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【こども探検隊】

- さてもなつかしきキノコども -



「うわ、いるいる」

 いつぞサイジェントで見かけたトードスが、そこにはわらわらと発生していた。トードスといっても、あの大きな大きなヤツはいない。プチトードスという、木の切り株程度の大きさの種類だけ。
 ……食材は却下だろうなあ。
 今のところ空腹というわけではないし、一瞬浮かんだサバイバリティ溢れる案を、は即座に却下した。年端もいかぬ子供たちに、あんなもんの味を覚えさせるのはどうかとも思ったし。
 それに、召喚獣であるなら意志だってあるだろう。以前サイジェントで遭ったときのデカブツは、空腹のため半ば問答無用で食糧対象だったが(弱肉強食のいい例だ)、今はそんな場合でもない。となれば、タケシーの住処を奪っただけで命とるのはどうかと思うような情も出るというものだ。
 ちょっと力ずくで大人しくなってもらってから、お話し合いで解決しよう。うん。
 がそんなことを考えている横で、子供たちは絶句している。
 ジェルとかサハギンとか、そういったものより、トードスの与える生理的嫌悪感は遥かに大きい。そのせいだろう。
 気持ち悪いなら見なければいいのだろうが、初めて見るモノの異様さに、むしろ目を奪われてしまったようだった。
 ま、いきなり嘔吐するほどのものでもないし、慣れればだいじょうぶでしょ。
 などとある意味無責任なことを考えるの目の前では、フレイズがキノコに苦戦していた。どうやら、実力はともかく一対多数で圧されてやや劣勢のようである。体当たりされるわ胞子は飛ぶわ、美男子ぶりが著しく損ねられて勿体無い。――まあ、男の傷は勲章とか云うことは云うが。

「それじゃ、絶対出ちゃだめよ」
「は、はい」

 気負って頷くアリーゼの頭を軽く叩いて、は剣を抜き放ち、地を蹴った。傍らにプニムが続く。
 ものの数秒で戦場に駆け込んだは、まずフレイズの背後から体当たりしようとしていたプチトードスを蹴り飛ばした。
 ギャゥ! と、あらぬ方向へ飛んでいくプチトードス。
 悲鳴を聞いて振り返ったフレイズが、の姿をとらえて目を丸くした。
さん!?」
「お手伝いします!」
「ぷいっぷー!」
「で、ですが女性に戦わせるわけには……」
「あたしんちのモットーは男女平等博愛精神協力万歳です!」
 ――――勿論、(ゼラム√デグレア+実家)÷2、である。
 云ってる傍から、プニムもプチトードスに体当たり……っていうか、あれは頭突き? 精神攻撃はともかくとして、体当たりの物理衝撃を流しきれず、プチトードスお星様、ふたつめ。
「それに、あの子たちもタケシーのこと心配してますし」
 指さした先には、いつの間にかタケシーと合流して、はらはらどきどきと顔に描き、こちらを眺めている子供たち。
 間にたちがいるため、プチトードスがあちらに向かうことはない。万一向かったとしても、アールたちがいるからだいじょうぶだろう。なんでも、島の探索中カイルたちと戦ったとき戦線に立ったっていうし。
「まあ、代理とか代表とか。うん」
「――――」
 はあ……と。
 なんとも気の抜けた顔になりつつも、ようやくフレイズが頷いた。
「お強いとは聞いていましたが、まさかこれほどとは思いませんでした」
 幅広の剣を揮い、その腹でプチトードスを気絶させ、ごちる。
「いやいや。自分より強いひと、あたし、ごまんと知ってますよ」
 主にどっかの黒騎士とか槍使いとかサムライとか。
 笑って。
「んじゃ、そちらお任せします」
「――了解しました」
 自身の背中側を示したへ同じように微笑んでみせ、フレイズはこちらに背を向けた。
 それはつまり、会話終了。
 これからは、目の前の敵を無力化することに集中するのみ――


 ……そうして子供たちは見る。
 訓練や、稽古なんかじゃない、真剣での戦いを。
 相手の命を奪わないようにしているとはいえ、仲間・身内同士では、まずけっしてないだろう“戦闘”。
 自分たちが一抱え出来るかどうかという大きさの、動くキノコ――プチトードスというらしい――は、遠慮も加減もなしにやフレイズという天使に攻撃を繰り出している。手段を選ばない、というよりも、そんな考えは最初からないのだろう。胞子は出す、挟み撃ちにはする、背後からどつく。何度、卑怯だと叫びそうになったか。
 でも、たちは卑怯だとかなんだとか云わない。
 お互いの割り当てを済ませたあとは、どちらも、もう一言も発さずにプチトードスたちをさばいていた。
 ――実際、彼女たちにとってプチトードスはたいした敵じゃないんだろう。数の多さで時間がかかってるけど、たぶん、ただそれだけ。
 だから、不安はない。
 が思った“はらはらどきどき”は、だから、ちょっと違っていた。
 “どきどきわくわく”。
 彼らにとって、たちの戦いは、まるで物語のなかから抜け出してきた一場面のように思えたのだ。

