なにはともあれ、長い一日はようやく終わりを告げた。
島の探検から始まり、戦い一触即発のあと泉に行って帝国軍が流れ着いていて。
「……やっと、落ち着いたかなあ」
「そうですね。島の人たちとも、仲良くなれそうですし」
戦いの疲れと汚れを落とそうと、湖で水浴びした帰り道。
はぐれの危険を心配して組んだ、家庭教師姉弟+子供たち+で、夜の林のなかを歩く。
剣呑な気配は欠片もなくて、これなら心配が無駄だったかな、と、嬉しい予想。
レックスがウィルとナップ同伴。
アティがアリーゼとベルフラウ同伴。
で、それぞれ水に入り、は当然、女性陣のほうにごいっしょさせていただいた。
船に帰れば、海賊一家とタッチ交代である。
「仲良く……ですか」
水浴びが気持ちよかったのだろう、寝こけてしまってるテコを抱いたウィルが、つぶやいた。
「近いうちにね、島をちゃんと案内してくれるんだって」
「ああ……そうなんですの?」
盛り上げるつもりで云ってはみるが、ベルフラウの返答もなんだか拍子抜け。
水には入れないほうがいいだろう、ってことで見張りをがんばってくれてたオニビ、彼女の後ろで首を傾げた。
どうかしたのかな。
そう思ったとき、
「……ふあああぁぁぁ……」
大口開けたナップの欠伸が、とたんに一行の失笑を誘う。
「な、なんだよ!? 眠いだろ普通!?」
もう夜中なんだし!
笑われたことに気づいたナップが、顔を真っ赤にして怒鳴る。眠気には勝てないのか、まぶたはビミョーな半開き。
だがまあ、たしかに。
レックスやアティ、ならともかく、子供たちは本来なら熟睡してる時間だ。
こちらの帰りを起きて待っててくれたのは正直嬉しかったし、水浴びしたいってことばを受け入れたのもこちらだけれど、さすがに無理させてしまったかもしれない。
「…………」
ふと見れば、アリーゼもしきりに目元をこすっていた。
「おんぶしていこうか?」
「け……結構ですっ! そこまで子供じゃありません!」
単純に、眠いなら寝せてあげようか、と思ったらしいレックスのことばに、ウィルが盛大に拒絶反応を示していた。
こういうのが恥ずかしいお年頃なのだろーか。
「おぶっていかせるにしたって、大人の人数足りねーしな」
へっ、と、生意気っぽい笑みをつくってナップが云う。
たしかに。
子供たちをひとりずつおぶるとしても、それが出来るのはレックスとアティとの3人。子供たちは4人。……ひとり、足りない。
「レックスさん、男の人ってことでふたり――」
「いや、それ、ちょっと体勢的に難しいよ」
ふざけてけしかけてみたら、レックスは真顔でそう答えた。
「背中半分ずつ背負ったら、半分ずつずり落ちるし」
「……冗談じゃありませんわ、そんな情けないの」
「わたし、いいです……歩きますから……」
腕組みしてベルフラウが拒絶すれば、寝ぼけ眼ながらしっかり光景は想像したらしいアリーゼも、そう付け加える。
「んー、ま、おんぶ議論はもういいんじゃないですか?」
ひとしきり、愉快なやりとりを楽しんで、は前方を指さした。
木々の向こうは、もう、開けた砂浜。
その先には、積み上げられたいくらかの物資。
そうして、浅瀬に浮かぶ海賊船――
話しながら歩いているうちに、たちはとっくに、お船のところまで戻ってきていたのである。
さて、海賊一家とタッチ交代。
怪しげな気配もないし、先に休んでてくれ、という彼らのことばに甘えて、たちはそれぞれの部屋に戻る。
家庭教師のふたりと子供たちは、それぞれ男女別に二部屋だ。は、前回と同じくソノラといっしょ。
船内のつくりの関係上、レックスたちの部屋のほうが手前にあるため、当然そこでお別れである。
「レックスさんたちって――」
がそう話しかけたのは、先に部屋に入ったナップとウィルが、それぞれテコとアールをかかえてベッドに転がり込んだのと同時。
同じようにしようとしていたレックスは、それに答えて首だけこちらを振り返る。
「俺たち?」
「おふたりって、昔からこんななんですか?」
「こんなって……ああ、ファルゼンさんたちを追いかけてったこと?」
軍学校のとき、よく同級生にも云われたよ。突っ走るのもいいかげんにしろ、って。
「一度ついてる癖って、なかなか、直らないものだよな」
「いや、それ以前に直そうとしてないでしょ」
きっと自分ならそうだから。
と思ってカマをかけてみたら、レックスはあっさり破顔して頷いた。
アリーゼとベルフラウを促して、先に部屋へ向かわせたアティも振り返り、クスクス笑っている。
「判っちゃいます?」
「判っちゃいます」
そうして、姉弟は顔を見合わせて。
「なんだか――悔しかったんです」
「悔しかった?」
「うん。拒絶されっぱなしで、ないないですませちゃおうっていうのが」
それじゃあきっと、何も変わらない。
目の前のではなく。
どこか、遠くに思いを馳せるような、ふたりの目を見て。――息を飲んだ。
ほんの一瞬、ふたりに重なって見えたのは、あの村での日々。
しあわせな夢に閉じこもって、現実を受け止めかねてた、小さな小さな子供たち。
だけど、が、詰まらせたことばを探り出すより早く、アティがにっこり笑顔を浮かべる。
「起こった出逢いが全部善いものだとは云い切れなくっても、そう思えるようにすることは出来るでしょう?」
わたしたちは、そのために必要な方法を、ちゃんと持ってるんですから。
「……方法……」
「うん。ことばっていう方法」
負けず劣らずにっこり笑って、レックスが云った。
ことばですか、と、またおうむ返しにつぶやいて。
ふと、は改めてふたりを見上げる。
「どうして――そう思うようになったんです?」
ことばですべてが解決出来るわけじゃない。
思考としてではなく、実体験ではそれを知ってる。
だけど、ことばなくしてはおそらく、何も解決することは出来ない。
「……」
「あ、やっぱりいいです」
込み入った質問だった、と、はふたりの表情を見て、その質問を取り下げた。
云いようのない感情を浮かべたふたりは――いや、レックスは。だけど、首を横に振る。
「そだな……子供たちが目を覚ますかもしれないし、甲板に行こうか」
はまだ、眠くない?
「あ、はい」
頷くに笑ってみせて、レックスは姉を振り返る。
「姉さんはどうする?」
「……。わたし、先に寝てるね」
“姉さん”
初めて耳にした呼びかけは、だけど、ふたりの間では何かの合図のようだ。
いや、合図というよりもレックスの懇願だろうか。
そう呼びかけられた瞬間、アティの笑みに蔭りが見えて。直後のことばは、彼女の体調とはたぶん正反対のものだった。