なんでもそこは、集いの泉と呼ばれているらしい。
キュウマの話した残り3人の護人の暮らす集落、それに彼自身の暮らす集落――計4つの集落のちょうど中心に、この泉はあるんだそうだ。
泉のほとりから伸びた道が、その中央にある広間のような場所まで続いている。
目をこらして見れば、そこにはもう、人影が三つ待機していた。
「…………」
うずうずうず。
「気持ちは判りますから、落ち着きましょうね」
その人影のひとつを見た瞬間、手をわきわきさせだしたを、アティがそう云って諌めた。
「だ、だってだってだって……」
「うん。仲良くなれたら、頼めばいいよ」
何も云ってないのに、ピンポイントなアドバイスをくれるレックス。彼ももしかして狙いは同じなのだろうか。
キュウマの怪訝な視線を受けながら、水の上の道を歩いて広間へ向かう。
辿り着くと同時、先導していたシノビは歩を速め、おそらく常の位置なのだろう場所へと向かっていった。
着いていったたちはというと、当然所定の位置などあるわけもないので、道から一歩入ったところで立ち尽くす。
奥に座っていた女性――眼鏡とか身体の紋様とか、なんだか誰かさんを彷彿とさせる出で立ちだ――が、一同を見渡して立ち上がった。
続いて、他の2名も。最初から立っていたキュウマは、もちろんそのまま。
そうして、女性がゆっくりと口を開く。
「私は、機界集落ラトリクスの護人、アルディラ」
続いて、白い毛皮に黒い縞模様の入った獣人と思しき男性。
「幻獣界集落、ユクレスの護人。ヤッファだ」
白い大きな鎧。
「霊界集落……狭間ノ領域ノ護人、ふぁるぜん」
最後に、ここまでたちを連れてきてくれた鬼人。
「鬼妖界集落風雷の郷の護人、キュウマ」
名乗りが終わると同時、女性が再びことばをつむぐ。
「四界の名のもとに、このときこの場所において、護人会議をもうけることを宣言します――」
事情説明自体は、すんなり終わった。
嵐に巻き込まれて、この島に難破してきた、と、そもそも一言だけでも充分なのだ。
それに加えて、船の修繕のために材料の調達をしたいことなど。
護人たちは黙ってカイルやレックスの話を聞いてくれていたけれど、その表情は、お世辞にも友好的とは云えなかった。
「――ってなわけなんだが」
そう云ってシメ、カイルが口を閉ざす。
黙って成り行きを見守っていたソノラとは、視線を、レックスと家庭教師コンビから4人の護人たちに移した。
それを合図にしたわけでもないだろうが、アルディラと名乗った女性が、ちらりとこちらを見て。
「まず最初に云っておくわ」
この島は、貴方たちに協力することは出来ない。
「どうしてですか!?」
薄々そう思ってはいたのだろう、ことばが終わるか終わらないかのうちにアティが問いかける。
応えて、しましま獣人ことヤッファさんがめんどくさげに彼女を見やり、
「……この島の奴等はな、リィンバウムの人間を嫌ってるんだよ」
「なぜ?」
「貴方なら、判るかと思いますが」
キュウマの視線が、をとらえた。
含まれた意図は、明確。
「……きゅうま? 彼女ガ、ドウカシタノカ?」
白い鎧のことばは、たどたどしい。たしか、ファルゼンと名乗っていたっけ。
「彼女もまた、我々と同じだからですよ」
獣人と女性、鎧さんの視線が一斉にに向かう。
「なんだ、おまえさんも“はぐれ”なのか?」
「それにしては――こちらの世界の人間と、遜色がないようだけど?」
呆れたのか感心したのか、よく判らないヤッファのことばに重ねて、アルディラが怪訝そうな顔でつぶやく。
「――名モナキ世界……カ」
そこにファルゼンが続け、護人たちは得心のいった表情を見せた。
だけども、アルディラの怪訝な色は完全に消えたわけではない。
理由ははっきりしていたため、は、さきほどキュウマに告げたことをそっくりそのまま繰り返した。
幼い頃リィンバウムに喚ばれて以来、こちらで暮らしてること。
ついでに云うなら、召喚主なんて顔も知らないこと。
いくらなんでも、それらが15年後くらいの話だなんてことは云えないが。
あとおまけに、事故で界の狭間に突っ込んで、ヤードの召喚術の道を辿ってリィンバウムに戻れたことも。
さすがにこれは護人たちも怪訝な顔をしたが、日本語刻みのの名前入り――誰にも読めないどこぞの文字――を見せることで解決した。
