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【こども探検隊】

- 内緒の散歩 -



「――ってわけで、ジャキーニさんたちはユクレスの果物畑で働くことになったんだよ」
「随分と甘い措置ですね」
 果物泥棒退治の経緯を説明し終えたに対する子供たちの感想一発目は、ため息混じりなウィルのそれだった。
「まあ、住人に被害があったわけではないのでしょう? 妥当といえば妥当ですわ」
 それをフォローするように、ベルフラウが云う。もっとも彼女の場合、フォローしようと思ったんではなくて、単に自分の思うところを正直に告げてくれただけなのだろう。
 どう違う、とかつっこまないように。
 まかり間違っても、肩を落としたを見かねて出してくれたものでないことは、発言のタイミングからはっきりしているのだから。
 ベッドの上に寝転がっていたナップが、ごろん、とのほうを向く。
「で、他のやつらはどうしてんだ?」
「他って? カイルさんたち?」
「はい。もう皆さん戻ってこられたんですよね?」
「あー、それがね……」
 口ごもるのいるここは、カイルたちの船だ。その一室、子供たちに割り当てられた部屋。
 四人分の視線を一身に浴びながら、ちょっとばかり申し訳ない気持ちでナップの問いに答える。
「ジャキーニさんたちがね、陸の上にあがって仕事するのは初めてだし、まだ駄々こねるかもしれないから、夜まで見張ってくるって」
「…………」
 とたん。
 視線に込められていたとある感情が、一気に密度を増した。
 う、と口の中でうめいて、は扉に背をつける。
「あいつらも?」
「……」
 “あいつら”とは、レックスたちのことだ。察したは、こくりと頷く。
 視線の密度がさらに増すが、背中には硬い感触がある。これ以上後退しようとするなら、扉を開けるしかない。
「あ、いや、ほら。捕まえたのあたしたちだし、引き渡してはいそれまでよって放り出してもこれないでしょ!? それにレックスさんたちが今回参加を決めた主因だし、だからせめて、今日一日は自分たちで見てようってね!?」
「いいですよ、そんなに慌てなくても」
 ふ、と――どことなく疲れた、実際の年よりも遥かに大人びたため息をついて、ウィルがのことばを止めた。
「……怒ってる?」
 その仕草に覚えがある。
 ネスティあたりが、何か思うところありつつもそれを表に出さないときのものだ。それを、ウィルのような子供がやっていることに、違和感を覚えさせられた。
 の思い描くその年頃の子供像とは、ずいぶんとかけ離れた仕草。発露すべきものがしていない――そんな感じ。
 どこぞの富豪であるマルティーニ家とやらの子供とはいえ、果たしてこれでいいのだろうか。子供って云うのはもっとこう、のびのびと、自由闊達にしてあるべきではないのだろうか。……帝国では違うんだろうか?
「そういうんじゃねーよ」
 ぷい、と明後日を向いたナップが答えた。
 四人のなかでは、比較的感情の表現が判りやすいが、その分、何かを押し込めているというのもありありと読めるため、別の意味でやるせない。
「……」
 アリーゼが、おろおろとして兄とを見比べている。いちばん穏やかな性格だとはいえ、彼女も思うところはあるようで、昨夜からのレックスたちに対する態度はぎこちない。
 ――――夜まで、だいぶ時間があるよなあ……
 朝から出かけたせいで、今は、まだやっと正午をまわったばかり。
 昼食は持参で出かけたから心配はないし、子供たちに置いていった弁当もきれいに空になっていた。
 が、問題は、夕方レックスたちが帰ってくるまで、この気まずいお船の空気を果たして堪能できるかどうかということだ。

 ……ムリ。

 一秒も考えず、は即座に結論を出す。
 しかし、だからと云って子供たちをほっぽりだして出かけるのは、いくらなんでも非情である。この周辺にはぐれ召喚獣が襲ってくることは皆無だろうが、それとはまた別問題だ。
「……ね、ねえ」
「なんですの?」
 ちょっとつんけんしたベルフラウの科白――いや、でもここで退いちゃ女がすたる、とばかりには続けた。
「みんなが帰る前にさ、内緒で散歩に行かない?」
「へ?」
「散歩ですか?」
 きょとん、と、ナップとウィルの目が丸くなる。
 そうして即座に手を上げたのは、四人兄弟の長兄だった。
「う、うん! 行く! 行く行く!!」
「ナップ! あの方たちは船で大人しくしてろと――」
「そ――そうだよ! もしはぐれに遭ったらどうするんだ!」
 があ、と吼えるは良識派双子。
「……た……楽しそうですね」
 だがそれは、目をきらきら輝かせてつぶやいたアリーゼのことばで勢いをなくす羽目になる。
「だろ!? いつもオレたち置いてきぼりなんだぜ、たまには鼻を明かしてやらねえと!!」
「いや、別に内緒の作戦をやるわけでは」
 ない――と云おうとしたに、
「あの、私、狭間の領域に行ってみたいです。とてもきれいなんですよね?」
 なんだか話を聞いていない様子のアリーゼが、ひしっとにじり寄ってきた。そんな末っ子を見て、ナップに詰め寄ろうとしていた双子が、微妙な表情でお互いを見る。
 ――葛藤と戦っているのが、ありあり出てて面白い。
 うん、やっぱり子供だ、このへん。
 場違いな安堵に胸をなでおろすの周囲に、そうして、最終的にマルティーニ兄弟四人が集ってきたのは……まあ、予想出来た未来ではあったろうか。


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