TOP


【はぐれものたちの島】

- ラトリクス -



 キュウマとミスミの見送りを受け、風雷の郷を後にして、辿り着いたはラトリクス。
 周囲の緑溢れる森とは一線を画したその集落は、いたるところ金属ばかり。
 材質が材質のせいか、硬質な印象を受けることは、否めない。
 また、これまでの集落と違って、人気がない。
 ユクレス村や風雷の郷とは正反対。
 また、狭間の領域のように、姿はなくともそこかしこから感じた息吹や気配さえ、ない。
「……すごいですねえ」
 空を貫かんとばかりにそびえる建造物の幾つかを見上げ、アティが感嘆の声をもらした。
「わたしたちの暮らしてた帝都ウルゴールにだって、あんな大きな建物はありませんでした……」
「えっへん。ここのみなさんは、工作がとーっても得意なのですよ!」
 意味なく胸を張って、マルルゥが答える。
 ほら、と、そのまま彼女はとある方向を指差した。
「……あ……」
「01DFAC……」
「あっちでもですよ」
「ABOCDD……」
 人の気配がないのも、当然だった。
 機界ロレイラルの集落、ラトリクス。その名のとおり、ここは機械たちの集落なのだ。
「壊れた建物などを、修理しているようですね」
 機械の動作を注視していたヤードが、心持ち目を細めてつぶやいた。
 そこから少し離れたところを、レックスが指さす。
「じゃあ、あれは何してるんだ?」
 その場所にはやはり、数体の機械が集まっていた。
 ただ、他の所のものとは違って、何かの作業をしているようには見えない。
 端子のようなものを伸ばしてじっとしているものや、溜め池らしきくぼみにホースだかポンプだかを突っ込んでるものや。
「あー……もしかして、エネルギー補給?」
「そうそう、そうなんですよー」
 のことばに、ぱちぱち、マルルゥが拍手する。
「機界のみなさんは、ビリビリや黒い水をゴハンにしてるです。あそこに行けば、いつでも、好きなだけゴハンがもらえるんですよ」
「電気やオイル?」
「そうです! メガネさんも、そう云ってました!」
 さんって、もしかして、ラトリクスに詳しいですか?
 マルルゥの目が、きらきらと尊敬をまぶして輝いた。
 妙にくすぐったいような気持ちになりながらも、は、左右にかぶりを振る。
「あたしのいた世界も、そういうの発展してたから……ロレイラルほど、極端化はしてなかったけど」
「へえぇ、そうなんですかあ」
「でも、風雷の郷みたいな場所もあったんだよね?」
 なんだか、の世界って結構ごちゃまぜなのかな?
 的を射たレックスの意見に、は、笑ってうなずいた。
 さすがにサプレスみたいな場所はないけど、と、念のため付け加えたところに、再びマルルゥの声がする。
「それじゃあ、皆さん、行きましょう! メガネさんとお人形さんが、あっちのおうちで待ってますよ!」
「……人形?」
「逢ってみての、お楽しみですっ」
 メガネさん、は判る。
 先日から何度か逢った、この集落の護人、アルディラのことだろう。
 だが、初めて聞く“人形さん”に首を傾げたのは、だけではなかった。
 怪訝な一行の問いをあっさり一蹴し、マルルゥはうきうきと飛んでいく。
 ……まあ。
 行けば判るか、と。
 そう納得した残り全員が足を踏み出したのは、ほんの数秒後であった。



 なるほど、たしかに“人形”ではある。
 アルディラの隣に佇む少女――の形をしたそれを目にしたとき、一行が抱いた感想はそれだった。
 整った、かわいらしいと云える顔つき。華奢に思える手足。どこか、遠い明日の大事な友達……トリスを思わせる相貌。
 一見してそれは、どこにでもいそうな少女だ。
 だがその少女は、アルディラとレックスたちが簡単な挨拶を交わし、ついでにヤード増員の理由を話したあと、一礼とともにこう自己紹介したのである。
「はじめまして。従軍看護用機械人形・通称フラーゼン。形式番号AMN-7H・クノンと申します。クノン、とお呼びください」
 以後、お見知りおきを。
 実になめらかな動作に反して、彼女の声には抑揚というものがなかった。
 淡々と、というよりは、すでに平坦大平原、な口調である。
 敵意もないが好意もない。なんとも、雰囲気に対する反応をつくりにくい。
「はじめまして」
 ぺこり、と、アティが頭を下げる。

