「海賊のくせに魚嫌いなんて何事よ海と空とお魚に謝りなさいッ!!」
「論点はそれじゃねえだろがッ!!」
べこッ。
茂みから飛び出たヤッファの拳が、遠慮なしにクリーンヒット。
「あいたたた」
こないだ、夜の襲撃の際に装備してた爪は外してくれたのだろう。受けたダメージは打撲系のそれだけ。
というか、あんなもん付けたまま殴られた日には、脳みそが流れ出す。
「あのな、おまえな、オレたちが何のためにここまで来たか云ってみな?」
ん? と微笑むヤッファの笑顔は、「こわひ」の一言に尽きる。
だが。島に流れ着いた当初、お魚さんで生き長らえたにしてみれば、今のジャキーニの発言はある意味万死に値するのだ。そもそも軍人たる者、食の好き嫌いなんぞ云ってられる身分じゃないし、食べられるモノを食べないなんていうのは、我侭だとしか思えない。
――そりゃあまあ、多少余裕があるなら選り好みしたっていいとは思うけれど、漂流してきた状況で好き嫌い云って、あまつさえ王道だとかぬかして人様の畑を荒らすような奴にかける同情なんて、すずめの涙ほどだって出したくない。
というようなことをひとまず弁解しようと口を開きかけたの横、すたすたとカイルが歩き過ぎた。
「よう、ジャキーニ。相変わらずみてえだな」
「カッ、カイル!? なんでおまえがここにおるんじゃ!!」
バカショックから回復したんだろう、さっきまで頭抱えてた素振りはきれいさっぱり消し去って、一家の頭領は相手の頭領に片手を上げてみせていた。
その後ろに立つソノラとスカーレルも、それぞれ含みのある笑顔でジャキーニに向き合っている。
ヤード、それにレックスとアティは、知り合い同士の再会に配慮してだろうか、一歩下がった場所にいた。
「まあいろいろあってな――早い話、そっちと似たような目に遭っちまったんだが」
不敵に告げるカイルのことばに、
「なんや、あんさんたちもでっか」
同類見つけたり、な安堵を浮かべたオウキーニが応じれば、
「ハッ、音に聞こえたカイル一家もとうとう海の藻屑っちゅうわけじゃな」
皮肉と厭味のエッセンスをたっぷりまぶし、ジャキーニが続ける。
が、カイル一家の誰も、それに神経を突っつかれた様子はない。ただスカーレルが呆れたように息をついて、
「停泊中に嵐に飲まれるなんてユカイな遭難は、アンタらくらいでしょうけど?」
それに海の藻屑って点じゃ、状況的にお互い様じゃない。
と、やり返したのみ。
「んな……ッ!」
「あ、あの!!」
ムキーッ! とか音を立てて頭に血を上らせかけたジャキーニに、はあわてて話しかけた。
ヤッファにしようとしてた弁解は中止、軽く手を合わせて謝罪に代える。
「なんじゃい!」
が、もついさっき、衝動に任せてプニムを投げつけた前科もちだ。当然、ジャキーニの反応も刺々しい。
ので、即座にアティがを押さえ込み、レックスがその前に出た。ナイス連携プレー。蛇足だけど、アティさんの胸が背中に当たってふわふわです。いいなあこのボリューム。女として、ちょっと羨ましい。
「ええと、確認したいんですけど。この島の果物畑を荒らしてたのは、あなたたちで間違いないですか」
「うう、そう云われますと弁解のしようもありまへんわ……」
直球ストライクな泥棒発言に、オウキーニが項垂れる。
ジャキーニと比べると、なかなか好感の持てる反応だった。
「はん! 海賊が略奪して何が悪いんじゃ!」
――だもので、よけいにジャキーニの態度の悪さが強調されてしまうのだが。
「いえ、海賊でも誰でも略奪という行為自体が悪いことです。この島のひとたちに謝ってください」
きっぱり、アティが云い放つ。
横手のカイルたちがなんとも云い難い表情になったことに、果たして気づいているのだろうか。
真っ直ぐなアティのことばに、さしものジャキーニも鼻白――むかと思いきや、
「いーや! 海賊の正義は略奪じゃい!」
そうじゃろうおまえら!
