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【果物泥棒ふっ飛ばせ】

- おいて、いかないで -



「果物泥棒ー?」

 ソノラの素っ頓狂な声が、船室内に響いた。
 うん、とひとつ頷いて、は、帰り道すがらいただいた果物にかぶりつく。行きにユクレス村でもらったのとは別、船のみんなへのお土産。
 しゃりしゃりしゃり……と、きれいに皮をむいているのはスカーレルだ。手慣れたもの、というか、上品、というか。
 形よく切りそろえられた果物たちは、テーブルの中央の大皿に。
 一部の行儀の悪い人間を除いて、待機していた数名の手が、一斉にそれに伸びた。
「なんでも……幻獣界、集落、と、鬼妖界、集落、の、間、の、畑、の、果物」
「――が、何度も奪われているんだそうです」
 と同じく果物を丸かじりしていたレックスの、途切れ途切れなことば尻を奪って、アティが続ける。
 スカーレルと並んで果物を切りそろえていた彼女の手には、かわいらしいうさぎさんもどき。
「聞くところによると、犯人はおそらく人間だろうということです」
「てぇと……帝国軍か?」
「いや、いくらなんでも、そこまでセコいことしてるとは思いたくない」
 第一果物をかっぱらわなくても、この島には自然の恵みがそれこそあちこちにあるんだから。
 そう云うレックスのことばに、数名が同意。
「ともあれ、その犯人を発見し、場合によってはこらしめるのが、わたしたちへの依頼なんです」
「それで、センセたちはなんて云ってきたのかしら?」
 まあ、アタシたちにこんな話を持ちかけてる時点で、予想はつくけど。
「うん……みんなの意見も聞いてみないと判らない、って、保留させてもらったよ」
 もしかしたら戦いになるかもしれないし、俺たちの独断で決められることじゃあないもんな。
「貴方たちは、いつでも独断ばかりでしょうに……」
 苦笑いを浮かべたレックスから少し離れた席で、小さなつぶやきがこぼれた。
 まだ声変わりもしてない、幼い少年の声。
 だけども、なにやら刺々しいものを含んだ声に、場の温度が一気に下がる。体感温度、氷点下。
「ウィル君?」
「…………」
 気がかりそうにかけられたアティの声は、だけど、そっぽ向いて拒否された。
 しかも、それはウィルだけじゃない。
 ナップもベルフラウもアリーゼも、どことなく不安……というか、ご機嫌斜めに見える。
「どうかした?」
「――なんでもありませんわ」
 首をかしげたのことばに、つい、とベルフラウが席を立つ。
 行きましょう、オニビ。そう云って、彼女は扉に向かった。
 そのあとを、ちょっとあわてたアリーゼが追いかける。キユピーももちろん。
 そして、無言のまま、ウィルとナップがこちらは反対側の扉から。
 女の子ふたりが船室へ向かうほうならば、男の子ふたりは舳先へと向かうほうの扉だ。
「ナップ君、ウィル君!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
 子供たちの不意の行動に、あわてたのはアティとレックスだ。
 がたがたっ、と、一際大きな音を立てて椅子を蹴倒し、それぞれ子供たちを追いかける。
「…………」
 呼びかける二人の声と足音が、だんだん遠くなる。
 子供たちの声が耳に入らないのは、よほど応答が小さいのか、ことごとく無視しているのか。
 判断に迷ったころ、
「――しょうがないわねぇ」
 立ち上がったスカーレルが扉を閉めつつ、苦笑混じりにそう云った。
 つられて、は反対側の扉を閉める。
 閉めて、それからスカーレルに疑問符。
「しょうがない、ですか?」
「ええ」
「何がよ? 今のって、あいつらが勝手に癇癪起こしただけじゃないの?」
 ソノラのことばに、だけど、スカーレルの苦笑は深まるばかり。
「それは、アタシらがどうこう云うことじゃないわ。センセとあのコたちで解決しなきゃ」
「……そういえば、そうかも」
 工船都市だか軍学校だかに着くまでに、たしかあの子たちと信頼関係築けなかったら、家庭教師の話自体立ち消えになるとかなんとか、最初に云ってた覚えがある。
「それじゃあ、先生たちの方はおいといてだ」
 つ、とカイルが椅子と一緒に半身を引き、空いた片手をテーブルに置く。
 握りしめられたそのこぶしには、いつになく力が入ってるようだ。
 ついでに云うなら、彼の表情は何かを楽しんでさえいる。
「果物泥棒退治の件だ。どうする?」
「どうするもこうするも、ないじゃん?」
 兄の問いに、ソノラがにんまり笑って云った。
「ええ。これは覚悟を決めろってことでしょうしね」
 ふふ、と妖艶にスカーレルも笑う。
「必要とあらば、助力は惜しみません」
 手にしていた紅茶のカップを音も立てずに皿に戻し、ヤードもこくりと頷いた。
 それで、海賊一家の方針は決まったらしい。
「んじゃまあ、訊くまでもないと思うが――」
 それから、カイルがを見る。
 この話を持ってきたレックスとアティにそもそも同行してたは、彼らに負けず劣らず、にんまり笑ってみせた。
「がんばります」
「ぷいぷぷー」
「よし! それでこそオレらの客人だ!」
 の返答とプニムの気勢。
 それを見て、満足げにカイルがうなずいた。
「アニキ、それってどーいう意味よ」
「戦いから逃げるような客人は、ウチの船には要らないってコトでしょ」
 船長の背後で行われた、ソノラとスカーレルのそんなやりとりに。
 それじゃあなにか、戦いを拒否してたら自分たち放り出されたんかい、と。
 思わず顔を見合わせた、さんとヤードさんでありました。


