待つことしばし、証拠到着。
瞑想の祠に居座って下手に刺激してもなんなので、狭間の領域の入り口に待機場所を移動してたは、走ってくる4人を見て、
「……やっぱり」
と、つぶやいていた。
レックスとアティを、マルルゥが先導してる。その光景に変わりはない。
だけど、その後ろ。
あまり体育的なことは得意でなさげなヤードが、息をきらしてついてきている。
「――彼が証拠なのですか?」
「わあ!?」
てっきり瞑想の祠で待機してるもんだとばっかり思った人物の声が背中側でして、は文字通り飛び上がった。
口から飛び出しかけた心臓を飲み込んで、振り返る。
「フ、フレイズさん……」
ファルゼンさんはともかく、フレイズさん、“悪魔”に近づいてだいじょうぶなんですか?
「……間違いもない悪魔の気配ですからね、いい気持ちはしませんが」
ファルゼン様が、あなたと彼らを迎えに行くと仰ったのです。付き添わぬわけにはいかないでしょう。
ため息混じりに、フレイズは答える。
それに、と、付け足して、天使は傍の草むらを示した。
「気づいていないようですから、お教えしますが……御覧なさい」
「はい?」
レックスたちの到着を、まだかなまだかなと待っていたせいか。
それまでちっとも周囲に気を払わなかったは、改めて、フレイズの示した箇所に視線をめぐらせる。
「……あー」
草むらから、ぴょっこり覗いた三角帽子。かわいらしい、大きなお星様模様。
もじもじと、黄色い丸っこい身体を覗かせていたのは、ポワソだった。
その隣には、ペコ。オレンジとピンクのあいまった、かわいらしい浮遊生物。
それらの色違いも、数体。たしか、ポワソの色違いのアレは、ポワルージュとか云ったっけ?
「わー、わわー。おいでおいでおいでー?」
首だけ振り返ってた状態から、上半身をひねって彼らのほうを向く。
傾いだ身体を片手で支え、空いた方の手で手招いてみた。
ぱ、と。
もじもじしてた、いちばん先頭にいたポワソが、表情も晴れやかに飛び出してきた。
ぷかぷか浮いた身体で宙を滑り、の広げた腕のなかに飛び込んでくる。
霊体だからさわり心地はどうかと思ったが、これはこれでなかなか。ひんやりしていてほどよくやわらかく、いい気持ち。熱を出したときにはもってこいかもしれない。
「かわいいかわいいかわいいー」
「ぷいぷぷぷー」
「あ、プニムも来たんだ」
船で待っててねって云ったのに。
次々タックルしてくるポワソやペコに混じって、プニムがの頭に乗った。
どうやら、レックスとアティについてきてしまったらしい。
「ごめんなさい、あなたが困ってるって云ったら、聞こえちゃったみたいで」
やってきたアティが、申し訳なさそうに告げる。
「お待たせしました、フレイズさん。証拠をつれてきましたよ」
「…………なるほど、……悪魔でない証明、とは、そういう、こと、でしたか」
息を切らしたヤードに肩を貸しながら、レックスがフレイズに話しかけていた。
ざっと事情を聞かされただけだったらしいヤードも、事情が飲み込んだようだ。
誰に云われるまでもなく懐を探り、取り出したるは紫色の召喚石――“”と名前入りの。
なんか、日本語でばっちり刻まれてるのを見ると、情けないやらおかしいやら。
誰に読めるものでもなさそうだから、別にいいといえばいいんだけど。
「詳しい説明は省きますが、これは、彼女と誓約した石になります」
いいですか?
石を手にしたまま、ヤードがを見る。
ふたりの距離は、おおよそ数メートル。意図を察して、はうなずいた。
プニムを頭からおろすと、ポワソたちにも離れるように告げて、数歩あとずさる。
どう見ても、一動作では詰められない距離だ。
それを確認して、ヤードが召喚術の動作を始めた。
「――古き英知の術により、ヤード・グレナーゼが汝の力を請う」
交わされし誓約において、汝、我が声に応えよ!
迸る紫の光。
そして、の身体を、同じ色の燐光が覆う。
「……ナント……!」
ファルゼンの、おそらくだが、珍しく動揺を露にした声が、遠くから聞こえた。
またたきひとつ、するかしないか。
その間に、はヤードの隣に移動していた。むしろ、転移と云ったほうがいいかもしれない。
「まさか、そのようなことが……!?」
「通常の召喚術では、まずあり得ないでしょうが――この場合は、例外中の例外です」
いつかも聞いたような説明を、ヤードが繰り返した。
「……カノジョハ、タシカ、ナモナキセカイト……」
「……それと関係があるのでしょうか……?」
ヤードの手から石を借り受け、フレイズとファルゼンが、しげしげとそれを覗きこむ。
「それに……たしかに、これはサプレスの文字ではありませんね」
私の知るかぎり、四界のどの言語でもなさそうです。
そう云って、フレイズが、なんとも気まずい表情になった。
「石に刻まれるのはそれぞれの真名……」
つまり、これがサプレスの文字でない以上、彼女は、悪魔とは違う存在ということになる。
「てっきり、悪魔がみなさんを騙しているのだとばかり思っていましたが……」
「じゃあ!?」
喜色ばんだレックスとアティに、けれど、天使はかぶりを振った。
まだ思うところがあるのか、その視線はに固定されている。
「……ですが、あなたがその身にまとっているのは、紛れもなく悪魔の気配」
そのことについては、どう説明なさるのですか?
フレイズの剣幕はまだ荒いが、にしてみれば、ああやっと説明するチャンスがきた、との喜びのほうが大きい。
「友達のですね――あ、暮らしてた場所の友達なんですけど。彼女の護衛獣が、悪魔なんですよ」
「な……悪魔を護衛獣に!?」
そのご友人とやらは、いったい何を考えているのです!?
