ビンゴ。
と、語尾にお星様くっつけて、スカーレルは誉めてくれた。
だけど同時に、
「でもね、それはセンセたちやあのコたちが自分たちでやんなくちゃいけないことよ」
と、念を押されてしまった。
「……自分たちでですか」
さっきも似たようなやりとりしたな、と、思いながら復唱する。
「ええ。判るでしょ?」
「……はい……」
だって、自分で動いたからこそ軍人としての第一歩を踏み出したのだ。
何も云えずに行動せずに、そうしてルヴァイドとちゃんと向き合っていなかったら、きっと今の自分はいない。
「そうですね」
だから、こくりと頷いた。
かつての自分を見ているような、もどかしい気持ちをどうにかこうにか宥めながら。
下手に手を出しちゃうと後戻りできなくなるぞ、と、自分で自分を戒めながら。
――そんなふたりが今何をしてるかというと、果物泥棒のアジトがあるという、カイル一家の船が流れ着いたのとはまた別の海岸に向かう途中だ。
最後尾でこそこそと話している、とスカーレルの様子は、どうしてもおかしな目を向けられそう。
すぐ隣のヤードは他人の内緒話に口を挟まないタイプらしく、聞こえてないはずはなかろうに時折視線を向ける程度。けれど、先行しているレックスたちの振り返る回数がやたらに多いのは、遅れがちな後方を気にかけているから――というだけではないはずだった。
が、スカーレルはそれをきっちりシカトすることにしているらしい。のようにちらちらと前を見たりすることもなく、
「はい、この話はおしまいね」
と、にこやかにの肩を手で叩く。
そこに、まるでタイミングを図ってでもいたかのようなソノラの声がした。
「ちょっと、ちょっとスカーレル!」
小声の、だけどちょっと強めな彼女の声に、とスカーレルは一瞬顔を見合わせて足を速めた。
ヤードが、その後ろをついてくる。
先行一同と開いていた距離があれよあれよと縮まって、それがゼロになろうとした瞬間。
「……あ……?」
待ってくれてる一行の向こう――林の途切れた先にある砂浜を、茂みの向こうに見て。
の目は、つぶやきと同時、点々に変化していた。
「……あらあら?」
同じモノを見てるんだろうスカーレルが、いぶかしげに、けれどかなり引きつった笑みを浮かべている。
見れば、カイルとソノラも似たようなものだ。
そんな彼らを、ヤードがきょとんとして眺めている。
「難破船……!」
「それじゃ、やっぱり野盗は人間なんですか!?」
そうつぶやいたレックスとアティだけが、この状況における正当な驚愕を表現していたといえよう。
「だから云ったろうが」
しょうがねえな、と腕組みするのは、道案内と検分を兼ねて同行していたヤッファ。
「ではやはり、貴方たちの仲間ではないのね?」
と、念を押すアルディラ。
そして、後者のほうを、カイル一家総勢三名様がぐわばっ! と、振り返った。
「そんなわけないでしょ!」
「あんなのと一緒にするなよ!」
小声でがなるカイルが指さしたのは、砂浜に転がっている、彼らのもの以上にボロボロな船――――の、
青空にはためく黒い旗。それに染め抜かれた、ヒゲつきドクロ。
「…………」
そこはかとなーく記憶を刺激された人間が、カイル一家以外に約一名いたりするのだが、あいにく、誰もそれに気づかない。
「いいか、姉ちゃん。あんな趣味の悪い旗を飾るような趣味の海賊は、この海にひとつしかねえ。そしてそれは、オレらカイル一家じゃねえ」
「え、ええ……そ、そうなのね」
いつになく真面目な表情のカイルに冷や汗流して迫られて、さしものアルディラもうろたえぎみだった。
――ていうか、そんなに嫌なのかカイルさん、“あのひと”と同一視されちゃうのが。
呆気にとられてる一行のなか、が心中ぽつりと突っ込んだそのとき、
「おい、伏せろ」
ヤッファが小さくつぶやいて、の頭を抑えこんだ。
髪の毛ごしとはいえ、脳天に触れる肉球にうっとりしたのも束の間、緊迫感の混じった彼のことばに、は自ら身を伏せる。
「え?」
「誰か出てきた……」
云われるまでもなくしゃがんだレックスが、云った。
今まで船の陰にいたのだろうか、それまで無人だった砂浜に、複数の人影が現れる。
茂みの隙間から砂浜を覗き見るこちら側一行に声の届く距離まで、あちら様はわざわざ歩いてやってきたのだった。
……その顔を見て、必要もないのにますます地面とラブラブになったの耳に、同じく突っ伏したい気持ちありありなソノラの嘆きが聞こえてくる。
「あああ……やっぱりジャキーニ一家だよぅ」
やっぱりか。
やっぱりなのか、あの人影は。あの太陽に輝くお髭は。
茂みの向こうをもう一度透かし見て、、しみじみと物思い。
やはり、ここが数十年昔であることに間違いはないらしい。の記憶にあるジャキーニと、今砂浜にいるジャキーニには、年齢の開きがありすぎるのだ。
ぶっちゃけ、若い。
まだが記憶喪失だったころ、ファナンの街で初対面直後お別れとなったジャキーニは、もう壮年と云っても差し支えのないお年頃であったと思う。
それがどうだ。青年というわけではないながら、記憶に比べればはるかに今のジャキーニは若々しい。
サイジェントに飛んだときの誤差は、一年。今回は数十年。
改めて、時の流れというものを実感してしまったであった。
