絶対に船から出ないように、と子供たちに云い含め、たちは森を走り抜ける。
遠かった爆音が、だんだんと近づいてきた。
それは、破壊だか戦闘だかの現場が近づいてきたことを意味する。
急かされるように足を速め、辿り着いた先には、先客がいた。
「止まって……!」
複数の先客の姿を目にした瞬間、レックスが一同をその場に留める。
「どしたのよ、急に?」
「――帝国の軍人です」
木々の向こうをすがめ見て、アティが答えた。
あらら、と、少しおどけた声音でスカーレルがつぶやく。ただ、逆に、前方を見る彼の目は鋭い。
カイルの舌打ちが、やけに大きく響く。
「奴らまで、流れ着いてやがったのか……」
「しかも、なんであんなに大量にいんのよっ」
うちの手下どもなんか、ほっとんど生き別れになっちゃったつーのに!
完全に目をつりあげているソノラの怒りは、助かった人数の差に向いてるらしい。
たしかに、遠目に判る分にも、帝国軍人とやらはゆうに2桁近く。
軍人というなら、部隊だかなんだか丸々出したりしないだろうから、その倍はいるとみていいだろう。
ほら、よく云うじゃないか。
帝国軍、一匹見たら三十匹。今つくったんだけど。
「いらしていたのですか」
枝葉を揺らす小さな音と一緒に、声と、その主がおりてきた。
夜闇の中とはいえ、見覚えのある姿に、は表情を輝かせる。
「キュウマさんっ」
「ま、見てのとおりだ。あれが人間の対応って奴さ」
斜めの方向から、声と気配がもうひとつ。
「あ……えっと、ヤッファさん」
「おう」
そうしてやってきたふたりを、レックスやアティ、以外の面々は、これが噂の護人か、と、改めてその姿を見直していた。
だが、のんきにそんなことをしている場合ではない。
またしても、木々の向こうで爆音と閃光が生まれていた。
その光に照らされた幾つかの人影を目にし、レックスが気づく。
「あっち! アルディラさんとファルゼンさんが……!」
軍人達と向かい合って、なにやら云いあっている女性と鎧。
間違いもなく、今レックスが告げたとおりの人物たち。
ことばはよく聞こえないものの、両者の間にある雰囲気はひどく険しい。一触即発といっても差し支えないほどだ。
幹が半分以上こそげた木や、焼け焦げた葉も痛々しいその場に、互いの敵意はどんどん膨れ上がっていっている。
「……あれが、現実なのですよ」
歩き出しながら、キュウマが云った。
向かう先は当然のように、帝国軍人とアルディラたちが睨みあっているその場所。
「人間は異分子を嫌う。オレたちを、化け物としか見てねえんだ」
「そんなこと――」
「あなた方がどうであれ、大半の者はヤッファ殿の云うとおりです」
「……っ」
それでも。
たちは、キュウマとヤッファを追いかける。
何をしに?
「――で、あんたらはどっちに味方するんだい?」
もう少しも歩けば、一投足で彼らの間合いに踊りこめるだろう場所で。
立ち止まったヤッファが、皮肉な笑みを浮かべて振り返った。
レックスたちが口ごもったのは、問いが唐突だったという理由からだけじゃない。
同じ人間と。
違う種族と。
どちらを選ぶと問われて。
だけど。
「決められないよ、そんなの……っ」
まだ、どちらがどうだとか、自分たちなりに見極めることさえ出来てないのに。
そんな気持ちをにじませて、レックスが手のひらを握りしめた。
けれどすぐに、彼は、俯かせた顔を持ち上げる。
「……でも」
そこに浮かぶ感情は、たぶん全員のそれの代弁。
――敵だとか味方だとか、関係なく。
謂れなき暴力を見過ごすことなんて、出来るわけない。
それだけは、たしかな気持ちで――
「やめろッ!!」
またしても召喚術を揮おうとした軍人の手を止めたのは、レックスの叫びだった。
「……ンだぁ?」
振り返り、軍人は声の主を目にする。
木々の合間を縫って駆けて来る、人間たちと召喚獣たちを。
もともと目つきがよろしいとはいえない彼の顔が、輪をかけて不機嫌な色を浮かべた。
「何だ、テメエら? 人間のくせに、化け物に味方する気かよ!?」
「どっちの味方もありません!」
わたしたちは、ただ、守りたいだけなんです!
敵意を隠そうともしない軍人のことばに、返すアティのことばは否定。
「誰にも、何にも、傷ついてほしくないんです! だから、わたしたちは貴方を止めます!!」
「……アティさん……」
複雑な表情になったに、スカーレルが気づいた。
「奇麗事、ね?」
いまどき珍しい、真っ直ぐなセリフだこと。
揶揄交じりのことばには、だけど隠さない好意がある。
「アタシは、好きだけどね。ああいうの」
「……スカーレル」
眩しいものを見るような彼の視線を追ったヤードが、以上に複雑な貌を見せた。
幼馴染みだというふたりだが、いったい、そう云わしめる何が過去にあったのだろう。
問う資格も、時間も、今はないけれど。
スカーレルとヤードから視線を前方に戻すと同時、軍人が、忌々しそうに舌打ちする音が聞こえた。
「うるせぇんだよ、正義面しやがって!」
構うことはねぇ、まとめて叩き潰せ!!
周囲にいる、部下らしき兵士たちに向かって手を振り上げ、戦闘の合図。
彼らの標的は確実に、アルディラたちからこちらの一行に移った。
それを確認したキュウマが、彼女たちに声をかける。
「お退がりください! 後はこちらにお任せを!」
「さっきからやりあってたんだろ? こっちはいいから、ゆっくり休んでな」
同じく前に出て、ヤッファも口添え。
アルディラとファルゼンは、こちらを見渡したあと、顔を見合わせて。
ひとつ頷くと、木々の向こうにその姿を消した。
“化け物”2匹など、もはやどうでもいいのか。軍人は、姿を消したふたりなど歯牙にもかけず、懐から投具らしきものを抜き放つ。
応えて、レックスたちも――も、それぞれの武器を構えた。
「森のなかに引き込みましょう。出来るだけ、集落から……」
引き離す、と、おそらくキュウマはそう云いかけたのだろう。
だが、彼のことばを遮って、軍人が叫んだ。
「テメエ――その構え! 旧王国か!!」