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【はぐれものたちの島】

- 超人白凰降臨 -



 とにかくムジナさんは勘弁して。

 ひとしきりヤッファにお仕置きされたマルルゥと共にユクレス村への道を歩きながら、は切実にお願いした。

「え〜、でも、他にどう呼べばいいんですか?」
「なんだっていいだろう、ちびとか赤とか」

 集落めぐり一番手がユクレス村に決定したため、それぞれの集落に戻った護人たちのなか、唯一同行者であるヤッファが、まだ呆れた顔をつくったままそう云った。
 の両隣のレックスとアティが、それを聞いてちょっと微妙な顔になる。
「でもさ、赤いのとかなら、俺とアティも当てはまるし」
よりマルルゥちゃんが小さいから、ちび、はちょっとおかしい気がします……」
「ほらほらほら〜、先生さんたちもこう云ってるじゃないですか!」
 シマシマさん、もっとちゃんと考えてくださいよう。
「いつの間に、オレが考えるって話になったんだよ」
 顔の周囲を飛び回るマルルゥをうざったげにはたいて、ヤッファが正論を吐いた。
 そのまま、ぐるりとを見下ろす。
「おまえさんからは、何かないのか? こいつ、本当に人の名前を覚えん奴だから、早く決めないとムジナが定着するぞ」
「何かと云われても、あたしはこれといって特徴を持ってるわけじゃないんですよー」
 レックスさんたちみたいに、先生じゃないし。
 カイルさんたちみたいに、海賊じゃないし。
 ヤッファさんみたいに、シマシマじゃないし。
「オイ」
 メガネとか、ヨロイとか、シノビとか、そんな個性的な何かを持ってるわけでもない。
 つらつらと挙げていくうちに、なんかだんだん物悲しくなってきた。
 ある意味、これがなんだといえなくもないが、そしたら名前候補は『平凡さん』か? それはそれでなんか泣ける。
 ……ダメ元で、名前呼んでくれないか訊いてみようかな。
「ねえ、マルルゥ」
「はいはい? お名前決まりましたですか?」
「“”じゃ、やっぱりダメ?」
 あたしの、(今の)名前なんだけどな――
 と、半ば諦め気分でそう告げたとき。
「……“”?」
 そういや、おまえさん、そんな名前だったか……
 ふと。
 ヤッファが、つぶやいた。
 ただ、が名乗ってるそれと、微妙に発音が違う。
 強いて云うなら、サイジェントで一番最初にバルレルが口にしたときと同じ音の運び――ちょっと懐かしい。
「どうしたんですか?」
「いや、随分懐かしい気がしてな」
 レックスの問いに、ヤッファはそう答えた。
「――昔知り合いから教えられた王国時代のことばでな、“白凰”って意味だそうだ。年を経てからは、なんかの物語の造語がきっかけで、別の意味で使われるのが多いらしいけどな」
「はくおう?」
「王国時代?」
 なんですかそれ。
 前者の問いはレックス。後者の問いは
 ヤッファがちょっと虚を突かれた表情になったのは、たぶん、のせいだろう。
「王国時代は、王国時代だよ。――エルゴの王が治めていたころの」
「あ、なるほど」
 一瞬、アヤとかハヤトとかが政をしてる光景を想像したのは内緒。
 でもたぶん、ヤッファの表情やことばから察するに、初代のエルゴの王のことだろう。第一、今はまだ誓約者不在の時代のはずだから。
 とりあえず得心のいったを見て、ヤッファも小さく安堵の息をつく。
 それから、前者の疑問を解消すべく、今度は一同を均等に視界におさめた。
「なんていうかな、そのまま“白い鳳凰”って奴だ」
 実際に鳥だったわけじゃないらしいんだが。
「鳥じゃなかった?」
「ああ。――今はもういねえが、遥か昔にこの世界を侵入者から守ってたエルゴの守護者が、そう呼ばれてたらしい」
 そいつの操る力が顕現すると、白く透き通った翼みたいだったってんで、どこぞの詩人がそう呼称したのがはじまりなんだと。
「……ぅぁ……」
「うわあぁ、なんだかかっこいいですねえ」
「白い翼かあ……きっと、きれいなんでしょうね」
「すごいな。伝説の名前なんだね、
 名も無き世界でも、それにはやっぱり何が意味があるのかな?
「…………」
さーん? どうしたですかー?」
「…………ぁ、あは。」
 和気藹々と過去に思いを馳せながら歩いていた一行の、遥か後ろでは立ち止まっていた。
 だらだらだら、背中に冷や汗が怒涛のように流れてく。
 ……ていうか。バルレル。
 偽名考えてくれたのはうれしいけど、そういう由来があるならあるって云っといてほしい。心の準備ってもんが要るんだから!
「いや、そもそも、なんでそんな大仰な名前を選ぶかなぁ……」
 がっくりと肩を落としたの嘆きをとらえて、後戻りしてきたレックスが、ぽん、との肩を叩いた。
「いいんじゃないかな? 俺はかっこいいって思うよ」
「……平凡な名前のほうがよかったなー、なんて……」
 それでも、一行を待たせるわけにもいかない。
 心なし重くなった足を引きずって、は、前方に佇むヤッファたちのところに追いついた。
 ふわりとマルルゥが舞い下りて、「おかえりなさいです」と、お迎えしてくれる。
「……あれ?」
 朗らかに微笑む妖精さんを見るの心にふと、疑問が浮かんだ。
「マルルゥ、さっき、あたしのことなんて呼んだ?」
「え? さんって呼びましたですよ?」
 きょとん。
 少し目を丸くして、マルルゥはそう云った。
 ――――
 ほんの一瞬。妖精以外のすべての存在の、体感時間が停止した。
「マルルゥ!? おまえ名前が覚えられたのか!?」
「え? 違いますよう」
 泡飛ばしてくってかかるヤッファから、マルルゥはちょっぴり飛んで逃げる。
さんは、白凰のさん! かっこいいですから、マルルゥ、こう呼ぶことにしたですよ」
「どこの超人だそれは!」
「超人さんじゃないですよ、さんですよ? シマシマさんってば、物覚えが悪いですねえ……」
「おまえにだけは云われたくねえ!!」