「仲――じゃなくて、知り合いか?」
さっきのカイルの剣幕を思い出したか、ヤッファが即座に訂正、かつ質問。
「アタシらと同じ、海賊よ」
あんまり認めたくないけど、と、ため息混じりに補足してスカーレルが応える。彼もまた、頭痛だか目眩だかが発生しているのだろう。力なく、こめかみを指でおさえている。
「なんだか知らんが、オレたちのことを目の敵にしててな。なにかっちゃあ、因縁つけて襲ってきやがるんだ」
「……災難ですね」
「判ってくれるか?」
「ええ、痛いほど」
同情を見せたに、カイルがしみじみと嘆いてみせた。
その隣で、でも、とレックスがつぶやく。
「――そんな海賊が、どうしてこの島に……?」
「同じ嵐に巻き込まれた……とか」
「あ、それはないよ。あの付近に、他の船影はなかった。それは確か」
レックスとアティのことばを、即座にソノラが否定する。
だがそうなると、“どうして”はますます肥大してしまうのだが――
「…………もう一ヶ月かのう」
「はあ、もう一ヶ月ですなあ」
期せず届いたジャキーニのぼやきと、それに応じる彼の隣にいる人影の返事に、一同、口を閉ざして彼らのほうを注視した。
そんなこちら側に気づく由もなく、ジャキーニともうひとりのやりとりは続く。
大雑把にまとめると、つまり、彼らはたちよりもずっと早くにこの島へ流れ着いていたらしい。それが、一ヶ月ほど前とのこと。しかもその原因というのが、港に停泊してたらいきなり嵐が起こって流されてしまったんだとか。
……どこかで聞いたような話だな。停泊はしてなかったけど。
「…………ねえ、ヤード……?」
なんとなく生ぬるい気持ちになった以上に、微妙な表情になっている人物がふたりいた。
幼馴染みに話しかけたスカーレルと、
「……どうやら、私のせいのようですね……」
目を閉じて、やりきれなさそうに応じるヤード。
彼らに、一同の視線が集中する。
「どういうことだ、そりゃ?」
カイルも、その事情は知らないらしい。首を傾げて疑問発信。
「追っ手との戦いで、私は剣の力を一度だけ使ったんです。が、結局制御しきれず……その時も、似たような嵐が起きたんです」
「――それってもしかして」
「いえ、さんと出逢う前ですよ。そう問題でもないだろうと、スカーレルに話すだけにしておいたんですが……」
「……ところがどっこい、被害者がここにいた、ってわけかぁ」
それがジャキーニだっていうのはいい気味なんだけど、なんだってこの島に流れ着いてんのよ。
などとつぶやくソノラの表情も、相当にひきつっていた。
一同の間に漂う空気が、少ーしずつ少ーしずつ、生暖かさを増していく。ヤードがいたたまれなさそうに、身を縮めた。結構な長身なので、縮めたところでさほどのものもないのだが。
そうしてジャキーニたちはというと、加害者が間近にいることにも気づかずに、自分たちの会話を進行させている。
――そして得た、結論1。やっぱり、果物泥棒は彼らの仕業らしい。
結論2。ジャキーニの相方もとい部下らしき男の名は、オウキーニというようだ。
結論3。ジャキーニは、お魚が嫌いらしい。
結論4。略奪行為は海賊の王道だそうだ。
ちなみに、結論3と4の根拠は、魚でも釣って食べればいいのではというオウキーニのことばに反応してジャキーニの発した、次の叫びに集約されていた。
「ええいやかましい! 略奪行為は海賊の王道じゃ! それにワシはお魚がキライなんじゃああぁぁぁぁぁ!!」
「……バカか」
「バカだわ」
頭押さえて、カイルとスカーレルがうめく。「バカ以外のなんだってのよ」と、ソノラも以下同文。
ヤッファとアルディラも、野盗がここまでバカだとは予想だにしなかったのだろう、片やこめかみに細い指を当て、片やふかふかな手のひらで額を叩き、呆れかえった仕草。
あんまりなバカっぷりに、さしものレックスとアティまでもが我を忘れたように放心している。ヤードも然り。
……さて。
そんな一同のなか、するりと茂みから抜けた人物がいた。
赤い髪がひらり、枝葉の間をかいくぐって、さんさんと照りつける太陽の下に移動する。
云うまでもないが、今やすっかり時の旅人と化したさんことである。
「あ、あんさん」
その姿に気づいたオウキーニ――改めて見れば、なかなか恰幅の良い青年であった――が、お魚への雄叫びをかましたあと放心しているジャキーニをつつく。
「ん?」
そうして、振り返ったジャキーニの視界に、青い物体が迫り来る。
「のわああぁぁぁぁああぁぁッ!?」
べちいぃぃっ!
――妙に間抜けな音をたてて、投擲されたプニムは見事、ジャキーニの顔面にヒット。
「ななななな、なんじゃいきなり!?」
「ああっ、あんさん落ちついてーな!!」
ぽよんぽよんと砂浜をはねて、見事使命を果たしたプニムがのもとに戻ってくる。慣れたもので、いちいち腕を差し伸べずとも器用に頭の上に落ち着く様はいっそ芸とも云えるだろう。
もすっかりそれに慣れてしまって、簡易トーテムポールが出来上がると同時、ゆっくりとジャキーニに向き直り。
「な、なんじゃ……? おまえ、人間か?」
この島に人間がおったのか、と、ちょっと安堵したジャキーニへ、は、ビシッと指を突きつけた――!