いい切り出しポイントを見つけたレックスたちが迎えに来てくれたのは、メイメイとの会話から十数分後。
「わあ! 、よく似合ってますよっ」
店に入ったとたん、アティが両手を合わせて実に楽しそうに微笑んだ。
似合ってる――そう云われるのは嬉しいけど、でも。
立ち尽くすの、周囲に山と積まれた服を見て、生ぬるい笑みを浮かべてるレックスやカイルと、個人的には似たり寄ったりな心境なのだが。
「でしょでしょでしょっ? さっすが先生、メイメイさんのセンスのよさを判ってくれるのね〜、にゃははははっ」
お仕置き、と。
称して、を着せ替え人形にしたメイメイが、アティ以上に楽しそうに笑って応じている。
いったい、どこから取り出してきたのやら。
聖王国風、帝国風、旧王国風――
あらゆる衣装をとっかえひっかえ、着せられ脱がされ振り回されて、はもうことばもない。
ああ、そういえば、いつかファナンでもユエルといっしょにこんな目に遭わされた気がするなぁ……
盛り上がるアティとメイメイに割り込めず、いそいそと、は、それまで着ていた服をたたんでいた。
「……相当やられたっぽいな、おまえ」
ひょいっ、と。
傍の服を掴んで、カイルが苦笑い。
「効果抜群のお仕置きでした……」
例の話がすんだあと、メイメイは云った。
何はともあれ、メイメイさんのお顔にプニム直撃させたお仕置きは、ちゃぁんとしておかないとねっ♪ ――と。
そりゃあ素晴らしい笑顔に圧されて、逃げ出せなかった自分がちょっぴし情けない。
まあ、メイメイが真顔になったらなったで、本来の意味で怖いんだろうけど。
「それにしても、どこからこんな大量の服を……」
「それはぁ、乙女のヒミツっ♪」
「わわ!?」
しみじみとつぶやくレックスの後ろから、いつの間に距離を縮めたのやら。
にゅっ、と顔を覗かせたメイメイが、にんまり笑ってそう云った。
「おや?」
と。
笑っていたメイメイの視線が、床に落ちる。
レックスの肩に頭を乗せるようにしていたため、見ている先は彼の足元。
当のレックス、それにアティ、遅れてとカイルが目を向けたとき、ちょうどそこに、
――ぱさっ
一通の封書が、レックスの足元に落ちていた。
「先生、落ちたわよ〜?」
「え? え……でも俺、覚えがないんだけど……?」
はい、と拾って渡された封書を見るレックスの頭上には、疑問符どっさり。
アティも首を傾げてる。ほんとうに、ふたりとも覚えがないんだろう。
けども、位置関係からして、やカイルが落としたとは思いにくい。
「……手紙、なのかな?」
一応封書を受け取って、レックスは、くるっとそれをひっくり返している。
宛名も差出人も書いていない、ただ封がされただけの真っ白な封筒だ。
厚みからして、中身のほうもせいぜい一枚か二枚程度だろう。
「開けてみたらぁ?」
「で、でも……もし他の人のだったら」
「え〜? それはないわよ、だって先生のポケットから落ちたのよ?」
唯一、落下の現場を見ていたらしいメイメイのことばは、それなりに説得力があった。
それに、レックスたちも、中身がちょっぴり気になっていたらしい。
「いいんじゃねえか? もし誰かのだったら、後で謝ればいいんだしよ」
「……う〜ん、それじゃあ……」
準備よく差し出されたペーパーナイフで、ぴっ、と封が切られた。
四つに折りたたまれた白い便箋が、姿を見せる。
緊張した面持ちでそれを開くレックスの周囲に、たちはわらわらと集まった。
そして、便箋が開かれる。
「えーっと……“この手紙を――」
――この手紙を持ってる貴方の下僕として働いちゃいま〜す♪――
「シモベって、オイ」
「なんか、読んでて恥ずかしいな……」
「レックスさん、下の署名、署名」
「……これって……」
――メイメイ――
「…………」
「…………」
………………
…………………………
ちろーり。
気の遠くなるような数秒間の沈黙ののち、店主以外の全員の視線が店主に集中した。
「にゃにいいぃぃぃぃ〜〜〜っ!?」
そして店主は叫ぶ。
目をまん丸く見開き、一気に壁際まで後ずさり。
んでもってまたたき数度。
次の瞬間には、鈴なりになっている客たちの所に戻り、レックスの手から便箋を奪い取っていた。
「……にゃ……にゃんで?」
「これ……メイメイさんが書いたものじゃないんですか?」
アティが、首を傾げて問いかける。
ま、そう考えるのが妥当だろう。
けれど、メイメイはかぶりを振って、
「違うわよ〜。だいたい、先生たちに逢ったのは今日が初めてでしょ?」
いつ、渡す暇があったっていうのよ?
