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【先生と生徒】

- わるだくみのふたり -



 ぽよぽよ、ぽん。
 開けっ放しにしてた扉から、プニムが戻ってきた。軽い音をたてて飛び跳ねる軟体生物は、いつものとおりの頭に――と思いきや、昼食後も居残っていた誰かさんたちの囲むテーブルの上に着地。
 用意された紙の上に鎮座まし、の渡したペンを装備して準備オッケー。
 居残りふたりが見守るなか、まず、丸いモノが描かれた。
 その周囲に、小さい丸いモノが六つ描かれた。
 その六つのうち四つが、ぐりぐりと塗りつぶされた。
 そこで、紙とペンの仕事は終わり。でもペンの装備は解除しないまま、プニムはテーブルの中央へ。
 片方の耳にペンを巻き取り、なにやら書物を開く仕草。そして、ぐーっとかがんでにらめっこ。ペンを動かし、書き込む真似。しばらくその姿勢をとってから、塗りつぶしてないふたつの丸を反対側の耳でとんとんと示し、頭を左右に振って見せた。
 ――――慣れてきたもんである。まあ、お互いの共通認識であるところの子供たちに関することだから、ジェスチャーからの推測もしやすいっていうのがあるが。
「気になってるのに見もしないわけね……意地張ってるのさえ、気づいてないんじゃないかしら」
 そう云いつつ、面白そうにを一瞥するスカーレル。
 そろそろお手並み拝見ね、と、その眼差しが語っていた。
「うーん、でも問題はきっかけですよねえ。理由もなく突き放したりとか出来ないし」
「そうよねえ……。あ、そういえば、アナタたちの訓練で、あのコたちに変な癖がついちゃうことはない?」
 それが心配といえば心配だわ、と気をまわしてくれるスカーレルに、ありがたい気持ちを感じつつ、
「それだけはないと思いますよ」
 ジェスチャーに疲れたか、テーブルのうえに突っ伏すプニムを撫でてやりつつ、は応える。
 何しろ、自分たちがやっているのは稽古だとか模擬戦だとか云ってみても、その実はさしたる構えも教えてない、ただのチャンバラみたいなものだ。痛みに耐え得る身体をつくる、というのが目的といえば目的になるか。流派や型は幾つもあれど、痛みを嫌がるのは万人共通だし。召喚術においても、結局はこれまでの復習となるような事柄だけをチョイスしてる。あの子たちが気づいてないだけで、ここ数日のそれは単なるストレス解消と云ってもあながち間違いじゃない代物なのだ。
 とかなんとかかいつまんで説明すると、お肌が荒れるから嫌、と訓練には参加してないスカーレルも納得した顔になる。
「ふぅん、結構考えてるのね」
「カイルさんやヤードさんも、あの子たちが話持ちかけてきたとき、それを心配してましたしね。こっそり打ち合わせたんです」
 それは、レックスとアティが集落に出かけるようになって二日目のことだ。初日に一日中部屋で自習三昧だった弟妹たちを引っ張って、海賊一家たちだけが残る船の中、ナップが走ってきたときのこと。
 一日中引きこもってられるか、自分たちだけで外に出るのがダメなら、アンタたちが一緒に出れば問題ないだろどうせ体力有り余ってんだからついでに何か稽古とかつけろ! ――以上、当時のナップの咆哮概略。
 アリーゼや双子がそんな兄に反対しなかったのは、やはり、一日目にしてうんざりしてたからだろう。
 ヤードとスカーレルもわりかし外に出るのを嫌いがちだが、それと外出禁止はまた別物。たとえ、子供たちを心配してのことだとしてもだ。
 もっとも、それをちゃんと守ろうとして自分たちに声をかけてくるマルティーニ兄弟って、本当に根っこは素直ないい子たちなんだと思うのだが。

 ……どこぞの、ラジオ修理が得意で雑学大将な誓約者が一緒にいたらば、第一次反抗期の年齢だとかなんとか教えてくれたかもしんない。

 つと、スカーレルが立ち上がる。
「ま、あんまり長引いても後味が悪くなるばかりだものね。勝負は短期決戦でつけたほうがいいわ」
「あ――はい」
 がんばってね、と手を振って歩き去る彼の背中を見送った直後、
「……散歩にでも行きますか」
 椅子の足と床で軋み音をつくりながら、も立ち上がった。
 スカーレルが留守番してるのは確定だし、子供たちも自習で部屋にこもってる。
 だったらば、誰かに一言ことわって、外の空気を吸いに行こう。
 だだっ広い頭上の青、遠くゼラムやデグレアにも通じてるだろう空の下で考えれば、何かいい考えが浮かぶかもしれない――


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