 そんなこんなで、レックスとアティの帰りを待つことしばらく。
 結局子供たちと話し合うことは出来なかったらしく、ふたりは気落ちして戻ってきた。
 果物泥棒の件を引き受ける旨を伝えたら、即座に準備にとりかかったものの、やはり表情は冴えない。
 なんでも、子供たち、部屋に閉じこもって徹底抗戦の構えらしい。
 鍵をかけられてしまってはどうしようもないし、扉の向こうから呼びかけても結局応じてくれなかったのだとか……




 そうして気まずい夜を過ごし、微妙な朝を迎えて。
「……あー。えっと、あたし、あの子たちに出かけること伝えてきましょうか」
「うん、お願いしていいかな?」
 泥棒対峙のため、いざ船を後にする段になって。さすがに再挑戦はしづらかろうと提案したに、レックスは苦笑まじりにうなずいた。
 あれから、食事など必要なとき以外、子供たちはちっとも部屋の外に出てこない。最低限のことしかしゃべってくれないし、ならば膝突きつけて話をしようと追いかけても、すたこら部屋に戻って鍵をかける始末。
 完膚なきまでに無視しようとしてるのなら実力行使も出来ようが、話しかければそっぽ向きつつも答えるため、なんとなく強気に出づらいようだ。
 カイルたちは、そのへんはレックスとアティに一任しているらしく、横から口を出すようなことはしない。普通に過ごし、子供たちともある程度会話している。どちらかというと、もその部類だった。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
 一度降りた船に、は再び舞い戻る。
 ちらりと見た砂浜では、なにやらスカーレルに慰められているレックスとアティの姿が見えた。
 閉ざされた空間だからか、それとも木という材質のせいか。
 今日に限ってやけに大きく聞こえる足音と一緒に、子供たちの部屋の前に到着。

 ――とんとんとん。

 力を入れたつもりはなかったけど、ノックの音も、心なしいつもより大きい。
 住人があらかた外に出た船のなかは、ひたすら、しんとした静寂に満ちているせいか。――いや、この向こうには子供たちがいるはずなんだけど。
 …………
 ……………………
「もしもーし」
 少し待っても返事がない。だもので、扉の向こうに呼びかけてみた。
 それから、意識を澄ます。
 かたまっていた4つの気配が、もぞもぞと動くのが判った。
 うちひとつが、扉の前にやってくる。
?」
「あ、その声はナップくんね?」
「……ああ」
 こっくり、頷く気配。
 思っていたよりも幾分やわらかな声に、少し安堵して先を続ける。
「えっと。今から、果物泥棒退治に行ってくるね?」
 ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるから、船の外には出ないようにお願いね。
「――アンタら、全員で行くのか?」
「うん。まあ、人手が多いにこしたことはないし」
 集団で畑を荒らすって情報もあるから、少なく見積もっても両手の指分は越えているはずだ。
 となると、戦力の出し惜しみは愚策だろう。
 なによりも、ここでそんな躊躇してたら、島の者たちの信頼は得られまい。
 ――そんなしょーもない打算めいたこと、果たしてレックスたちが考えているのかは、はなはだ疑問なのだが、
「オレたち、また留守番か?」
「―――――――――」
 そんな疑問も吹き飛ばすナップの声に、は。

(……あ――――)

 なんとなく。
 判ってしまった。
 察してしまった。

 おぼろげに思ってた感覚は、やっぱり間違ってなんていなかった。
「ナップくん……」
「いーよ、別に。さっさと行ってこいよ」
 おとなしくしてりゃいいんだろ?
 の声に混じった戸惑いを察したか、それとも、詰問するつもりはなかったのか。
 それを最後に、小さな気配は、すたすたと部屋の奥に戻ってしまう。
 最後のことばと扉の向こうから届く雰囲気は、不満と不安――それによって生じる、拒絶で覆った願望。


 ――おいていかないで。


 デグレアは、旧王国最大の軍事都市。
 戦いが途絶えることはない。
 いや、デグレア自体に攻め込まれたことはないはずだ――崖城都市の名は伊達ではないのだから。
 そして、そのデグレアの保有する軍隊のなかでも、あの人の率いる部隊はいつも、何かといっては戦地に赴いていた。
 今思えば、それは、ルヴァイドの望んだことであったのだろうし、レイムが手を回したことであったのかもしれない。
 ただ。
 彼を説き伏せて、軍人になろうと決意する前、いつも、はその背を見送っていた。

 途絶えることのない雪に、視界がけぶる。
 叩きつける白の向こう、遠ざかっていく黒い鎧の一団を――それを率いる人の姿が消えるまで。消えてしまっても。
 見送るだけが、当時の自分に出来たことだった。

「いってらっしゃい」
「ああ」
「…………」
「どうかしたか?」

 ――おいていかないで。

「なんでもないです」

 それは、ただの我侭だと判っていたのだ。
 だから見送った。
 結局我慢できず、隣に並ぶためにひたすらがんばるのは、まだ先のこと。
 そのときは、ただ。
 遠くなっていく背中に、手を伸ばせなくて。かといって、隣にも立てなくて。
 そんなもどかしい思いだけが胸の中でうずまいて、ずっとずっと、見送ってた。

 ――おいていかないで。

 ただその一言が、云えないままで……


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