「……それもそうですねえ……」
それじゃあ、どうしてレックスがこれを――
「道で拾ったとか」
「俺、犬?」
ぽん、と手を打ったのことばに、レックスが苦笑い。
拾ったとかなんとかより、まず、手紙自体に見覚えがないんだけど、と付け加えるのも忘れない。
「あの騒ぎんときに、誰かのが間違って懐に入り込んじまったとか?」
「それもそれでムリがあるような……」
うーん。
思案に暮れた一同の耳に、「まあ」とメイメイの独り言めいたことばが聞こえた。
「出所はともかく、これってば私の字だってことに間違いはないみたいだしぃ……なら、ちゃんと書いてることは守んなくっちゃね」
「「え!?」」
「お店もあるから、そう頻繁にってわけにいかないけど、何かあったら呼んでちょうだいな」
このメイメイさん、いつでもどこでも馳せ参じちゃうわよっ。
「で、でも……!?」
「にゃはははははっ、だいじょーぶだいじょーぶ! メイメイさんは強いわよぉ?」
「そういう問題じゃなくって……」
「それともなぁにぃ? 先生たちは、メイメイさんの手助けなんて要らないって云っちゃうの? そうなのね? ひどいっ! メイメイさん傷ついたっ! よよよよよ……」
自分で『よよよ』と云いつつ泣き崩れる人を、は初めて見た気がする。
遠い目になって見守るカイルとを余所に、レックスとアティVSメイメイは、しばし一方的な愁嘆場を展開したのであった。
最終的に勝利を得たのは誰か……あえて記すまでもあるまい。
――とまあ、そんな騒動もろもろ含め、船に戻ったたちは、待機してた一行にメイメイのことを話してみたり。
「……この島って、つくづく変わり者が多いのねぇ」
スカーレルの第一声が、たぶん、話した側と聞いた側の共通する感想だろう。
はぐれ召喚獣や謎のよいどれ占い師を、“変わり者”の一言で片付けられる彼らを、ちょっぴしすごいと思うけど。
「いや、あの人は特別変わってた気がするけど」
「アンタたちが云えた義理じゃないって……」
しみじみつぶやくレックスに、ぼそりとナップのツッコミが入る。
あまつさえ、他のマルティーニ兄弟たちも、彼らの膝の召喚獣たちも、同意するように頷いた。
そこまで徹底してやられると、なんか、敗北感。
「……あたしは、“アンタたち”に入ってないよね?」
つつつ、とナップに擦り寄って、は、低ーい声で問う。
唐突なその行動に、ナップは、ビクッ! と身体を震わせた。
続いて、
こくこくこくこくこく!!
