とんてんかんてん、とんてんかんてん。
今日も、浜辺にはにぎやかな大工仕事の音が響く。
材料の調達もある程度堂々と出来るようになり、船の修復のピッチも少しあがった。
実際、ここ数日で船体の目立つ傷はあらかたふさがれた。
問題なのは精密な設計図や細かい部品の必要な箇所なのだが、ひとまず、外側が直れば海に出ても手漕ぎでなんとかなるかもしれない。
それは物理的に不可能なのだと判っていても、穴がひとつ、またひとつと埋まっていくのは作業の励みにもなった。
「……木を切り出す場所を変える?」
「そうよ。あまり同じ場所から集中して切り出しちゃうと、自然のバランスを壊しちゃうからね」
首を傾げるにタオルを渡して、スカーレルはそう云った。
「だから、ちょっとポイントを探しに、林を探索しようと思うんです」
も、よかったらいっしょに行きませんか?
木を切り出すメインのふたり――レックスとカイルと並んだアティが、そう誘ってくれる。
はぐれが出るかもしれない、と、子供たちはやっぱり留守番だ。
船の修復のちょっとした手伝いなんかはお願いしてるけど、あまりこのあたりから動かないせいで、ほら。
今日も、ちょっぴしつまんなさそうに、先生たちを眺めている。
ちらりとそれを見て、は、一応お伺いをたててみることにした。
「あの……ナップくんたちは――」
ぴく。
子供たちの身体が、ちっちゃく反応した。
釘の数を数えてたアリーゼとベルフラウ、かなづちの替えをソノラに渡そうとしてたウィル、切ってきた木の枝を取り払ってたナップ。
「だめだよ、無茶はさせられない」
4人が4人とも、レックスのことばに、がっくり肩を落とす。
いや、アリーゼだけはそうでもなさそうか。出歩くのが趣味、ってわけではなさそうだし。
だけども、レックスのセリフに不満そうなのは、何も遠出禁止令を出されてるからってだけじゃないだろう。
子供だから。
幼いから。
それらの理由を、ことあるごとに持ち出されて、ちょっと嫌気もさしてるんじゃないだろうか。
決してそんなことはないと思いたいけど、ある意味、足手まといだと断言されているようなものだから――
でも、レックスたちにしてみれば、彼らは大事な預り子。
無茶をさせて、もともとの目的地である工船都市、軍学校、はたまた自宅にさえ帰せなくなったらそれこそ一生かけても償えないと。
そう思っているのもまた、にはよく判ってしまって。
まして自身、相当な無茶をかまして養い親に心配させたことが一度や二度ではすまない。
心情的にはナップたちの応援をしたいが、理性はレックスたちの後押しをしろという。
「も、微妙な年頃なのねぇ」
頭を抱えるを見て、スカーレルがおかしそうに笑っていた。
それで結局どうしたかというと、子供たちはお留守番決定。
当初予定したメンバー、レックスとアティとカイルとで、えんやこらと林に乗り込んだ。
「でもさ、前より話は出来るようになったんだよ」
まだ足を踏み入れたことのない方面――つまり生え放題の下草を払いつつ、レックスが嬉しそうに云う。
「ええ。授業のときも、熱心に質問してくれるようになりましたし」
頷くアティの笑顔もやわらかい。
先日から始めた家庭教師生活は、それなりに彼らの糧になってるらしい。
なにより、最初はぎこちなかった彼らが、少しずつ円滑にコミュニケーションをとれていっているのが、傍で見てるたちにも手にとるように判るのだ。
まだ少し、お互い手探りなところはあるだろうけど。
この分なら、そう心配するようなこともないだろう。
……だからこそ、あの子たちも、自分たちが足手まとい扱いされてるのが面白くないのかもしれないんだけどさ。
だもので、はどちらかというと子供たちの味方をしたい気分なのだ。感情の部分なのはわかってるから、あまり大声で云えないけど。
カイルさんは? そう思って見上げたら、
「ま、あいつらに関しちゃ先生たちに任しとくぜ」
横からオレたちがうだうだ云っても、たぶん、うざってぇだけだろうしな。
とまあ、最初から匙を投げまくったことを云っていた。
たぶんこれも、彼なりの心遣いではあるんだろう。
髪の色や戦い方から、なんとなくモーリンを思い起こさせるカイルはやっぱり、竹をすっぱり割ったような性格だ。まだまだ潤滑とは云えない彼らを、苦笑して眺めてることが多い。
言外の、何かあったらいつでも云えよ、がその証拠。
「あたしも、お手伝いできますから」
特に剣とか。剣とか。
「……そうだなあ」
冗談混じりに云ったら、真面目な顔でレックスが考え込んだ。
「そうですね、軍学校に備えて、いくらか戦いの訓練もしておくべきですよね」
特に、はかなりの使い手のようですし。
先日の夜、刺青の帝国軍兵士――アティ曰く、仲間の兵士たちはあの男を“ビジュ”と呼んでいたらしい――を退けたことを云われてるのだと、すぐに判る。
まぐれですよとトボケるのも躊躇われて、はただ、曖昧に笑う。
「お、なんならオレも手伝うか?」
楽しそうだと思ったのか、カイルも身を乗り出してきた。
が。
「……いや、カイルはやめといたほうがいいと思う」
「ええ……なんだか、一撃であの子たちが粉砕されそうですし……」
「カイルさん、相手は子供ですから」
なーどーと。
返されたのは、見事にシンクロしまくった3人のお答え。
当然、カイルはがっくり肩を落とす。
「あんたらなあ……人をなんだと」
思ってやがる、と、そこまでカイルは云えなかった。
「きゅうぅぅぅ〜……」
云おうとしたときに、そんな弱々しい女性の声が、木々の向こうから響いてきたからである。