「へっ!?」「な、なに!?」「ぷー!?」
それまでのしんみりした空気はどこへやら、途端騒然として視線を泳がせるたちの耳を、唯一、焦りも慌てもしない占い師の声が打つ。
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ」
何が? そう、問うより先に、メイメイはにっこり微笑んだ。
「単に、今入口が繋がってる島のほうで変化が起きただけよ」
こともなげに彼女は云うが、
「ああ、そうなんですか――って」
「それだけで納得出来るわけないでしょ!?」
怒鳴るとイスラの声を、だがメイメイは聞かぬふりして身を翻す。にゃはははは、と、いつもの笑い声も健在に。
「何が起きたかは自分の目で見ることねー。頑張って戻れ、若人プラスワン〜♪」
「ってあたしは!?」
あからさまにイスラ(とプニム)だけに向けられていることばに、外されたは、勢いのまま叫ぶ。
「――っ」
叫んで、直後、沈黙。息を飲む。
気づいた。気がついてしまった。
もう、この時間のあの島の。あらゆることに、自分から関ることは出来ないんだと。
「うわー、なんかすごく半殺し的っていうか真綿で首を絞められてるっていうか!?」
たしかに、状況から考えれば今ここにいるのは妥当、至極まっとうなことだと思う。だけどもそれと引き換えに。気になりまくってるこの島の行く末、結局ほったらかしで去るというのはどうにもこうにも。
思わず頭抱えて身悶えたの肩を、メイメイのものにしては大きな手が、ぽん、と軽く叩く。
誰かなんて問うまでもあるまい。
振り返った先では、イスラが、腕を片方持ち上げた姿勢のまま微笑んでいた。
「また来るんだろ? だったら、そのとき、話をするよ」
ヴァルゼルドと同じように云って、
「たくさん、たくさん――君に逢うまでに、たくさんのことがきっとある。それを全部、話してあげる」
だから君は。
「早く帰って……逢いにおいでよ」
「――――」
十数年を飛び越えれば、そこは元々生きていた場所。
そこからすぐさまはじめるなら、の主観としては殆どタイムラグなしで島を訪れるための行動に移ることが出来る。
……対して、イスラをはじめ島のみんなは、時間を飛び越えることもなく、日々を刻んでいくことになる。
「ごめん」
まどろこしいのは、じれったいのは――どちらもだ、結局は。
イスラは、気を悪くした様子もなく、
「謝る必要なんてないのになあ」
そう云って微笑んだまま、こちらに向けて腕をさしのべた。
握手なんだと解釈して、も腕を持ち上げる。互いに掴む相手の手は、右腕。双方にとっての利き手。
そうしてちらりとイスラを見上げ、零れるのは涙ではなく小さな吐息。
ここに来る前、砂浜でひと騒動起こしたとき、イスラがを見て抱いた気持ちというのは、こんなものだったのかもしれない。
笑おうとしてるんだろう、けれど奇妙に歪んだその表情を、指摘するべきかどうか。迷ったのは、ほんの一瞬。
握手したままの腕に力を入れると、意外すぎるほどあっさり、イスラはの方に引き寄せられた。そのまま――たとえばレックスに、たとえばアティに、そうしたように――片腕で抱きとめ、片腕で背を叩く。あやすように宥めるように。
板についてる、と、イスラが思ったかどうかは判らない。
「――ごめ、ん」
謝らないでいいと云った当人が、ぽつりとつぶやいた。
「ごめん……っ、お別れ、笑っ……、しよ……――思っ、た、ん……けど……っ」
「……うん」、いつかのレックスのことばを思い出す。「お別れって――寂しいよね」
「ぷーぅ」
つられたんだろうか。やってきたプニムがイスラの背を登って、これが最後とばかりにの頭上へ。べったり、へばりついて頬を擦りつける。すりすり。
それから――もうひとつ思い出す。
こんなふうにお別れのことばさえ交わしてやれなかった、赤い髪の小さな子たちを。
「……」
彼らと再び出逢えたのは、そうしてここへ至れたのは。
「ありがと」
「――え?」
泣き顔見られるのが嫌なんだろうか、顔を上げずに発された疑問符に応えるついでに、背においていた手をちょっと動かして、頭を撫でる。
「イスラが“”を見つけてくれたから、あたしはここにこれた」
レックスとアティに逢って。
島を訪れて。
プニムと逢ってヴァルゼルドと逢って。
――そうして今これから、元の場所に帰ることが出来る。
それからこれは内緒だったりするんだけど、封印で終わらせないためにいろいろかましてくれたことも含めて。
「ありがと、イスラ。イスラがいてくれて本当によかった」
「――――――――」
それを。が。
彼女が。意図してたかどうかは、判らないけれど。
「ありがとうは」、
そのことばに、彼は、
「僕のほうだよ――……」
たぶん、ずっと。ずっと――憧れてた。
――ぎゅっ、と。最後に一際強く力を入れたあと、はイスラから身体を離した。応えるように背に腕をまわしたイスラもまた、少し遅れて立ち上がる。
見下ろす黒と見上げる夜と。
涙で充血した目とうっすら水滴たたえた目と。
ぶつけて。
細める。
口元を。
持ち上げる。
――笑う。
「じゃあまたね、イスラ、プニム」
「うん。またね、」
「ぷ、ぷーぷぷっ」
用意はいいかしら? すでに足元に淡い光をまといだしていた占い師のことばに、は大きく頷いた。
霧でも出てるんだろうか、白くぼやけつつある視界に浮かぶひとりと一匹を、もう一度強く瞼に焼きつけるように見据え、振り切る。振り返る。
眼前に佇むメイメイは、赤い衣に包まれた身体を僅かにずらして、足元の光へを導く。
片足を踏み入れる。踵をつけて、土踏まずを経由して、爪先まで着地。
「――」
それから、
もう片足を踏み入れる。
踵、土踏まず――――
「――」
爪先。着地。
そして迸る光のなか、ふたりの女性の姿は消えた。