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【はぐれものたちの島】

- 廻り終えて -



 ようやっと4つの集落をめぐり終わって、さあ集いの泉に戻ろうとしたときだ。
「あれ?」
 ――と、それを見つけたのはレックスだった。
「なんだろう、あれ。あっちにも何かあるんじゃないか?」
「ん……そうみたいですね?」
 弟の指さすほうを見て、アティも頷く。
 なんだなんだ、と、とヤードも足を止め、身体の向きを変えた。
 目の前には、適当に茂った木立。
 その木々の奥、枝葉に遮られた向こう側に、かろうじて見えるのは何かの建造物のよう。
「ぷい、ぷー」
 不意に、プニムがの頭から滑り降りた。
「ぷぷぷぷ、ぷぅいー」
「なに?」
 地面に降りたプニムは、耳ででっかい輪をつくる。
 そして、ちっこい手を振り回す。ぶんぶん、ぶぶん。

 ……意味不明。

 遠い目になったを見て、その思うところを察したのだろう。
 プニムは輪を解くと、ぺちぺち、の足をたたく。
「ぷい、ぷっぷぷー」
 そして、そのままくるりと方向転換し、木々の向こうへ歩き出そうとした。
 ――が。
「あー、そっちはだめですよう」
 かわいらしい、でも制止を込めた妖精さんの声と、
「やめておきなさい」
 鋭い女性の声が、プニムにつづこうとした一同の足を止める。
 片方はマルルゥ、もう片方は――云うまでもない。
 どうせ同じ場所に向かうのだから、と、ラトリクスから同行したアルディラだった。
 さきほどまでの温和な表情はなりをひそめ、メガネの奥の双眸が、強い光を宿している。
 それは、プニムの示すほうへ向かおうとする一同を、その場に縫い付けるだけに充分な威力を備えていた。
「その奥は、昔この島が実験場だったころの施設の跡があるのよ」
 戦死した者の亡霊や、暴走したままはぐれになってしまった召喚獣、そんな者たちの溜まり場になっているの。
「――私たち護人でさえ、無断では近づかない掟になっているわ。貴方たちならば、いわずもがな……判るわね?」
 そうして告げられる、そのことば。
 とつとつと語る、その口調。
 何よりも、強い嫌悪に似たものを抱くアルディラの表情に。
 たちは、それ以上進むことも、ましてやことばの意味を問うこともできなかった。
「……立入禁止、ということでしょうか」
「ええ、そうよ」
 出来れば、護人でさえない貴方たちには、足を向けて欲しくない場所。
 ヤードの問いに応えるアルディラを見、それから、一行を見渡して。
「ぷ」
 進もうとしていたプニムはあるのかないのか判らない肩を落とすと、しょんぼりとの頭によじ登ってきた。
 ぐてっ、と、ふてくされたように溶けるプニムをつっつくと、ちっちゃく反応して生存証明。
 歩き出したレックスたちのあとを追いながら、は、そんなプニムにこっそり話しかけてみる。
「ねえ、なんであたしたちをあっちに連れて行こうとしたの?」
「ぷぅいぷぷーぅ」
「…………」
 ……もちろん、答えなど得られるはずはなかったのだが。

 そうして、再び歩き出した一行の最後尾。
「――――」
 つと振り返ったアルディラの目は、木々の向こう――その先にそびえる何かを見透かすかのように、遠い光を宿していた。
「……今はまだ……」
 そのつぶやきの意図を、誰も知らない。
 耳にする者もないそれは、「アルディラさーん?」そう、呼びかける声がかき消した。
「ごめんなさい、今行くわ」
 苦笑して、彼女もまた歩き出す。
 最後にもう一度、名残惜しげに木々の向こうをすがめ見――
「ぷ」
「……あら?」
 いつの間に、あの少女の頭から降りたのだろう。
 青い軟体動物もといプニムが、アルディラの足元から彼女を見上げていた。
「どうしたの? は行ってしまったわよ?」
「ぷーぷぷ」
「……ふふ、迎えに来てくれたの?」
 かわいらしく首を傾げる仕草にほだされて、アルディラはプニムを抱き上げた。
 十数メートルほど先では、今しがた名を挙げたばかりの赤い髪の少女が佇んで、一人と一匹を待っている。
 だが、アルディラは動かない。
 プニムを抱き上げた姿勢のまま、目を虚空に留めて凍りついている。

 ……ジッ、
 …………ジジッ、

 …………ッ――――、

 近頃。始終途切れることのなかった音が、ふっと薄れる。
 代わりに届いてきたのは、ずっと届いていたはずの、なのに、うんと久しぶりに、甘く、胸を震わす声。

 ……見つけてくれ

「――――っ」

 ……間違えないで、間違いを、続けないで

 いつもと同じ。音。
 いつもと同じ。声。
 ――いつもと違う、メッセージ。
 何故?
 問いは形にならない。
 こちらから投げかけるそれは、いつも届いて返答があったのに、何故か、今はそんな兆候がない。
 ならば無視すればいい。
 だって、応じてくれないなんてこと、ないのだから。
 あの人が私にいらえを返さないなんてこと、なかったのだから。

