこい。

 光が臨界に達したその瞬間、狭間を越えて命じるのだ――

「来い! 黒板と黒板消しとチョーク一箱!!」

 …………ずっしーん。ばらばらばらばら……

「おー、すげえすげえ」
さん、すごいです、雪だるまさんみたいです〜」
「ぷ、ぷぷぷー」

「……マルルゥはともかく、ヤッファさん、プニム。おもしろがってるでしょ……」

 この場にネスティがいなくてよかった、と心底思いつつ。
 は、頭の上から山と降って来て自分をうずもれさせてくれたチョークの、舞い上がる真っ白な粉に鼻をくすぐられ、
「くしゅん」
 と、クシャミをしたのだった。
「まったくもう、一箱でいいって云ったのに」
 でもまあ、本当にネスティだけでなくて生粋の召喚師さんがいなくてよかった。見てたらきっと、大爆笑されてたに違いないのだから。
 などと安堵した矢先、くっくっと笑いながらチョークを退けていてくれたヤッファを見て、これまでと全然方向性の違う疑問が、ひょい、と浮かんだ。
「ねえ、ヤッファさん」
「ん?」
 身体中にまといつく白い粉を、ぶるぶるっと払って手ではたく。それでようやく、普段――より白くぼけてはいるが――の色を取り戻せた。
 さすがにそんなに登る気はないのか、プニムは今だ、手近な切り株に腰を落ち着けたままだ。
「さっき、木と相談するって云ってましたよね。メイトルパのひとは、そんなことも出来るんですか?」
 相談というのは、おそらく、自然な広場になっていたこの場所に、人為的に手を入れること。それから、このように何本かの木を切り倒して、机なりなんなりとして使わせてもらうこと。そんなところだろう。
 ヤッファは、それを、直接木と交渉したのだろうか。
 同じメイトルパ出身といっても、レシィやユエルがそんなことをしたところを、は見たことはない。
「ああ、それか」
 質問に、ヤッファもまた、ちょっと白くなった手を払いながら頷いた。
「メイトルパの奴全員が出来る、ってわけじゃねえよ。可能性があるのはオレの種族――“密林の呪い師”フバースと、“調停者”レビットくらいだ。それにそのなかでも、ほんの一握りだしな」
 しかも今こうして話をしてるようなものではなく、ほんのりと何かを感じる程度のものなんだそうだ。
「それでもたいしたものですよ、あたしには全然判りませんもん」
 ……痛かったかな? ありがとうね。
 切られた切り株に手を添えて、そっとそんなことを思ってみる。
 手のひらから伝わるぬくもりは日光のせいなのか、木が元々もっていたものなのか、それさえもはきとは判らないけど。
「まあ、こいつらは結構辛抱強いからな。自分じゃ動けねえ分、オレたちなんかよりずっとでっかい心で、動く奴らを見守ってくれてるんだ」
「いっぱい、いーっぱい大きな心ですね!」
 こういう話は楽しいんだろうか、いつもの、少し斜に構えたそれではなくてずっとやわらかい笑みを浮かべるヤッファの横、マルルゥが“いーっぱい大きな”円を描いて飛び回りながら喜んでいる。
 プニムはほこほこ伸び縮みして遊んでて、手のひらからはあたたかな木の体温。

 ――ああ。本当に、そうだ。

 思い出す。
 世界に通じる白い焔。
 あの海の中、切羽詰って呼びかけたときにだって、文句も云わずにあたしたちを助けてくれた世界。
 どんなに馬鹿なことをしても、愚かな道を進んでも、黙って受け止めてくれる、優しくて大きな世界。

 そうだ。
 あたしだって、ちゃんとそのことを知ってる。
 あのひとの名残――白い焔はいつだって、だからこそ、力を貸してくれてるんだから。

「――うん。世界は優しいですよね――」

 本当に――いつも、いつも、ありがとう。

「……」
 ヤッファは、知らずまたたきを繰り返し、目をこすっていた。
 切り株に手を置いて和む少女にかぶさって、白い陽炎が立ち昇るのが見えたのだ。
 それは、ほんの一瞬。
 けれど、間違いなく展開された現実。
 陽炎と云っても、儚く消えるようなものではない。例えるならむしろ焔――そう、いつかの嵐の日、海の上に立ち上った真白き光の柱――……
「……まさか、な」
 懸念したのは別のこと。
 そう、こんな真っ白な光ではなくて、別の色に由縁するもののこと。
 だからこの娘は違うだろう。
 今自分が見たそれが、幻でも現実でも。――遠い時間の向こう、それこそ焔そのもの、白凰を意味する名を冠していたとしても。
 彼女がもし、かつて己が友と信じたあの男と同じ根源を見ていたとしても、そこに抱く気質が異なる以上、あれを喚び寄せるようなことはないはずなのだから。
 そう。似ているのはむしろ――――
「シマシマさん? ぼーっとしちゃってどうしたですか〜?」
「もしや日射病ですか、それとも熱射病? 水汲んできましょうか」
「……へ?」
 思考に没したのがまずかったのだろうか。
 ふと我に返ったヤッファの目の前で、マルルゥが忙しなく手を振っている。その下では、今しがた思いを馳せる原因となったが、おろおろとこちらを見上げていた。
 ――――さて。
 この、ちょっとやそっとのいいわけでは勘弁してくれなさそうな娘っ子たち相手に、どうやって自分が健康であることを納得させようか。
 それまでの手間を考えて、ヤッファは、別の意味でげんなりとしてしまったのである。そんな彼の表情を見たふたりが、またも勘違いを増幅させることを、幸か不幸かいや不幸にも、気づかないまま。


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