「「「へい、船長!!」」」
いたのか手下ども。
不意にぞろぞろやってきた手下たちが、声を揃えてジャキーニに賛同する。
――――手に手に、武器を携えて。
「……」
この先の展開は、誰もがあっさり想像し得たろう。
あんまりといえばあんまりな――あんまりすぎるほど安直な展開に、一同、声をなくして動きを止めた。
オウキーニが「あちゃあ、やっぱりこうなりますんやな」とぼやいて構えをとる。体術重視で戦う者のそれだと、一目で判るそれの横、
「がっはっはっは! 死にさらせぇ!」
何をどう勘違いしたのか、やりあう前から勝ったような顔で、サーベルを引き抜いたジャキーニが吼えた。
太陽が傾く暇も、果たしてあったかどうか。
風がきれいに整えていた砂浜は、いまや見る影もない。
ひとびとに踏み荒らされ、放たれた召喚術で抉られ、倒れ伏す海賊たちの生ける屍で埋め立てられていた。
「はい、いっちょあがり〜」
「ぐ、ぐぬぬぬううぅ」
ぱんぱん、と手を払うの足元には、手下たち共々砂浜に沈んだジャキーニの姿。その脇には、仰向けにひっくり返っているオウキーニがいる。
「少しは懲りたか?」
軽くその腹を蹴って、ヤッファが云う。
が、ジャキーニはそれには応えず、じろっとを睨み上げるばかり。
「てめえは何もんじゃい……」
「“とおりすがりの召喚獣”です」
爽やかに微笑むを見て、後衛にいたヤードが苦笑した。
だがジャキーニの問いは、意味なく紡がれたものではない。戦闘が始まると同時、真っ先に彼めがけてやってきた少女こそが、今“とおりすがりの”とほざいた当人であり、ジャキーニの必殺技を見切ってぶちのめしてきた犯人である。
だってそれが判らないわけではないのだが、まさか“20年後くらいにファナンに襲ってきたとき、ある程度性格を知っていたので”なんて説明は出来ず。ゆえに、適当にはぐらかし、今の答えになったのだった。
「すまねえ客人、ピコリット頼む」
ジャキーニの必殺技をあえなく喰らったカイルが、砂浜にへばりこんだままヤードに要請していた。応え、紫の光が場に満ちる。
暖かな癒しを受けながら、カイルが、を睨むジャキーニのそれに負けず劣らずの迫力でこちらを振り返った。
「ジャキーニ……てめえ、引っかけなんてきたねえぞ」
「ふん、引っかかるほうが悪いんじゃい」
「……まあ、たしかに騙されてもしょうがない勢いだったけどね」
必殺技の被害者二号、レックスが力なく笑う。こちらは、アティと自身の召喚術で治療済みだ。
少し離れた位置で手下たちをふんじばっているヤッファとアルディラは、そんな恨み節なぞ何処拭く風、ふたりで相談している。
「ねえ、ヤッファ? それで彼らをどうするつもり? 痛い目に遭わせて放り出しても、きっとまた同じことの繰り返しよ」
「ん――? ああ、まあ、考えはあるから心配すんな」
どっこらしょ、と最後のひとりを縛り終えたヤッファが、ロープ片手にのほう――ジャキーニとオウキーニの倒れ伏す場所へやってくる。
「ご苦労だったな。たいした怪我――はあったが、ま、無事でなによりだ」
「ジャキーニのアレがなけりゃ、楽勝だったけどね?」
髪の乱れが気になるのか、手ぐしで直していたスカーレルが苦笑した。
さっきから必殺技、とか、アレ、とか称されるジャキーニの技。供述しているとおりカイルとレックスに痛手を負わせた代物なのだが、なんというか性質が悪い。
引っかかった誰かと誰かの名誉が著しく下落するが、説明してしまえば相撲で云うところのねこだましみたいなもの。切り結んでいる相手の気を、迫真の演技で他に逸らさせ、その隙に切りつけるという――つくづく、きたないとか云われてもしかたないんじゃなかろうか。
悪びれもせずにそれを使うジャキーニの神経の太さに、ちょっぴり感嘆。
しているうちに、ヤッファがてきぱきと最後のふたりを縛り上げる。
「さて、それじゃ行くぜ」
電車ごっこよろしくロープによって繋がった海賊一団は、その端を握っているヤッファに引っ張られるカタチで歩き出したのだった。
それを見たカイルとレックス、してやられた悔しさもそっちのけでふきだして、ジャキーニに恨みがましげに睨みつけられていたけれど。