――と、授業中でさえ見せないような(船の一室で行われている授業風景を、外で作業しているは見たことがないが)勢いで、首を上下に振ってみせる。
「よろしい」
「いえ、貴方がいちばん変わってると思いますよ」
が。
兄の援護とばかりに、ウィルが横から口を出す。
「そうですわよ」
片割れの、ベルフラウまで。
「なんで!? どこが!?」
「だって、さん……名も無き世界から来て、狭間から召喚術で戻ってきて……あんまり、普通には歩まない人生歩いてると思います……」
アリーゼのセリフが、いちばん鋭かった。
ぐずぐずぐず。
テーブルに突っ伏すを見かねたか、「まあまあ」とヤードが割って入る。
「それにしても、見ただけで職業を当ててしまったとは、驚きです」
メイメイは云った。
レックスとアティに、“先生”と。
カイルに“海賊さん”と。
そんな彼女から渡された学術教本と海賊旗は、たぶん、各々の部屋にしまわれているんだろう。
ヤードのことばに、3人は顔を見合わせてうなずいてみせる。
「そういえば、そうだよな」
「ですねえ……カイルさんは、結構それっぽいですけど、わたしやレックスは、あんまり先生らしくないですよね」
自分で云うな。
たぶん全員が全員、声無きツッコミを、ほんわか笑うアティに発したのではなかろうか。
「もしかしたらその人物は、何か特別な力を持っているのかもしれませんね」
間の抜けたやりとりにさらに苦笑して、ヤードがそうことばを終える。
持ってますよ。
とも白状できず、曖昧に首を傾げるの前で、カイルが、椅子の背を軋ませて身体を傾けた。
「ま、いいじゃねえか。あの店が便利なことに変わりはないんだしよ」
武器とか防具も、なかなかいいのが揃ってたぜ――
「ね! 銃はあった!?」
そんな兄のことばが終わるかどうかのタイミングで、がばりとソノラが立ち上がる。
彼女の剣幕に、子供たちが思わず後ずさっていた。
真正面からソノラに迫られたカイルの椅子の足が、さらに大きな悲鳴をあげる。
「いや、さすがにそこまでは……」
「えーっ!? なかったの!?」
「見当たりませんでした……よね? レックス」
「うん。銃はなかったよな」
盛大にブーイング中のソノラにも、レックスとアティのやり取りは届いたんだろう。
「あーっ、もお!」
せっかく銃が撃てると思ったのにっ!
口をとがらせたまま、ソノラは、と同じようにテーブルに突っ伏した。
そこに顔だけソノラに向けて、も口を開く。
「ソノラの銃って、たしか……」
「そ。海に落っことしてそれきりよ」
「ブーブー!」
赤髪の少女の声に答えたスカーレルは、文字通りのブーイングをはじめた金髪の少女の額を軽くつついた。
ないものはないの。
仕草にこめられたことばは、ちゃんとソノラに伝わったらしい。
一応口を閉ざし――それでも彼女はやっぱり、不満そうではあったけど。
「でも、ソノラって投具も使えるんでしょ?」
それが気になって、はちょいっと彼女をつついてみた。
「うん、使えるよ。でもさー、やっぱ、勝手が違うわけよ」
テーブルに突っ伏したまま、ソノラの手が、ひょいっと投具を投げる形に動かされた。
だらけた姿勢からの動作にもかかわらず、手慣れた、そして隙のない動き。
「その点、ってばスゴイよね」
「へ? なにが?」
「だって、アタシとそう年変わらないのに、剣一本で世の中渡ってんでしょ?」
「渡ってない渡ってない」
というか、それもこれも、思い出すのもちょっと辛い訓練の賜物です。
申し出たのは自身だが、ルヴァイドもルヴァイドで容赦ってもんがなかった気がする。
その他の日常生活では人が変わったように甘えさせてくれたのは、たぶん、その埋め合わせの意味もあったんだろうか。
子供心に、飴と鞭の存在を思い知った日々だった。
「……銃も、手入れや訓練が大変だと聞いてますが」
さっきのソノラの剣幕が脳裏から離れないのか、ちょっぴり腰が引け気味ながらも、ウィルがそこに割って入る。
「そうですよ。わたしと同期で銃を専攻した人、最初のうちなんか半泣きになってましたし」
手入れが面倒くさい、うまく的に当てられない、っていうか整備の手間や部品交換の金もかかるー! って。
アティのことばに、ソノラが、くるんと首の向きを変えた。
「んー、そうなんだけどさ」
彼女が何か云うたびに、震動で、の側に向けられた帽子が軽く揺れる。
「それがさ、一番あたしが役に立つ方法だったから」
「役に立つ……って?」
「結局女だと、殴り合いになったときに不利でしょ? でも、銃が使えればそんなの関係なしに戦えるじゃない」
のほうからは、ソノラがどんな表情でそのことばをつむいでいるのか見えなかった。
でも、
「やっぱ海賊やってる以上、女だからってハンパじゃいけないもんね!」
そう云ったときの表情なら――なんとなく、判る気がした。