「……ギィ」
「あいっ、た――――」
そうして、どれくらいそうしてたんだろう。
ひとつ鳴いたプチトードスが、の腕から滑り降りる。裂傷だらけになってしまった赤い髪の、自分たちよりもずっとお姉さんは、それで、ぺたんと地面に座り込んだ。
ないところを探すほうが難しいくらい、あちこちが傷だらけ。
最初に受けた傷にはかさぶたが出来て、そこに交差するように新しいのが点在して。深く抉れたところも少なくなく、血が筋を描いて流れてる。
だけどそんなのにはちっとも構いつけずに、は、キノコの赤黒いかさを撫でてやっていた。
「もういいの?」
「ギ」
首――というか、かさを傾げるプチトードス。
……かわいい、なんて思っちゃった子供たちは、期せずして同時、お互いの顔を盗み見る。
「うん」
そんな彼らの目の前で、がにっこり笑ってた。
「それじゃあ、両成敗ね」
「ギゥ」
ぱっと伸ばされた手のひらに、ぺちっ、と、かさが体当たり。
握手、握手。そんな感じ。
見れば、いつの間にか警戒を解いてたフレイズとプニムの間を抜けて、他のプチトードスたちがわらわらと集まりだしていた。
「んで」
プチトードスたちに囲まれて、流血しっぱなしのまま、が問いかける。
「なんで、タケシーの住処をぶんどったりしたの?」
「ギギィ」
「ギ」
「ギーギギ」
「……いや、ごめん。ムリ」
とたん始まったプチトードスの合掌に、はがっくりと項垂れた。
「フレイズさん……」
「いえ。私には読心の奇跡は使えません」
サプレスを同郷とする者なら会話も出来ますが、このようなものたちとは意思疎通の手段など――即座にフレイズは辞退する。
が、と子供たちのあからさまに落胆したまなざしに動揺したのか、「ゴホン!」と、わざとらしいくらい大きな咳払いをして、いつもの位置に戻ったプニムを指し示した。
「メイトルパ同士なのですから、そちらの方とは意思疎通できるのではないですか?」
「……いや、あたしがプニムのことば判りません」
「あ、キユピー……?」
「キュ」
「ゲレ」
またも落胆しかけたの傍に、ふよふよと飛んでゆく影ふたつ。
タケシーと、アリーゼの腕の中から抜け出したキユピーだった。しかも、キユピーは、ウィルの傍にいたテコを招いての傍につれていく。
サプレス出身の二匹は、トードスとたちの間でホバリング。かと思いきや、キユピーがキノコのほうに飛んでいった。一旦停止。それからプニムとテコへ移動して、空中に停止してるタケシーへ。そして、最後にフレイズ。
「……なるほど」
「へ? 今の何?」
「ですから。トードスがプニムかテコに話して、プニムがタケシーかキユピーに話して、最後にフレイズさんに通訳していただければ私たちにも事情が説明出来るってことですわ」
「あ――ああ!」
二匹の、身体を張ったジェスチャーのおかげで、ようやっと意思疎通の機会がつかめたのである。
ぽん、と打たれるの手の音は、やけに晴れやかに森の中へと響き渡ったのだった。
――そうして、数段階の通訳もとい伝言ゲームを経て、トードスの乱の説明を受けることしばらく。
ジェスチャーと伝言ゲームのやりとりをかいつまむと、こうだ。
トードスたちが今まで暮らしていた森は少し離れた場所にあるのだが、ここ最近、木々や草花が枯れ出してしまってるんだそうだ。日を遮ってくれたり、雨水を受けて溜めてくれる植物たちがなければ、当然、キノコらの好む丁度良い湿気がなくなってしまう。
移住を考えていたトードスたちだったが、つい先日、とうとう仲間が何者かに襲われるという事件が起きてしまった。
これはもう一刻を争う――と、わらわらと移動した先が、この、タケシーたちの住んでる狭間の領域ご近所の森。水気は少々足りないが、適度な薄暗さと静けさが気に入って、トードスたちは実力行使で新しい住処を手に入れることにしたんだそうだ。
……ちなみに、それだけを説明するために、人語サイドと獣語サイドの通訳を取り持ったキユピーとタケシーとプニムとテコは、疲労困憊してしまった。
プニムとテコ、タケシーとキユピーでは、界の違いもあって、百パーセント言語が(そもそもあるのかどうか謎なのだが)通じるわけではないらしい。身振り手振りパントマイムに地面の落書き、考えられる手段を駆使し、それを読み取ろうとがんばってれば、そりゃー疲れるってもんである。
「ぷぅ」
「うん、おつかれさま」
頭のうえによじ登る気力がなくなったか、ぐったりと身体を預けてくるプニムを胸に抱え込んで、はねぎらいのことばをかけてやる。
