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【こども探検隊】

- キノコ騒動終えて -



 盛大な騒ぎを提供してくれた一行は、フレイズの見送りを受けて寝泊りしている船に戻っていく。
 その背中が木々に溶け消えたのを見届けて、金色の髪の天使は、やれやれとかぶりを振った。
 疲れたのだろうか、それとも、呆れたのだろうか。
 自分の感情ながら、いまいち説明がつかない何かを裡に抱え、彼は祠に戻ろうと身を翻し――――
「やっ、兄弟」
「…………」
 ご苦労さん、と手を振っている黒髪の天使の姿を視界に入れた瞬間、ノータイムで進行方向を切り替えた。直角に。
「うーん、つれんヤツじゃのう」
「貴方につれる奴だと思われるくらいなら、トードスの胞子を浴びているほうがマシです」
「じゃあ浴びるか? 実はここに」
 黒髪の天使が懐をさぐって、何か入っているらしい袋を取り出した。
「……」
 睨み、一瞥。
 紫電、一閃。
 ものも云わずフレイズの揮った剣は、瞬時に袋を切り裂き中身をばらまいた。
 ――零れたのは、なんの変哲もない、ただの砂。
 わざわざ砂浜まで行って採ったのだろうか、白くさらさらとしたそれは、狭間の領域で見られるものではない。
 その労力に感嘆するか呆れるかと問われれば、フレイズの場合、当然後者だった。
「むー、なんじゃなんじゃ、つまらんなー」
 ぶーたれる黒髪の天使を残し、金髪の天使はざかざかとその場を歩き去る。飛んで行ってもいいのだが、それだと一刻も早く立ち去りたい気持ちがあからさまになりそうで、かつ、逃げていると思われそうで少々癪であった。
 その背中に、黒髪の天使の愚痴が届く。
「あの子たちは目一杯ノってくれたのにのー、こんな感動のない奴が年長者では、そのうち息詰まってしまうじゃろうのー」
 面倒を見る年長者は、船にいるふたりでしょうが。
 そうツッコミ入れたいのをこらえ、フレイズはひたすら歩く。が、声はちっとも小さくならない。
 それはつまり、
「ついてこないでください!!」
「なにを云う、おまえがワシの行く先に行っとるんじゃ」
 振り返りざま怒鳴っても、黒髪の天使には何処吹く風とばかりに流されて、金髪の天使は疲労が溜まる。
 いや、仮にこの相手が先ほどの一行だったらば、フレイズもここまで疲れない。彼が疲れるのは、今相手どっているのが黒髪の天使だからに他ならない。
 ともあれ、ここですっぱり切って捨てねば精神ダメージが肥大するばかり。
 この世界での存在さえ、危うくなること間違いなし。
 ゆえに、フレイズは沸騰しかけた頭を鎮めるべく、眉間を軽くもみほぐし、黒髪の天使の肩をがっしと掴み、
「お――おいおいおい?」
「さっさと、双子水晶で、遊んでいなさい……ッ!!」
 いつか赤い髪の少女が見せた、プニム遠投。
 それに負けず劣らずの勢いで、フレイズは、黒髪の天使を双子水晶のある方角に向かって投げ飛ばした――――!。
 ……見た目とその重量が比例しない、精神生命体同士だから出来ることである。良い子はけっして真似しないように。

「……まったく、あのひとにも困ったものだ……」

 きらん、と最後にひとつ輝いて消えた投擲物を眺め、フレイズはひとり、遠い目をしてごちたのだった。



 そんなユカイな幕間劇が、狭間の領域で行われているとはつゆ知らず。
 ダッシュで船に戻ってきたたちは、まだレックスたちが帰っていないことを確かめると、そのまま湖に疾走した。
 手に持つはもちろん、の着替え。
 ピコリットたちの癒しの術では、傷はともかくこびりついた血までフォローはしてくれない。ましてや、まとっていた衣服は当然そのままだ。
 いつになく協力的な子供たち――主にベルフラウとアリーゼに、服の使えそうな部分はハギレにしといてくれるよう頼んで、は湖に頭から突っ込む。ナップとウィルは気を遣ってくれたのか、単に恥ずかしいのか。船に残って、レックスたちが帰ってきたときにフォローしておいてくれるとのことだった。
「あー、すっきりした」
「お疲れ様です」
 ひとしきり汗と血を流し、お腹をさりげなく手で覆いつつ岸に戻ったところ、待ち構えていたらしいアリーゼが、でっかいバスタオルを差し出してくれた。
 礼を云ってそれを受け取り、さすがに恥じらいもあるので、タオルの陰でごそごそと下着を服を着用する。こないだメイメイさんが何着かくれたうちのひとつだ。どうも趣味を誤解されているらしく、ショートパンツとノースリーブな丈の短いシャツといったソノラとお揃い的足出しルック。これだけなら泣いて辞退したところだが、上に羽織るものがあるなら、まあ妥協は出来るというか。
 ――要するに、今ベルフラウたちがハギレにした残骸の、もともとの形とあまり変わらない衣装なのであった。
「傷は、痛みませんの?」
「ん? うん、平気。フレイズさんのピコリットで治してもらったの、見たでしょ?」
「……貴女はなんとなく、残っていても押し隠していそうな気がしますわ」
 ため息混じりのベルフラウのことばに、「う」とは苦笑する。
 元の時間でさんざ云われまくったようなことを、この時代に落ちてきてまで云われるとは思わなかった。

 そんなを見て、ベルフラウとアリーゼは、顔を見合わせた。
 似ているな、と思う。
 レックスとアティ。――自分たちの家庭教師に。
 だけど、どうしてだろう。
 があのふたりに似ているのではなく、あのふたりがに似ているな、と思ったのだ。
 ……それこそ、何の脈絡もないことだったけれど、一度そう思うとああそうなのだなと納得してしまうから不思議。
 レックスとアティのほうが、よりずっと年上のはずなのに。
 そんな疑問は、そのときのふたりの胸中にはまだ、生まれずにいた。


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