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【異分子はどちらだ】

- 初対面で目の仇 -



「は!?」

 一層殺気を増した視線も、その声も、向かう先はひとり。
 向けられたはというと、殺気はともかく、一目でンなコト云われたほうへ驚きを感じてただ戸惑う。
 いや、たしかに、の剣はルヴァイド仕込みなのだから、デグレア=旧王国、で間違ってはいないのだけど。
 ……そういえば。
 帝国は、聖王国より旧王国と仲が悪い、って、どっかで聞いたような。
 ってことは、構えで型が見破れるくらい、小競り合いとか日常茶飯事なんでしょうか?
 などと戸惑っている間にも、軍人は、一直線にへと距離を詰めてきていた。
 あまりの素早さに、周囲の誰も反応出来ていない。

「死ねエェェェェェッ!!」
「うわわわわー!?」

 初撃は投具。一直線に自分目掛けて突っ込んでくる切っ先を、次からの剣戟を予測して手首を逆にして叩き落す。予想どおり、ほぼ間をおかずに曲刀引き抜いて迫ってきた男の一撃は、手を返すしなりを利用して脇に流した。
 飛び道具で一瞬揺らいだ体勢の立て直しは、それで完了。直後、男がまたしても突進してきた。
 金属のぶつかる音が、闇に連続して響く。
 間近で見た軍人の顔には、頬のあたりに何やら刺青。
 それが歪むほど表情を憎々しいものに変えた軍人は、距離をとろうとしたに、さらに追撃をかけてきた。
 だけども、それを素直に受けるつもりなど、にはない。

「この人、あたしが引き受けます!」
 皆さんは、他の人たちよろしくっ!

 叫んで、また大きく地を蹴った。
「待ちやがれェッ!!」
 身体を後ろへ運び、先ほどのキュウマのことばを思い出して、あの場から離そうと走り出す。
 今の激昂っぷりを見るに、冷静に味方の助勢にいくようなことはないだろう。
 予想どおり――振り返りもせず走る背中に、ビシバシと殺気が突き刺さる。
 さらに背後では、レックスたちと他の兵士たちが戦いを開始したのだろう。剣戟が聞こえ始め、召喚術の光がの進む先までもをあえかに照らす。


 ある程度の距離を稼いで、は、足を止めた。
 森のなかにしては、割合開けた場所だ。
 追いついてきた軍人もまた、一定の距離をおいて足を止める。
「ヒッヒッヒ……覚悟を決めやがったか?」
 彼の手にした剣が、枝葉の間から細く零れる月明かりを反射して、禍々しく輝いた。
「戦う前に、ひとつ訊きたいんですけど……」
「あァん?」
「あたしとあなたは、初対面、ですよね?」
 今度こそ。
 まーた、知りもしない因縁突きつけられても、かなり困る。
 どこぞのお爺さんとかどこぞの総帥の顔を思い浮かべたの表情は、かなり苦々しい。
 だが、いい意味で予想は外れた。
「ったりめぇだ! テメエの顔なんざ、見るのはこれが初めてだよ!!」
 それは嬉しいが、
「じゃあなんで、いきなりあたしを目の仇にするんですか!?」
 吐き捨てるようなことばにムッとしたのもあるが、何より納得行かないのが、唐突な難癖つけだ。
 帝国と旧王国の不仲は有名らしいが、だからってここまでくってかかられるか?
 しかも、の格好は、構えで見破られていなければ、ただどこにでもいる旅人Aだというのに。
 そうして、次の答えはあっさりとしたものだった。

