「ぷぅっ」
そこに、ぽよんと影がもうひとつ。
離れたトコロで、とカイルの手合わせを眺めてたプニムが、ぽんぽんと地面を跳ねて、交差したふたりの腕に乗る。
「はははっ、懐かれてんな」
腕を伝ってトーテムポールに落ち着いたプニムを見て、カイルが笑う。
「なんで懐かれてんのか、よく判らないんですけどねー」
「でもよ、あいつらと同じようにして逢ったんだろ?」
ほれ、とカイルが示すのは、岩場の向こう。
船の傍の砂浜で、誓約済みのサモナイト石で召喚獣を喚び出す練習をしてる子供たち。
筋がいいのか教え方がいいのか、ヤードからも借り受けたサモナイト石は、実に易々と彼らの声に応えて輝いている。
ナップが機属性。
ウィルが獣属性。
ベルフラウが鬼属性。
アリーゼが霊属性。
きれいにバラけた属性のとおり、砂浜に閃くのは色とりどりの光。
そんな子供たちがひとつ成功するたびに、その友達である召喚獣――アールたちが、手を叩いて喜んでいる。……もしかして誉めてるつもりだろうか。
「でも、今のまんまだといつ別れちゃうか判らないし」
「そうなのか?」
「うん。あの子たちもそう――」
頷いて、頭の上のプニムを示す。
「誰かが喚びだした挙句はぐれになったのか、それともあたしみたいに原因不明にやってきて最初からはぐれなのか、判んないけど」
ちゃんと固定化した誓約を介してないと、いつかどこぞで誰かが行う召喚術の対象に選ばれないとも限られない。
「二重誓約という例もありますしね」
「あ、ヤードさん」
岩場を登ってやってきたのは、現在のの召喚主であるところのヤードだった。
足元まで丈のあるローブをさばいて、少し動きづらそうにたちのところまでやってくる。
「召喚術の話が聞こえたので、つい興味をひかれて」
カイルに手を貸してもらって登りきり、ヤードは少し照れくさそうに笑った。
「さんは、随分召喚術に詳しいようですね」
「あー……あははは、友達が召喚師なんですよ。だから、いろいろ話を聞いて」
というよりも、あの戦いの後、曲りなりにも初級程度の召喚術が使えるようになってると判明してしまったため、どこぞの誰かさんから数日こってりお勉強漬けにされたのだが。
それでも、未だにリプシーくらいにしか自信持って喚びかけられないのがいとかなし。
まして、未誓約のサモナイト石を通じて未知の召喚獣に喚びかけるなど、夢のまた夢。
試したことさえありません。
「おまえは、召喚師じゃねえのか?」
「ううん、あたしは違いま……。もとい、違うから。一般市民」
……一部、一般市民と云いがたいモノを所有しちゃいるが。
などと和気藹々、他愛のない会話を繰り広げていたときだ。
「ぷ」
の頭の上にいたプニムが、何を感じたか、飛び下りた。
「プニム?」
「おや?」
とととっ、と、小走りに向かう先はヤードのところ。
「え?」
いきなりの行動に固まってしまったヤードの懐に、がぼっ、と身体ごともぐりこみ、もそもそ動くことしばらく。
その間、相当微妙な表情の――あれはかなりくすぐったいとみた――ヤードとともに、待機していたたちの前へ、
「ぷぅ」
目的のものを探り当てたらしいプニムは、誇らしげに、ヤードの懐から顔を出す。
ちっちゃ手に抱えているのは、緑色の石。
「あ、それは……」
「へえ、サモナイト石か」
「ヤードさん、メイトルパの召喚術も使えるんですか?」
たしか、あたしがお世話になったときは霊界のピコリット喚んでましたよね?