非難轟々。
心なし、ヤードも目を丸くしている。
たしかに、手のかかる、どころか厄介を引き起こしかねない悪魔を、好き好んで護衛獣にすえる者はそういないだろう。
だって、それが、まったく知らない他人のことなら、周囲と同じ反応を示したかもしれない。
でも、は知っている。
最初のうちどうだったか知らないけど、とにかく、トリスとバルレルとレシィは、ちゃんと互いを認め合ってる。
ちゃんと、自分はそれを知っている。
だから、胸を張ってこう云うのだ。
「人間でも天使でも悪魔でも、お互いに友達で相棒だと思ってたら、それは立派に理由になります」
――現実として、今挙げた種族がの帰る場所には揃ってるというのが、なんとも笑えるのだが。プラス融機人と機械兵士と獣人と妖狐も。
「そんな……感情論ではないですか」
「その感情が、大事なんじゃないですか?」
わたしはが好きですし、この島の皆さんと仲良くなりたいと思ってます。これが、感情ってことですよね?
「うん。俺もアティに賛成」
「マルルゥもです!」
「……ソウ、ダナ」
レックスがにっこり頷いて、マルルゥが元気に両手を振り上げた。
嬉しい予想外で、ファルゼンもが深々と兜を上下させてくれる。
それから、ヤードが追い打ち。
「……そうですね。互いが互いと信頼を結んだのなら……それは、理想的な間柄でしょうね」
「――――」
民主主義的数の暴力に則るなら、ここで勝負はついたはずだ。
だが、これは、意見の押し付けをするための話し合いじゃない。フレイズに、がとりあえず無害な存在であると認めてもらうためのもの。
そうしてその天使はいまだ、難しい顔で考え込んでいる。
もう一押しか。
何かことばを探そうと、が頭を回転させたとき。
「ぷい」
再び頭によじ登っていたプニムが、すとんと地面に滑り降りた。
「ぷい、ぷ」
「ぽわ?」
「ぴゅい?」
ちょいちょいと手招くのは、さっきまでにまといついてたポワソやペコたちだ。
傍で見ている一行にはいまいち理解出来ないが、彼らの間では、なんとかだろうけど意思疎通が図れるらしい。……プニムの舞う身振り手振りが、普段見るものより抑え目だし。
以下数十秒ほど、「ぷ」「ぽ」「ぴ」と、なんとも朗らかな音のやりとりがつづいた。
そうして、それが終わったとたん。
「ぽわ!」
「ぴゅいー!」
プニムの話(?)に耳を傾けていたポワソとペコが、がばっとフレイズに突貫。
「わぷっ!?」
丸っこいやわらかい物体ふたつから顔面に貼りつかれ、さしもの天使も体勢を崩す。
こら、レックス。アティ。笑うな。
それからポワソとペコは、なにやら声を潜めてフレイズに耳打ちを始めた。
いや、心配しなくても、こちらの一行、キミたちの言語は通じないんだけど。
ファルゼンの雰囲気が、どことなくいぶかしげなのは――たぶん、たちと同じような心境だからだろうか。
顔色の読めなさ、感情の推し量りづらさは、なんというか、機械兵士レベルだ。
――そして。
息苦しさか圧迫感か、それとも間抜けな姿にか、じたばたしていたフレイズの動きが止まった。
「……なんですって!?」
ぺいっ、とポワソ&ペコをはねのけて、天使はを凝視する。
「なにが……?」
「……失礼!」
づかづかづかッ。
真剣な形相で、フレイズはこちらとの距離を縮めて。けっして触れようとしなかったの腕を、一瞬のためらいののち、掴む。
ちょっとした痛み程度は覚悟したものの、配慮はきちんとしてくれたらしい。
形良い指と手のひらの、少し体温低めな感覚が伝わってきた程度。
「…………信じられない…………」
数秒の沈黙と硬直のあと、フレイズが、やっと口を開いてそう云った。
搾り出すような声音に、一同も、なにやら尋常じゃなさげなものを感じ取る。
「ど、どうしたんですか?」
「……」
戸惑いもあらわな、レックスとアティのことば。
「さんがどうかしたですか?」
不安げに、マルルゥがふたりの周囲を飛び回る。
「……ぷい」
でもって。
おそらく、発端であろうプニムが、よじよじとの頭上に登って落ち着いた。
と同時、フレイズが大きく息をつく。
「……信じられない」
もう一度繰り返す彼の声には、けれど、先刻までの険がなかった。
そのままフレイズはの腕を放し、一歩退く。
「だが……たしかに……」
そして――
「フレイズさん!?」
仰天するを尻目に、その場に跪いた。
「お許しください、さん」
「……は、はい……?」
「表に漂う膜に目を奪われ、貴女の本質に気づくことが出来ませんでした」
「ほんしつ、ですか?」
プニム、いったい、何を云ったんだろう。
白い焔については内密で行こう、と、ささやかに決意してたりするとしては、フレイズが妙なこと云い出しやしないかと不安倍増。
そんなを見上げ、フレイズは微笑んだ。
「ですが、理解しましたよ。貴女は人間なのですね――まぎれもなく」
「……フレイズ?」
「ファルゼン様、お騒がせして申し訳ありませんでした」
そうして、フレイズは立ち上がる。
戸惑いまくりのをちらりと見て、
「悪魔の気配に、どうも敏感になりすぎたようです――ここのところ、事件も多発していましたから」
「……ソウ、カ」
多発した事件の、おそらく一端を担ってるレックスたちが、遠い目になる。
それでも、やっと、彼らの周囲の空気がやわらいだのは、それこそまぎれもない事実だった。