 では。
 これは偽者なのだと。
 ――確定させることが出来なかった。彼女の思考は。それを。

 理屈で。演算で。
 割り切れぬ部分の自分が、あの人なのだと主張している。
「……そんなこと……ないわ」
 だって、全然違うじゃないの。
 ぎゅ、と、腕のなかのプニムを抱きしめる。
 ……全然、今までと違うじゃないの。
「どうして……」
 プニムはちょっと苦しそうにしたけれど、黙ってアルディラの腕のなかにおさまっていた。心地好い柔らかさに、少しだけ心が慰められる。
「アルディラさーん?」
 彼女の行動に首をかしげたらしい少女の声は、さっきより大きい。
 下草を踏みしだきながら、近づいてくる足音がした。
 彼女に知られるわけにはいかない。
 ならば、無限循環に陥りそうな思考は、一度破棄。途中停止。過程を保存したあと、再起動。
 ――思考、停止。
「どうして――」
 感情を制御するそれが止まった瞬間、アルディラ自身が知覚せぬまま、彼女の口からことばが零れた。
「間違いだなんて……云わないでちょうだい」
 ――思考、再開。
 そのとき、少女がアルディラの目の前に辿り着いた。
「どうしたんですか? その遺跡って、何か身体に悪影響が来るんですか?」
 ずっと俯いていた理由を、そう予測したらしい。
 翠色の双眸で、少女は、心配そうにアルディラを見上げていた。
「いいえ、ちょっとね。あの遺跡を考えたら、嫌なことをどんどん思い出してしまって」
 重ねて問いが来るだろうか。身構えたけれど、少女はそうしなかった。
「……そう、ですか」
 沈痛な面持ちでつぶやいて、そっと、目を伏せる。
「……歩き出せないくらい……辛かったんですね」
「――――」
 その表情に、息を飲んだ。
 レックスたちとは別の意味で、どこか図太く見える少女――の内側を、垣間見たような気がしたのだ。
 喪失の。
 痛み。嘆き。慟哭。
 ……押し込めた壁の、脆さ。
「行きましょう、アルディラさん」
 だけどすぐさまそれを消し、はアルディラに手を伸ばした。
 きっ、と持ち上がった翠の双眸は、強く――懐かしく? 赤と緑、その色彩のせいだとは単純に決め付け難い。
「え……ええ」
 そっと乗せた手のひらは、自分と同じか少し小さいのではなかろうか。
 男性ほどではないけれど、かなりごつごつとした、やわらかみに欠ける少女の手のひらは――だけども、今のアルディラにとっては何より確かに、彼女を外界と結ぶものだった。

 ――それでも、きっと、進まなくちゃいけないんです

 前を見つめる翠の眼。
 それは、彼女を振り返ることはなかったけれど。
 何故か、アルディラは、が自分にそう云っているように……思えた。



 そんなこんなで、一部どたばたあったものの。
 戻ってきました集いの泉。
 それぞれの集落で迎えてくれた護人たちが、やはり、思い思いの場所で待っていた。
 まず、普段どおりに戻ったアルディラが、率先して中央へ向かう。
 続いてマルルゥ、レックス、アティ。ヤードに+頭に乗ったプニム。
 通路の関係上、ひとりふたりが並べば幅一杯なのだ。子供なら、3人ほどだいじょうぶかもしれないが。
「――ん?」
 いちばん最初にまわった集落の護人、つまりヤッファがこちらを見て、怪訝そうに首を傾げた。
「おい。ひとり増えてねえか?」
「はい、増えました」
 の隣のヤードが、少し気まずそうに苦笑する。
「狭間の領域で、ヤードさんの力が必要だったんです」
 くすくす、笑みこぼしながらアティが云う。
 ヤッファから少し離れた場所にいるファルゼンが、ぎこちない動きで視線をあさってにそらした。
 狭間の領域のあとに回ったはずの、風雷の郷の護人キュウマは、特に何かしら云う様子はない。
 そういえば、郷に行ったときすでにヤードが増員されてたわけだが、それについて訊かれはしなかった。
 ……実は、が和風と畳へ喜びのコンボアタックに突っ走ったため、それらを疑問に思う間もなかったとか、なんとか。
 真相は本人のみぞ知る。
 ともあれ、これにて一巡り。
 カイルたちが出てきてない、という人的問題はあるものの、これでレックスたちもある程度島の様子を知ることが出来たし、島の住人たちにこちらの顔ぶれの一部を知ってもらうことが出来た。
 そうしてその接触も、どちらかといえば友好的にすませることが出来た。
 うん、それは間違いない。

 だがしかし。
 さあ、それではこれから仲良くやりましょう――というには、ちょっとばかしの問題と課題が、一行の目の前には立ちふさがっているのであった。


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