の問いに、ヤードは首を横に振る。
「いえ、私が使えるのはサプレスの召喚術だけです」
現にほら――
示されて覗き込むのは、プニムの抱いてる緑の石。
きれいに、とはいかないまでもある程度の研磨がなされたサモナイト石――傷一つない。
そしてその石には、誓約の刻印は刻まれていなかった。
「実験場だったというのは、本当なのでしょうね。辺りをまわってみたら、このような未誓約の石があちこちに落ちていたんですよ」
少し苦い表情になって、ヤードはそう告げた。
「……なるほどな」
「レックスさんたちが授業に必要かと思って、少し回収してきたんです」
幸い時間なら余っていますし、私もせっかくですから、新しい誓約も試してみようと思いまして。
「ナップくんたち、見事に扱える属性バラバラですもんねえ」
「あそこまでバラけてると、いっそ見てて愉快だよな」
砂浜では、まだ召喚術の授業は続いている。
閃くのはやっぱり、色とりどりの光。
この島の歴史を思うと苦い気持ちはあるけれど、でも。
子供たちに喚び出された召喚獣と、彼らの交流は、遠目で見ているだけでも友好的なのがはっきり判って。
……ああいう関係を築けるのなら、召喚術もいいんじゃないかなと思うのだ。
「ぷい、ぷー」
「ん?」
子供たちを見て、表情を弛ませてたの手に。
ころん、とプニムが、自分の抱えてたサモナイト石を乗っける。
「何?」
「ぷいぷぷぷー」
「……」
手のひらには、若草色に輝く未誓約のサモナイト石。
目の前には、期待のまなざしを注ぐはぐれ召喚獣。
プニムの云いたいことが判らないほど鈍いつもりはにもないが、思わず、問いかけざるを得なかった。
「あたしにいったい、何をしろと?」
「ぷっぷー」
ちっちゃな手と、おっきな耳で。
プニムが示すのは、砂浜の光。
「…………」
「誓約を結べ、と、いうことでしょうか?」
「ああっ! ヤードさんあっさり!!」
「いや、誰でも判るだろ」
とぼけとおそうかと思った矢先、真顔で考え込んでたヤードがぽつりとつぶやいた。
あわてるに、さらにカイルがツッコミを入れてくる。
「無理ですよ、召喚師でもないのに!」
本来、誓約の儀式にはそれなりの準備と代償を必要とする。
誓約済みの召喚石なら、知識さえあれば誰でも使えるのとは反対に。
未知なる存在の真の名を見つけて誓約を結ぶことは、ぱっと考えるよりもはるかに大掛かりなことなのだ。
アヤたちやマグナたちを見てると、ちょっとその世間一般の召喚師の常識ってのが薄らいできそうだったけど。
「ぷぷぅ……」
「無理無理無理。無ー理」
「ぷぷーっ」
「よほど、さんと誓約を結びたいようですね」
試してみるだけ試してみては、いかがですか?
「成ればよし、成らなければ諦めてもらう、ということで」
「失敗したら情けな恥ずかしいじゃないですかー!」
「ぷぷぷぷぷー!」
「すげえ勢いで否定してるぞ?」
それに見てるのはオレらだけなんだから、やるだけやってみりゃいいじゃねえか。
なあ? と水を向けられたプニム、我が意を得たとばかりに胸を張ってを見る。
「でも……」
渋るのは、何も自信がないからだけじゃない。
帰るとき――時間を越えて帰るとき、この子をおいていくことになったら、本当の意味ではぐれにしてしまう。
それが心配。それが不安。
「…………ぷぅ」
「うー…………」
頭を抱えて、うなって。
プニムに見つめられて。
見守るカイルとヤードの視線を浴びて。
考えること、おそらく数分。
「……あたしは、君をおいてくかもしれないよ?」
「ぷぅ」
「そしたら、ヤードさんに後の世話お願いしていくよ?」
「……とか云ってるぞ」
「私は構いませんよ」
ヤードさんありがとう。なんて心が広いんだ。
「それでもいいの?」
「ぷい、ぷーぷぷっ」
こっくり頷いて、身体全部で一回転。
ちっちゃなお手手を口元に当て、きらきらこちらを見上げるプニムのまなざし。こもった期待はさっきの数倍。
「じゃ、失敗したらごめんね」
一応断って、は岩場を滑り降りた。
後につづくはプニムとカイル、少し遅れてヤード。
子供たちの授業の邪魔しちゃ悪いから、少し離れた、別の岩場の陰に移動する。
ちょこんと佇むプニムと向かい合って、深呼吸。
「名前、どうしよう」
プニムのまんまでいい?
「ぷいぷっ」
「そっか」
サモナイト石を片手に持って、しゃがみこむ。
プニムに目線を近づけて、
「じゃあ。……えっと、友達になろうか」
「ぷい、ぷーぅっ」
差し伸べた手に、プニムが嬉しそうにそのちっちゃな手を乗せる。
手と手の間には、持っていたサモナイト石。
ふたりがそれに触れた瞬間、若草の光が迸る。
閃光といえるほど強くもなく、あえかなと表現出来るほど弱くもない。
優しい光が、ゆっくりと広がって――収束していった。
「……成功、ですね」
黙って見守っていたヤードが、収束した光を見届けてそう云った。
彼の視線の先には、とプニムの触れている召喚石がある。
――メイトルパの紋様の刻まれた石。誓約の証。
「へえ、意外と簡単なもんなんだな」
「いいえ、本来はもっと大掛かりな儀式を必要としますよ」
さんの場合、目の前にすでに対象がいるのと、プニム自身がそれを望んでいたから、ああも簡単に誓約を交わすことが出来たんでしょう。
「……なるほどな」
っつか、こういうやつらばっかりなら、オレたちも気楽なんだけどな。
そう苦笑するカイルのことばには、ちゃんとした理由がある。
いちいち数え上げるのも面倒くさいが、実は、島に住むはぐれ召喚獣たち――非友好的、というかもはや敵愾心しか持ってない彼らに襲われたことは少なくない。
ついでに云うなら、林に切り出しに行くカイルやレックスたちが、いちばん大量にそれらと遭遇しているのだ。
プニムと、それに子供たちとその傍にいる召喚獣たち。
それが特例のようなものでしかないことを、彼らは重々承知していた。
ここは、忘れられた島。はぐれた者たちの集う島――