などとごちながら、枝を渡ることしばらく。
目当ての人影を見つけて、は、ぱ、と表情を輝かせた。
「キュウマさんみーっけー!!」
「殿!?」
ずざざざざーー!
盛大に枝葉を散らして目の前に舞い下りたを見るキュウマの表情は、驚愕一色。
行きのペースが亀のように思えるほど、相当速足で進んでいたから、まさか追いついてくるなんて思わなかったんだろう。
「……なぜ、こちらに?」
「追いかけてきました」
「それは、見れば判ります」
私が訊きたいのは、追いかけてきた理由です。
心なし脱力し、こめかみに指を当ててキュウマが云う。
「見たところ、同行の方の姿も見えませんが」
「あー、はい。レックスさんとアティさんは、他の人追っかけていきました。カイルさんとソノラは一応船に戻る予定です」
ふたつめの問いにそう答えてみたところ、ますますキュウマは怪訝な顔になる。
あ、そっか、と。
は、こぶしと手のひらを打ち合わせた。
「赤い髪の男の人がレックスさん、女の人がアティさんです。金髪の男の人がカイルさんで、大きな帽子かぶってるのがソノラ。で、あたしがです」
「……そうですか」
それで、何のために私を追いかけてきたんです?
「話をしましょう」
たぶんレックスとアティが云いたかったのも、このことだろう。
にっこり笑って告げると、キュウマはますます呆気にとられた顔になる。
「話なら、さきほどすでに――」
「いえ、ああいう殺伐としたものじゃなくて」
もっとこう、和やかに。和気藹々と。
「……殺伐とせざるを得ないでしょう」
我々がリィンバウムの人間に対して抱く感情が、そうさせるのです。無理のないことだとは思いませんか。
「うん。でも、レックスさんたちがそうしたわけじゃないですよね」
「ですが」
「たしかに、あたし、召喚獣は召喚獣だーってひとくくりにして何やらせてもいいーって云ったバカ知ってますけど、みんながみんなそうじゃないです」
「あなた方がそうだとでも?」
「それは、これから見極めてもらえるとうれしいなって思うんですけど、どうでしょう」
人間だからってまとめないで、よかったら、あたしたちを見てくれませんか?
「…………」
沈黙は。
果たして、拒絶か許容か。
もう一押しやるべきか。
何か他に手札はあったかと、頭を巡らせると同時。
「そのことばを信じろ、と云うのですか?」
人間への不信も根深い、我々に。
値踏みするようなキュウマの視線とことばに、ここが正念場だと悟った。
「あたしが信じます」
あなたたちが、あたしたちを信じて受け入れてくれるって。
「ですから、受け入れてくれるまで何度でも押しかけます」
「……それは、脅迫と云うんですよ」
ふ、と。
口元をほころばせて、キュウマが云った。
意味もなく胸を張って仁王立ちしているを見る視線は、幾分穏やか。
そうして彼は、進行方向を向いていた身体をの方へと向き直らせる。
「そうですね。少なくとも、貴方が召喚されながらも幸せに暮らしていたろうことは、判りました」
さきほどのことばも、それらが基になったものなのでしょう。
「まだ見限るには早い、と仰るのですね?」
「はい!」
「……判りました」
口の端が、持ち上がる。
微笑ましいものを見るような表情をつくって、キュウマは告げる。
「我々にも、意固地になっていたところがあったかもしれません」
「じゃあ!?」
「然るべき機会に、改めて話し合いの場を設けるようにしましょう。私が約束できるのは、これくらいですが」
「いえ充分です! ありがとうございますっ!」
やったー! と。
両手を勢いよく天に突き上げて喜ぶを見て、キュウマの笑みが苦笑に変わる。
「ですが、もう日暮れも近い。今日のところは、その船に戻ったほうが良いでしょうね」
「あ、はい……えと、そしたら、こっちからまた泉に出てくればいいですか?」
「いえ。鳥を放ちますからご心配なく」
こっくり、そのことばに頷いて。
「ありがとうございます。みんなにもちゃんと、このこと話しておきますね」
それじゃあ、どうもお引止めしてすいませんでした。お話きいてくれてありがとうございます!
ぱっ、と身を翻して、船のある方向へ走っていく後ろ姿が小さくなるまで、キュウマはそれを見送っていた。
そうして、赤い髪が木々の向こうに消えたころ。
ため息をついて、背後の茂みに声をかける。
「ヤッファ殿、いつまで隠れておられるのです?」
「今出ていこうとしてたんだよ」
「……まったく」
面倒くさがりで知られる彼のセリフは、どこまで本気にとればいいのか。
結局、愚痴めいた一言だけを答えとして、キュウマは振り返った。
先ほども同じ場にいた、幻獣界集落の護人の姿を視界にとらえる。
そのヤッファはというと、悪びれた様子も見せずに、からかうような笑みを浮かべてみせた。
「あんたにしちゃあ、えらく懐の広い対応だな」
まさかとは思うが、ああいうのが趣味か?
違います、と真顔で否定したあと、キュウマは再び苦笑する。
「自分でも、不思議だと思います」
「……ま、気持ちは判らんでもないがな」
ヤッファの視線が向くのは、と名乗った少女が駆けていった方。
そちらに顔を向けたまま、世間話のつづきのように、それは告げられた。
「アルディラとファルゼンも、別件のヤツらにつかまってたぜ」
「・・・・・・」
「こっちに負けず劣らず、熱いセリフをかましてくれててな」
さすがに巻き込まれるのはごめんだから大回りしようとした挙句、最後に行き合ったのがここだった、ってわけだ。
「お二方は、それでどうなさったのです」
「似たり寄ったり」
端的な説明に、こぼれるのはまた苦笑。
「それでは、明日の護人会議で、似たような提案が持ち出されるというわけですね」
「そういうこった。ま、オレはめんどくせえから適当にやってくれ」
ひらひらと手を振って、ヤッファは身を翻した。
えらく大回りをして逃げてきたらしいが、今度こそはユクレスに戻るつもりなのだろう。
ふと。
“つかまって”いなかったのが彼だけだったことに思い至り、キュウマはその背に声をかける。
「……ヤッファ殿はどう思われるのです?」
「何が?」
「彼らを、信ずるに足るかどうか……」
どう判断するのかと。
問う前に、ヤッファが振り返る。
普段の、どこか投げやりな笑みはどこへやら――いや、浮かべているのはたしかに笑み。だがそれは、遠いどこかを懐かしんでいるような。
「あっちのふたりや、今の嬢ちゃんを見ててな」
「はい」
「なんとなく――アイツらを思い出したよ」
なんとなく、だけどな。
そう強調して、今度こそヤッファも歩き出す。
「……」
口元を引き結んで、キュウマはそれを見送った。
それからくるりと踵を返し、彼の守るべき郷へと帰路を辿り始めたのである。