行き先を検討すること少々。時間があまりないということもあり、結局最初に提案したアリーゼの意を汲んで、散歩先は霊界集落こと狭間の領域で決着した。
保母さんよろしくぞろぞろと子供たちを連れてやってきたを見て、出迎えたフレイズが一瞬固まったのはご愛嬌。
「……いらっしゃい。今日はまた、賑やかですね」
「ぷぅっ」
朗らかに応じるプニムの下、
「あはははは、こんにちはフレイズさん」
今日は、ファルゼンさんお休みですか?
彼の従う冥界の騎士こと、ファルゼンの姿が見えないことを問えば、
「ええ」
我らサプレスの者は、この世界で存在するために多量の魔力を必要としますからね。
「護人という役目柄、ファルゼン様は特に消耗が激しいのです。ですので、日に何度かこうして休息をとっていただいています」
「あら……それじゃ、押しかけてきたの、まずかったですか?」
「いいえ、祠の方に近寄られなければ大丈夫でしょう」
祠とは逆方向、双子水晶のところに駆けていく子供たちを見て、フレイズが苦笑混じりに答える。
行き先がわかっているなら、あわてて追いかける必要もない。集落から出て行かないようにとは云っているし、仮にナップが暴走しても、ウィルとベルフラウがついていれば大丈夫だろう。よっつの背中を見送ったあと、はフレイズに向き直った。
「フレイズさんは、休んでなくても平気なんですか? 天使も消耗するでしょう?」
なにしろあのバルレルでさえ、消耗したくねえとか云ってぐーたらしてたくらいだ。
……もっとも、彼の場合はめんどくさがりな性分が多大に影響していたよーな気がするが。
「――ああ、いえ。私は生来サプレスの者ですから、消耗はそう激しくないのですよ」
「あ。そうなんですかー」
ご心配ありがとうございます、と柔和に微笑むフレイズの表情は、だが、次の瞬間凍りついた。
「え? じゃあファルゼンさんって生来のサプレスのひとじゃない……ですか?」
そう。今のフレイズの発言は、そういうふうにに聞こえたのだ。
「あ。いえ。――――そういうわけではありませんが……その、ファルゼン様の消耗が激しいのは、あくまで護人という大役をお努めであるせいであって」
「……はあ」
特に何か含みがあったつもりはないのだが、じたばた慌てるフレイズを見て、は別の意味で首を傾げてしまったのである。
勿論、それ以上の追及はしなかった。
双子水晶でマネマネ師匠とじゃれている(主にナップが踊り、ウィルとベルフラウが振り付けの違いにツッコミを入れ、アリーゼが貴霊石を見て惚れ惚れしていた)子供たちの姿を確認して、も適当に集落内を歩いてみることにした。頭の上には当然プニム。
この間来たときは入り口辺りしか見れなかったし、今日はフレイズからも友好的に迎えてもらえたために、ちょっと気が大きくなっていたのかもしれない。
ずんずん歩いて、湖を抜けて、は気がつけば森の前に立っていた。
「……わぁお」
「ぷっぷー」
島に点在している緑とは、これまた根本的に在り様が違う。
茶色の幹や緑の葉っぱではなくて、水晶細工にも似た淡い色の木々が、所狭しと群生している。さして手入れがされているようでもないのに不思議と統一感があるのは、サプレスの植物ならではだろうか。案外、これも精神生命体なのかもしれない。
リィンバウムにはまずありえない光景に、魅入られたように立ち尽くしてしまったとき、
――バリバリドッカーン!
「ぷぷーう!?」
「ひえ!? ファミィさんッ!?」
いつぞや話に聞いた“カミナリどっかーん♪”を思わせる雷の音が、唐突に響いた。記憶と、そしてちょっぴり恐怖をかきたてられたは、あわてて音のしたほうを振り返る。
――ファミィさんがこんなとこいるわけないじゃん、と自嘲しつつ。
「ゲレエエェェッ」
そうしての目に映ったのは、涙を滂沱と流してこっちに疾駆する――もとい全力飛行してくる、サプレスの雷精霊の姿だった。
「タケシー!?」
ぼすっ、と体当たりしてきたタケシーを、成り行きでそのままキャッチする。
「ゲレレエェェェン、ゲレエェェン」
鳴き声なのか、泣き声なのか。
よく判らない雄叫びとともに、タケシーはにすがり付いて大泣きし始めた。その余波なのだろうか、バリーン、ドカーン、と、近辺に、雷が幾つも炸裂する。
「ちょ、ちょっとちょっと? どうしたの?」
「ゲレレレレェェェェン!」
「ぷいぷいぷぷーぅ!!」
「判らんわー!!」
通訳してくれてるつもりなんだろうか、頭上で叫ぶプニム。
だが哀しいかな、はプニム語もタケシー語も理解の範疇外。
ダブル人外のおことばが、腕のなかと頭上から不協和音。目をぐるぐるまわしそうになったは、だが、頭上に羽ばたきの音を聞いて我を取り戻した。
「フレイズさん!?」
「ん?」
――違った。
勢いつけて見上げた木々の向こう、空に飛んでいたのはたしかに天使だったのだが、その姿はフレイズではなかったのである。
ウェーブを描いた長い髪、ロングスカートめいた衣服、当然のようにある白い羽――どことなくフレイズを彷彿とさせるものがあるが、決定的に違うものがある。彼が金髪なのに対して、今、の声に応えて降りてくる天使は、黒髪だったのだ。
ふわりと羽をはためかせ、天使がの目の前に着地した。
……シルエットだけでなく、造作もなんとなくフレイズに似ている。だが、こちらのほうがどことなく男性的。
などと比べる、胸のタケシー、頭上のプニムを一様に眺め、黒髪の天使が首を傾げた。
「どうしたんじゃ、ご一同? 三角関係の果ての痴話喧嘩かいな?」
「違ッ!」
「ゲレレレレレレエェェェェェン!!」
「ぷぷぷぷぷぷぷぷ――――ッ!!」
全力で叫んだに触発されたか、一瞬おさまっていたタケシーの雄叫びが再開され、プニムまでもが盛大に喚きだす。
「ははははは、元気が良くて結構じゃの」
「結構じゃない!」
頭上のプニムに伸ばしかけた手は、腕に抱いてるタケシーの存在を思い出して留まった。
代わりに、ぐあっと三位一体で天使に詰め寄る。
抱いてるし乗ってるし、しょうがないのだ。
「ていうか! どこのどなたか存じませんがこちらのタケシーがすんごく嘆いてるんですけど!」
「ゲレエエエェェェェン!!」
バリバリドッカーン!
