大慌てで彼女の様子を診た結果、倒れた原因は脱水症状と判明した。
横手に見えていた湖から、水を汲んできて飲ませること数回。
ぐるぐる渦を巻いていたメイメイの目が再び焦点を結んだのは、水袋3杯ほどの水が彼女の胃におさまってから。
「にゃははははは、いや〜、失敗失敗」
そしてメイメイは、水袋を片手に木に寄りかかり、にとっては見慣れた笑みを浮かべて笑っていた。
そんな彼女を呆れたように見ているのが、レックスはじめこの時代の人たち。
「……それじゃあなにか、あんた……」
カイルが、頭痛をこらえきれないのか、こめかみを押さえつつメイメイに確認をとる。
「うまい酒を飲む、ためだけに……」
「そうよぉ〜、ここんとこ、しばらく水分とってなかったのよ〜」
おかげで目はまわっちゃうし、体力は低下しちゃうし〜。
にゃははははは。
笑うメイメイを見て、レックスも云う。カイルと同じくこめかみを押さえて。
「めちゃくちゃだよ、この人……」
「…………」
アティはすでに、ことばもないようだ。
その横で、は必死こいてメイメイに頭を下げつづける。
こんな頃からお酒命だったのか、とか思ったことは心の中にしまっておいて。……側の事情がどうであれ、初対面のひとにプニムをぶつけたことはきっちりかっちり謝罪せねば申し訳ない。
「ごめんなさいごめんなさい、ほんとーにごめんなさい」
酒のためになら、脱水症状さえ辞さない人間がいる。
そんな驚愕からやっとこさ抜け出したアティが、苦笑してのコメツキバッタを止めてくれた。
「、ほら、もうメイメイさんも笑ってくれてますから。ね?」
「そぉよ〜う。投げつけられたのがゴレムとかだったら、メイメイさんもさすがに命の危機を感じたけど〜ぉ」
云いつつ、ひょいっと彼女の手が持ち上げたのは、の投げた“やわらかい物体”――こと、
「ぷいぷぷぷー」
……プニム、であった。
いったいどこからわいてきたのか、それともメイメイとともに来たのか。
なんにせよ、実にいい位置にいたプニムこそが、先刻にわしづかみにされ、メイメイの顔面にクリーンヒットしたその張本人なのだ。
ゴムまり以上にやわらかい、どこぞのディングことガウムとタメ張るプ二プ二ボディは、彼女にさしたるダメージを与えていない。与えちゃダメだが。
「ぷ」
そうしてプニムは、メイメイの手から滑り降りると、のほうへ駆けてくる。
慣れた調子で地面に膝をついたの身体をよじ登り、頭の上に落ち着いた。
――そう。
このプニム、あのプニムなのだ。
島に流れ着いた最初の日、と遭遇し、挙句はぐれてしまったあのプニム。
「まあ、誰にだって、理由もなくそのへんのものを投げつけたくなる衝動がわくことくらいあるよな」
簡易トーテムポールを微笑ましく眺めて、レックスもフォローしてくれる。
してもらっといてなんだが、どこの世界にそんな衝動を持つ人間がいるというのだ。
ベタベタな言い訳しか思いつけなかった自分に、、改めて自己嫌悪。
もっとも、ベタベタすぎて逆に信がある部分もなくもない。
……しかし。
そう云うってことは、もしや、レックス、その手の衝動にかられたことがあるのだろうか……?
レックスを見つめるとカイルの視線は、等しく同じ思惑を抱いていたといっても過言ではなかった。
そうして、進もうとしていた方向から、少し転換してしばらく。
干物にならずにすんだお礼に、と、メイメイが一行を案内してやってきたのは一軒の店。
にとっては見覚えのある――というか見覚えそのものの装飾の施された、この世界では珍しい内装を見て、レックスたちを目を見張っている。
「なんだか不思議な感じのお店ですねぇ……」
「ホントだ。こういうの、シルターン風なんだっけ?」
さすが教師か軍人か。
意外な博識っぷりを披露するふたりの後ろでは、カイルも物珍しげに店内を眺めていた。
もっとも彼の場合、展示してあるいくつかの武器防具の類が気になっているようなのだけど。
「どぉ? ここがぁ、いつでもどこでもお気軽に! 利用できちゃうメイメイさんのお店よ〜♪」
店主のメイメイは、皆の反応が楽しいらしい。
にこにこと一同を見渡して、両手を広げて宣言してくれる。
「お店?」
「うんうん♪ 武器防具、道具にアクセサリ。ひととおり、揃っちゃってるから」
どうぞ好きなだけ手にとって、よかったら何か買っていってね♪
音符どころかハートマークあたり乱舞してそうなメイメイのことばに、一同、視線を内装から展示物に動かした。
が、
「あ、その前に」
当のメイメイから、ストップがかかる。
疑問符を頭に乗っけた一同の前に、ずいっと差し出されるのは二つの物体。
「……海賊旗?」
「それに、これ……学術教本?」
カイルの手には、黒い布地に白いドクロを染め抜いた、文字通りの海賊旗。
レックスとアティの手には、それぞれブ厚い何かの本。
きょとんとして、各々手に乗せられた物を見つめる彼らへ、メイメイは楽しそうに解説している。
「海賊さんと先生さんには、やっぱり必要でしょぉ?」
今日のお礼よ。遠慮なんか要らないから、もってってバシバシ使ってやってね。
……それはありがたいが、教本はともかく海賊旗など、陸地のどこで使う機会があるというのだろうか。
さりげない疑問は、だが、の頭のなかにだけ浮かんだらしい。
戸惑い顔で、それでも嬉しそうに、彼らはそれを押し頂いている。
「でも、本当にいいんですか?」
教本を抱きしめたアティが、少しばかり申し訳なさそうに念を押した。
「いいのいいの、にゃはは〜♪ ……でーもー」
が、メイメイさんとて何の思惑なしにそんなことをするわけがないのである。
白魚のような彼女の手が、空を泳ぐように差し出されて。
その先にいたの頭を、むんず、とその胸に抱え込んだ。
たぶん、最初からそれが目的だったのだろう。
赤く染まったの髪を片手でもてあそびつつ、メイメイさんはこう云った。
「そんの代わり〜、ちょおぉぉっとこの子にお折檻しちゃおっかなぁ、なぁんて思ってんだけど。貸し出しオッケイかしらぁ〜?」
「え!?」
かなり冗談色の濃い彼女の要請に、異を唱える者はいなかった。
何をされるんだと身構えたの、悲鳴にも似た声だけが、空しく店内に響き渡ったのである。