「……普段呼びに“白凰の”がついてないだけ、マシですよね。そうですよね」
「うん。うん。そうだね。俺もそう思うよ」
 だから、マフラーぎりぎり引っ張って力任せに同意を求めるのはやめてくれないかな?
。レックスの顔がだんだん紫になってるんですけど……」

 こうして、ユクレス村へ向かう林の一角は、急遽、観客のいない漫才劇場と化したのだった。



 そんなこんなで、ユクレス村とのファーストコンタクトは、かわいい子犬のパナシェとか、どうやらシルターンの郷の子供らしいスバルとか、村の中央にあるユクレスの樹とかよりも、その前哨段階であった漫才によって8割方占められた、といっても実は過言じゃない。
 いや、まあ。
 パナシェはかわいかったし、スバルは元気よかったし。
 マルルゥが、ふたりをそれぞれ“ワンワンさん”とか“ヤンチャさん”って呼んでるのも微笑ましかった。
 何より、村の果樹園でたわわに実っていた果物たちには、心底、食欲をそそられたものだ。……実は、ひとりひとつずついただいてしまった。船のみんなにはナイショ。
 そんなこんなの道中で疲れたらしいヤッファは、村の住民から『怠け者の庵』と呼ばれてるという自らの棲家に、さっさと帰ってしまった。
 なので、今たちを先導してるのは、やっぱり元気なマルルゥだけだ。
「えーっと皆さん、次はどこに行きたいですかー?」
 ツアーのガイドよろしく(旗は持ってないが)、マルルゥが問う。
 残る集落は三つ。
 機界集落ラトリクス、霊界集落狭間の領域、鬼妖界集落風雷の郷。
「えーと」
 マルルゥと同じ接頭詞を使って、レックスが口を開いた。
「ここから近いのって、たしか、狭間の領域だっけ?」
「そうです。ヨロイさんと天使さんが、お待ちしてますですよ」
「じゃあ、近い順からまわりましょうか……ユクレス村から狭間の領域、それから風雷の郷に行って、ラトリクスから集いの泉に戻るということで」
 もいいですか?
「はいっ」
「よし。それじゃあ、美味しい果物食べて元気も出たし」

 れっつら、ごー!


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