「……っ!」

 だから。我知らず、身を乗り出していた。
 茂みから半身出た子供たちを、プチトードスの一匹が目をつけることに気づかないまま。

 ――気づいたのはフレイズだった。

「退がっていなさいッ!!」

 彼にしては珍しいものである、強い一喝。
 厳しい叱咤に、子供たちはビクリと身を震わせた。けれどそれも一瞬。ナップがすぐさま眉根を寄せて、フレイズに文句を云おうと口を開きかけ――――硬直した。

 視界の端。
 思うより素早く接近する、赤黒いかさ。

 視界の端。
 水晶みたいな木々の発する、あえかな光を受けて輝く赤い髪。

「え」

 つぶやいたのは誰だっただろう。
 迫り来る赤黒いかさの前に、赤い髪が割り込んだ。
「こ……っのぉ!!」
 刃、一閃。
 力任せに揮われたの剣が、プチトードスを貫いていた。
 どん、と。
 物語みたいにかっこいい音じゃない。
 無造作に、無遠慮に、その身を貫く鈍い音がした。
 断末魔さえあげることもなく、プチトードスは地に伏す寸前、
「フレイズさん、ピコリット呼んで!」
 その身をためらうことなく拾い上げ、が叫ぶ。
「え……!?」
 霊界の召喚術を習うアリーゼが、顔色を変えた。
 ピコリットは、サプレスの小天使。その術は、傷を癒す聖なる術。
 だが、フレイズは顔色ひとつ変えず――いや、がプチトードスを刺したあとつくった苦々しい表情のまま、応えてピコリットを喚び出した。
「サプレスにたゆたう我が眷属、祈り届くならばこの声に応えよ」
 癒しの象徴である小天使は、その術の対象が人間であろうとプチトードスであろうと、顔色ひとつ変えない。
 フレイズの指示に従って、すぐさま癒しの術を揮った。
 プチトードスの身体に穿たれていた傷が、見る見るうちにふさがる。それで、死に体だったそれが動き出す。
 敵意はまだ消えてない。
 それどころか、己を傷つけた本人――に向けて、その触手のようなものを繰り出した。腕のなかにいるのだ、至近も至近。避けられよう心配もない。
 ビシッ、という音とともに、の皮膚が裂けた。
さん……!?」
「いた、いたたた」
 ……ちょっぴし緊張感のないうめきであるが、触手が振るわれるたびにの身体には傷が生まれる。
 仲間意識はあるのだろう、他のプチトードスたちもがフレイズ、プニムを放り出してに迫っていく。もっともそれは、結果として手の空くことになった天使と召喚獣が間に立って阻むことになったため、攻撃を加えるまでにいたらなかったが。
 が、ひとりと一匹は、それ以上何かをする様子もない。
 かき抱いたプチトードスに痛めつけられるを背にかばい、ただ、それ以外の相手に対して威嚇しているのみだった。

「――なんで――!」

 今度こそ、子供たちの心境に“はらはら”が加わる。
 理由が見えない。
 が、自分の倒した召喚獣を回復させ、あまつさえその攻撃を抵抗なく受けつづけている理由が。

 だって、あいつらは、悪い奴なんだろ?
 タケシーの住処を荒らして、こっちに襲いかかる悪いやつ。

 一度、倒したはずじゃないんですか?
 反撃も許さぬ一撃で、たしかに、あのキノコを絶命させかけたのに。

「――うん、痛かったね。ごめんね?」

 どうして、謝るんですの?
 プチトードスを抱いてたの腕が、まるで子供をあやすみたいに赤黒いかさをなでた。

「ごめん。でも戦えない子を襲っちゃだめだよ。それじゃ単なる乱暴モノだ」

 そのことばは、通じるんですか?
 プニムのことばだって、普段、わからないってわめいてるのに。自分のことばが本当に、プチトードスに届くと――――?

 でも。
 の身体に傷が生まれる間隔は、だんだん、長くなっていった。


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