すんでのところで落雷を避けた黒髪天使は、「おーおー」と、たった今気づきましたとばかりに身をかがめ、まじまじとタケシーを眺めやる。
「ふむ? ――○△××□○?」
「――! ゲレッ、ゲレレッ」
ひとつ頷いて、やっぱりには判らないことばで天使はタケシーに話しかけ、タケシーはすぐさまそれに応じた。
さっきまでの、混乱しきった鳴き声ではない。ちゃんと目的をもってやりとりをする、いわゆる会話というやつが、目の前の天使とタケシーの間で展開される。
……には、相変わらず判らない光景だったが。
そうして、話すことしばらく。「ふむ」と、最初と同じように頷いた天使が姿勢を戻し、を見下ろした。
「どうやら、仲間とはぐれてしまったらしいな」
「迷子ですか?」
「いや、それがな。こやつらの住んどる場所を、他の召喚獣が襲ったそうじゃ」
「ゲレレ……」
「仲間のことが心配だが、どうしていいのか判らんで泣いとったらしい。うーん、こりゃ放ってもおけんな」
天使は腕組みしたが、それも一瞬。ふわり、と、彼の足元から風が起こる。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
「助っ人をつれてきてやるからな、ちょっと待っとれ」
あっという間に空に舞い上がった天使は、軽く手を振って飛行を始めた。がぽかんと見守る間に、その姿はみるみる小さくなっていく。
「ゲレェ……」
不安そうに見送るタケシーの頭もとい身体のてっぺんを、ぽん、とは撫でてみた。
「だいじょうぶだよ。助っ人来たら、あたしも手伝うからね」
仕草の意味は、一応判ってくれたらしい。タケシーは「ゲレ」と首もとい身体を傾げて、の胸にすりよった。
そうして、待つことしばし。
「あ! 見っけ!」
「こんなところまで来てたんですの!?」
天使が飛んでいったのとはまた別方向から駆けてきた子供たちの声に、一瞬、助っ人て彼らのことなのかと本気で悩んでみる誰かさんがいた。
だがまあ、当たり前だがそんなわけはない。
子供たちの足音にかぶせて、今度こそ天使の飛んでいった方向から羽音が響いた。
「さん!」
「あー、フレイズさん!」
フレイズの着地と、子供たちの到着はほぼ同時。
「何かあったんですか?」
あわただしいフレイズの着地を見て、ウィルが首を傾げる。他の3人も一様に。
「キュ?」
「ゲレ……」
「キュキュー……」
霊界同士の仲なんだろーか、アリーゼの胸にいたキユピーが、心配そうにタケシーへ話しかけた。気落ちした返答を受け、慰めるようにその肩もとい身体をなでてやっている。
そんなほのぼのしい光景を前に、は、子供たちへ手短に事情を説明した。
「まあ、そんなことが……」
いたましげな眼差しで、ベルフラウがタケシーを見つめる。
「ひっでーなそんなの! よし! オレがそいつらやっつけてやる!」
「いやナップくん、それ危ないから」
即座に制止したにくってかかろうとしたナップを、
「――僕らが無力なのは、僕らが知ってるだろ」
しん、と冷えたウィルのことばが凍結させた。
「…………」
う。
うわ。
なんかこう、彼らの溜めてる鬱屈をこのうえなく的確に表現してますよ、今のセリフ。
首筋を流れる冷たい感触に、どうしようかと思ったときだ。
「――――では、私が行ってきますので。皆さんはここでお待ちください」
と、空気を切り替えるようにフレイズが云った。
「あ。あたしも手伝います」
「「「「……」」」」
うわーんそんな目で見ないでマルティーニカルテット!
慄くを、フレイズは、だが苦笑混じりに押しとどめた。
「いいえ、はぐれ程度なら私ひとりでも十分に戦えます。貴女は、彼らに付き添ってあげていてください」
そう云うやいなや、の腕のなかにいたタケシーを手招きする。
呼ばれたタケシーは一声鳴いて、フレイズの隣に飛び出した。
「△○?」
「ゲレッ」
あ、今のは判った。
たぶん、案内か何か頼んだんだろう。
やりとりの直後、飛行を始めたタケシーを追って、フレイズも移動を始める。
その姿を所在無く見送って――はふと、同じように佇んだままの子供たちに目を向けた。
「……危なくない場所で見てる、って約束出来る?」
「え? それじゃ」
「まあ、実戦を見るのも訓練のひとつだし」
かつて己の受けた訓練を思い出しながら云うのことばに、首を横に振る子はひとりもおらず。
結果として、5人と5匹は先行した天使と雷精霊の後を追って走り出し――すぐ気づかれるかと思ったが、意外にもそんなことはなく。カルガモ親子と化した一行は、無事にタケシーたちの元住処に辿り着いた。