横では、やっぱり疲れた様子のキユピーをアリーゼが抱きしめて、ウィルがテコを撫でてやっていた。
……んで。
「ゲレ」
「ギゥ」
その斜め前くらいでは、どうやらちりぢりになってただけらしいタケシーたちが再び集い、プチトードスの群れと対峙している。
もっとも、険悪は空気は全然ない。
「――――もう、心配はなさそうですね」
ほのかに生まれる友情の波動を感じ取ったのだろうか、フレイズが苦笑混じりにそう云った。
うん。もうだいじょうぶだろう、も思う。
なんか地面にらくがきして、どこからどこまでを境界線にしようかとか相談してるっぽいし。
「トードスたちの住んでいた森のほうも、折をみて調査しましょう。私で難しいようなら、ヤッファ殿にも頼んでおきます」
「ミュ♪」
「そうですね。元いた場所のほうが、やっぱり暮らしやすいでしょうし」
うれしそうに同意するテコ、生真面目な顔で頷くウィル――もっとも、頬の筋肉ちょっと弛んでますが。
などと、ほくそえんだのも束の間。
プチトードスとタケシーの問題が落着しようとしているさなか、フレイズが、くるりとに向き直る。……表情が険しい。
「さん」
「は、はい?」
美形は誰かさんとか誰かさんで見慣れたつもりであったが、やっぱ、こう綺麗なお顔が迫力満点で迫ってくると、ちょっと引いてしまう。
ずりずりと後ずさるだったが、その分出来た空間を、フレイズは即座に詰めてくる。
そうして、天使は大きなため息をついた。
「やはり……」
うっわ。なんか見透かされてるっぽいよ。
「早くお飲みなさい」
慄くの手に、ぽとん、と落とされる葉っぱ。
――ゲドックーの葉だ。
安直な名前のとおり、体内に侵入した毒を浄化してくれる解毒薬。
「…………あ、あはははははは」
返事の代わりに、乾いた笑い。
フレイズの肩越し、子供たちが瞠目しているのを気まずい思いで眺めたあと、いそいそと葉っぱを口に運ぶ。
それと同時、
「毒を受けてたんですか!?」
いつもの控えめな様子はどこへやら、アリーゼが、フレイズを押しのけて迫ってきた。
まんまるい目に涙がいっぱい溢れてる。ちょっと罪悪感。
「いや、ほら。ねえ。キノコの胞子はそういうものだし」
「で……でもっ!」
「今解毒したし。もうだいじょうぶだよー」
あはははははは。
「そうじゃねえッ!」
笑って誤魔化そうとしたの脳天に響く、声変わり前の少年の声。
「なんで、あんた、さっきあいつを助けたんだよ!? しかも攻撃受けてばっかで……! バカじゃねえ!? 一度倒したのに、なんでそんなことすんだよ!!」
「ナップ」
心配、してくれてたんだろうか。
アリーゼほどではなくとも、ナップの目頭はちょっと赤い。今怒鳴った声も、心なし、鼻にかかっていたような。
そうして、そんな兄の肩にウィルが手を置いた。
「違う。さんがケガしたのは、僕らのせいだ」
「――――え」
に詰め寄っていたアリーゼが、がばっと兄弟たちを振り返った。
苦い表情のウィルとベルフラウ。
はっ、と、何かに気づいたナップ。
彼らを見て、アリーゼは、再びに視線を戻し、
「違うってば」
彼女が何か云うより先に、は、双子のことばと表情を否定した。
別に無理とか庇ってるとかじゃない、心からそうだと思ってる。
「あれは、かっと来て余裕のなかったあたしのミス。ちゃんと考えてたら、瀕死になんてしなくてよかったんだから」
だから両成敗。
「それに――いくらタケシーの住処盗ったから、って命までとるのはあんまりでしょ?」
「あ」
子供たちが、トードスの群れを振り返る。
――結構な乱戦状態であったというのに、に貫かれたあの一匹以外に切り傷はひとつ見当たらなかった。主戦力であったとフレイズの武器は、双方共に剣であったというのにだ。
ナップが、を見る。
普段のきかん気な様子は消えて、ひどくいたたまれない気持ちがありありと浮かんでいた。
足元で、アールが「ビ」と首を傾げている。心配してるようだが、前述したように、にはナップたちを怒る理由がない――杞憂というものだ、それは。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか?」
だから、プニムを定位置に乗っけて立ち上がった。
「それじゃあって……」
「でね、お願いがあるんだけど」
まだ何か云いたそうなベルフラウの頭を、ぽん、となでて。
「このずたぼろの服の言い訳、いっしょに考えてくれると嬉しいな」
――と、有無を云わせない勢いで、は彼らに笑ってみせた。