「いきなりもクソもねえ! 旧王国に関係してる奴らは、全部ブッ殺すッ!!」

 叫ぶや否や、軍人は地を蹴った。
 引きちぎられた下草が、舞い上がる。

「ふざけろっ! そんな理由で殺されてたまるかっ!!」

 何があったのか知ったこっちゃないが、彼の怒りはそうとう根強く、深そうだ。
 だが、だからといって、大人しく殺されてやる義理などにはない。
 だいたい、その無差別な――十把一絡げっぽい敵視が気に入らない。
 この島の彼らを化け物と云ったり、を旧王国絡みのようだからと因縁つけてきたり。
 ――ギィン!
 甲高い音をたてて、二本の剣がぶつかり合う。
 女だからと甘く見たのか、それとも力量を測るつもりか、初撃は予想したよりも軽かった。
 もっとも、ルヴァイドのあの重量級の剣と比べれば、たいていの攻撃は軽い部類に入るのかもしれないが。
「チッ!?」
 理由は前者だったのだろうか。
 心外の意を込めた舌打ちをもらして、軍人は、一度剣を弾く。
 その勢いを受け流して、も、彼と距離を開ける方向へと身体を流した。
 ついでに攻め立ててもいいのだけれど、別に、は彼に何か恨みがあるわけでもない。
 気に入らないのは本当だが、相手がこちらを殺そうとしてるからって、自分も殺すつもりでいくのは、何かが違う。
 ……第一。
 激情にとらわれて剣を揮うのは、もうごめんだ。
 どちらも納得行く理由なしに、命の奪い合いをするのは、もうたくさんだ。
 相手が諦めるまで、防戦するか。
 そう方針を決めて、剣を構えた。
 白い刀身が、ろくな灯りがあるわけでもない夜の闇のなか、ぼんやりと輝いている。きれいなのは認めるが、夜の戦いではちょっと不利。
 光の軌跡を追われたら、剣筋を見極められやすくなる。
 不意に、軍人が挑発的な笑みを浮かべた。
「ヒヒッ……そういやあ、旧王国ってぇのは召喚術には閉鎖的なんだよなぁ?」
「はあ」
 旧王国の方針自体はともかく、全員が全員そうってわけじゃないんだけどな――

「ヒャーッハハハ! 死にやがれェッ!!」
 バッ! と。
 高々と掲げられた軍人の手のひらには、紫の光を放つサモナイト石。

 そうか。
 たしか帝国は、軍人と召喚師には召喚術の使用を許可していた……!
 さっき睨み合った間に、呪は唱えていたのだろう。考えに集中して気づけなかった自分を、少し恥じる。
 恥ついでに授業料にしようか、と、その一撃を受け止める覚悟までしたときだ。
「……させないわ!」
 聞き覚えのある声が響き、あわや迸ろうとしていた光が、あっという間にかき消される。
「なんだァ!?」
「タチサレ……コレイジョウノロウゼキハ、ユルサナイ」
 声のしたほうから進み出てきたのは、さきほど、アルディラと一緒に姿を消したはずのファルゼンだった。
 霊界集落の護人だと云っていたから、出身はサプレスか?
 その後ろから、もうひとり、アルディラが歩み出る。
 界の異なる属性の魔力を利用して、中和した……からくりとしては、そんなところなのだろう。機界と霊界は属性的に相反してる、って、たしかどこかで聞いた。幻獣界と鬼妖界のように。
「チッ、化け物風情がッ!」
 のんきに呪文を唱える暇はないと判断してか、軍人は再び剣に手を伸ばした。が、一瞬でもから注意を逸らしたのが不覚。
 ガツッ、と、その一瞬に迫ったは、剣を足で蹴り飛ばす。
 思いのほかポイントがよかったらしく、それは、大きく弧を描いて木々の向こうに飛んでいった。
「――――!」
「あたしは、この人たちが召喚術を使う間、あなたを前に進ませたりしませんよ」
 さきほどの一合、その前の数合で、それが出来ないことではないと彼も判っているはずだ。
 予想に違わず、軍人の表情に狼狽が混じる。
「それでもまだ戦いますか?」
 そこに響く、複数の足音。
 “”という呼びかけが、足音に混じってだんだんと近づいてくる。
 となると――
「……あちらは、すでに決着がついたようよ?」
 ふっ、と、表情を挑発的にほころばせてアルディラが告げる。
「チッ」
 忌々しげな舌打ち、ひとつこぼして、軍人は踵を返した。


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