「わたしはアティです。こちらがレックス。それから、ヤードさんとです」
「かしこまりました。レックスさま、アティさま、ヤードさま、さまですね」

「「…………」」

 一同硬直。
「いや、俺たちのことも呼び捨てしてくれていいよ?」
 カイルたちがさんざん云っていた、『“さん”付けはむずがゆい』発言の意味が、いまごろ判った気がする。
 いち早く立ち直ったレックスがあわててそう注釈したものの、
「かしこまりました、レックスさま」
「かしこまってるけどかしこまってない……」
 しれっとつぶやいたクノンに、思わず届かぬ裏拳ツッコミなどかましたの耳に、クスクス、品のいい笑い声が聞こえた。
「この子に人間的な反応を期待しても、無駄というものよ。仕様の問題だもの」
「……“人形”だから、ということですか?」
「ええ、そういうこと」
 ヤードの問いに、ゆっくりとアルディラはうなずく。ちょっとだけ苦笑に似た、笑みのまま。
「でも」
 が、すぐに、それは怪訝なものになって、ことばを発したの方を振り返った。
「無駄とかじゃない、と、思うんですけど……」
「あら。どうしてかしら?」
 この子はまだ、より人間らしくといった感情の発露を促すような機能が、スムーズに動いているとは云い難いのよ?
 そう云って、アルディラは、身体ごとに向き直った。
 ちょっと覚えの悪い生徒を諭すような、そんな感じだ。しょうがないわね、と云われてるような。
「……あたしの友達……ううん、家族。家族が、機械兵士で」
「――――えっ!?」
「機械兵士……!?」
「家族って、、まさかロレイラル人!?」
 動揺を露にしたアルディラにつづいて、ヤードの目がまん丸くなる。ついで、レックスとアティが、を上から下まで眺め回した。
 平然としているのは、クノンくらいのものだ。
「レックスさま、アティさま。失礼ですが、機械兵士に生殖機能はありません」
 さまが仰っておられるのは、違う意味ではありませんか。
「そうですよ。あたし、人間ですってば。召喚されて拾われたあと、彼がそこにいたんです。……それで、ずっと一緒に……」
「……それで、家族、ですって?」
「はい」
「何か、それらしいことを、したというの? ……機械兵士が?」
「はい。――たくさん、たくさんのこと」

 覚えてるんだよ。ゼルフィルド。
 あなたのしてくれたこと、あなたと一緒に暮らした日のこと。
 何度か戦った記憶だって、ちゃんと、覚えてるんだよ。
 あなたが、レオルドを通して見せてくれた記憶だって。

 ……あのときの痛みだって。
 まだ、消えてなんかないんだよ……?

 知らず、ポケットを探った手のひらに、小さな小さな塊が触れる。正確には、それを包んだ袋ごしに。
 握りしめても、暖かさなんてないけれど。
 これは、冷たい金属のかけらだけど。
 これは、あたたかかった、彼のかけら。
「えっと……だから、ですね」
 ひとつ首を振って、胸ににじんだ熱を振り払った。
「機械だから、とか、人形だから、とかだけじゃ、すませられないものってあると思うんです」
「――そう……そういう実例もあるの……」
 記憶しておくわ。
 ふわり、アルディラが微笑んだ。
「貴重な話をありがとう。……、だったわね」
 そういえば、この間助けてもらったお礼もまだだったかしら。
「アルディラさま、この間、とは?」
「ああ、あなたにも話したでしょう? ――帝国軍人とやらが、島を襲っていたときのことよ」
「あのときの……夜、のことかな」
 レックスのことばに、アティがこくりと頷いてみせる。
「そういえば、帝国軍の人たちはどうしてるんでしょうね。……船は、ないはずですし」
「大人しくしてくれるなら、こちらとしてもありがたいわ」
 苦笑混じりに、アルディラが応じた。
「また出てきたら叩き潰せばいいだけだとしても、無用ないざこざは望むところではないもの」
「……思ったより物騒ですね、アルディラさん……」
「あら。そうかしら?」
 そう云うアルディラの表情には、嘘や芝居ではない疑問符が浮かんでいて。
 つぶやいたのみならず、見ていた一同、返事のしようがなかったのであった。


←前 - TOP - 次→