「……じゃあ、この島の奴等ってのは……」
や護人たちを交互に見やり、カイルがつぶやく。
浮かべた表情は、苦々しい。
「ええ」
アルディラが頷く。
「この島で暮らすのは、召喚主を失い、元の世界に帰ることも出来ない者ばかりなの」
「実験のために喚びだされ、島ごと放棄されちまった、な」
「故に、この島の者たちはリィンバウムの人間を快く思っていない。憎しみを抱いている者さえいるのです」
だから――
「貴方たちには手出しをしないよう、こちらから指示はするわ。でも、それだけ」
「島を出て行くまで、互いに不干渉を保つ」
これが、我々に出来るぎりぎりの譲歩です。
無表情のまま、淡々と彼らは告げる。
心のなかで浮かべた表情は、果たしてどんなものなのだろう。
怒りだろうか、憎しみだろうか。
故郷を離れ、帰ることも出来なくなった、その元凶であるリィンバウムの人間を目の前にして。
彼らが何を思うのか、想像するだけならそれは容易いことだったろうけれど。
食ってかかるわけにもいかず、というよりも、リィンバウムに暮らす者として抱える問題を目の前に。
いつまでも、その被害を受けた彼らを目の前にして強気を保ちつづけるのは難しい。
異論がなければこれにて閉会します、ということばを最後に、ぞろぞろと、たちは泉を後にした。
先を進んでいた4人の護人は、形だけの礼をして、それぞれの集落があるのだろう方向へ歩き出している。
振り返りもしない彼らの背中は、先刻見せた感情を強く反映していた。
「……」
どうしよう、と。
見せられた強い拒絶に、追いかけようと思った心はあっさり萎える。
惑いがちにレックスたちを見ると、彼らも似たようなもので。
バラバラに歩いていく護人たちの背中を、それぞれ、云いようのない表情で見送っている。
「やりきれねぇな……」
スカーレルや客人に、なんて話しゃいいんだ。
ぽつり、カイルがつぶやいた。
彼自身召喚術の心得はないはずだが、帝国は、召喚師以外の人間にも召喚術の学習をする機会を与えている。
「襲いかかられるわけ、だよね」
所在なさげに投具をいじりつつ、ソノラも頷く。
最初からこの世界で暮らす自分たちは、異世界に放り出されて抱く感情を知らない。
でも、きっと、心細いし寂しい。
ましてや召喚した主もすでになく、帰る手段もないとなれば、なおさらのこと。
「あたしも、やっぱり最初はすごく泣きまくったし……」
「そうだよね。……受け入れてくれってほうが、ムリなのかもね」
――はあ。
期せずして同時にため息をこぼしたカイルとソノラ、の横。
レックスとアティが、うん、と顔を見合わせて頷いた。
ダッ、と、下草を蹴ってふたりは走り出す。
「お……おい!?」
慌てたカイルの制止のことばに、ふたりは、顔だけ振り返って叫んだ。
「皆さんは先に帰っててください!」
「俺たち、もっとあの人たちと話をしてみる!!」
その表情には、やっぱり、さっきの話の衝撃が色濃く残ってたけど。
――立ち止まってちゃ、何も始まらないから。
そんな衝撃覆すくらい、強く浮かんでるのはその気持ち。
「話って……もう終わりだってあいつら云ってただろ!?」
「違います。わたしたち、まだ、何も話なんかしてません」
「だから、行ってくる!」
強く。
訴える彼らのことば。
そうして、触発されるのはこの心。
「……じゃ! あたしも行ってきまっす!」
木々の向こうに消え去ったふたりとはまた別の方へ、も走り出した。
「までー!」
「だいじょうぶです、道に迷ったりはしませんから!」
どっちかっていうと、街中より野歩きのほうが慣れてますし!
ちょっぴし非難の混じったソノラのことばに、大きく手を振って返す。
呆れた海賊兄妹の視線を受けて、それじゃ、と身を翻した。
追いかけるのは、キュウマだ。
さっき通った道だから辿りやすいし、レックスとアティは別の人を追いかけていったし。
それに。
斜め上に手近な枝を見つけて、は、地を蹴ってそれに飛びついた。
一度大きく足を振り、その反動で次の枝に飛び上がる。あとは、体重を支えられてしなりの良さそうな枝に次々と移っていくだけ。
――そう。それに。
「突っ走るしか能がないのは、あたしの十八番だしっ」
とてつもなく一応だが、とんでもなく仮にだが、育ての親としてレックスとアティに得意分野で負けるわけにはいきません――って、ね?