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【無限界廊】

- プニム -



 それが気の弛みになったのか、視界の端で、ひとときはおさまっていた光がまたたく。
「っ」
 軽く眉をしかめると、真っ先にメイメイがそれに気づいた。
ちゃん――」
「……こっちのメイメイさん曰く、なんか、ここにいれるリミット近いらしいんです。引っ張られてるみたい」
「でしょうね〜。ばちばち、元気に呼んでるわ」
 笑って頷いて、メイメイはふと、の腰にある剣を見る。
「それが最後の鍵なのね。がんばってくれてるじゃない」
 まったくです、と、は深々頷いた。
 ここに喚び寄せてくれたヤードの召喚術、その要。
 これを返してもらってなかったら、遺跡でオルドレイク追い返した直後から、連綿と時間の迷子に逆戻りしてたかもしれない。
 剣帯から鞘ごと引き抜いた白い剣を、感謝の気持ちこめて見つめる。
 サイジェントで初めてこの手に訪れた剣は、そこから十数年以上の時間を巻き戻した場所までついてきてくれた。――うん、だから――ここからは、一緒に行こう。
 そうして。視線は剣に落としたまま、懐へ手を入れる。指先に触れたそれを取り出して、
「イスラ」
「――え……っ!?」
 ほい、と投げたそれを見るイスラの目は、まん丸。けれども、彼は咄嗟に両手を伸ばし、きちんと魔よけを受け止めた。
 その瞬間、光が一際大きく弾ける。
 そろそろいいよね、時間だよ、もう帰ろうと。――でも、その力は強すぎて、逆に彷徨わせるばかり。
「だめよ」
 ふらついたの傍らを、メイメイの手が優しく薙いだ。
「私が連れて帰るから、安心なさい」
 彼女が何をしたのかは判らない。どんな作用を引き起こしたのかも。
 けれど、たしかにその仕草とことばで、光は、すぅっと弱まった。それでもまだ、名残惜しそうにゆるやかな点滅を繰り返している。
 それを見て、メイメイは苦笑。
「……ま、しょうがない、か。向こう側も近いし……」
 つぶやいたあと、とん、と軽くの背を叩く。
「向こうに渡ったらそれも消えるわ。も少し、我慢してね?」
「あ、はい」
「――」、頷くその横手からは、どこかあわてたイスラの声。「これ……」
 両手で胸の高さに掲げ持ったままの魔よけとを、弱りきった顔で交互に眺めている。
 その反応を予想してなかったわけではないせいか、はイスラとぶつかった視線を、へらっと和らげて笑ってみせた。
「預かってて」
「でも!」
「向こうのあたしは、それ、持ってなかったから」
 これは君にあげたものなのに。そう云いたいんだろうイスラのことばを遮って、は続けた。
「ちゃんと、“”が貰いに来るから。それまでの時間、すっ飛ばさずに過ごさせてやってくれないかな」
「……、そういうこと、なら……」
 どこか不精不精といった感じで、イスラは魔よけをしまいこむ。その拍子に、自分の足元に佇んだままのプニムに気づき、さらに身をかがめて青い背中をそっと押し出した。
「ほら、君も。帰るんだろう?」
 けれど、
「――ぷ」
 一声鳴いたプニムは、首を左右に振って、イスラのことばを否定した。
『え?』
 イスラ、それから見ていたも、目を丸くする。
 零すことばまできれいに唱和させたふたりを交互に見たプニムは、最後に、視線をに固定した。
 にこっと笑う。
 だけどとしては、その笑みに頷けない。
「ちょっと、プニム。プニムもここの時間じゃないって、ハイネルさん云ってたよ!?」
 あわくってしゃがみこみ、小さな身体に両手を添えて云うけれど、やっぱり、プニムはかぶりを振った。
「ぷ」
 行かない。そう云って。
「ぷぅ」
 ここにいる。そう告げて。
「ぷぷ、ぷー」

 ――生きていくべき場所はここに。そう……宣言して。

 ちらり。くりっとした丸っこい目が、呆然としたままのから、メイメイに移動した。
「んにゃ?」
「ぷぅ。ぷい、ぷぷ。ぷーぅ」
「……、にゃるほど」
「ふたりだけで判ってないで! メイメイさん、いいんですか!? プニム――」
 今はゆるやかに穏やかに、視界の端にたゆたう光。本来の時間へと誘うもの。
 が、剣をはじめとする幾つかの枷でそれを抑えてきたなら、プニムの枷はいわばと結んだ誓約ではないのか。が戻ればその抗力も弱まって、もしや迷子になるのではないか。
 懸念は当然のものだったが、メイメイは、さきほどのプニムと同じようにかぶりを振った。
「んーん……この子は、ここからが――そういうことなのよ」
「え?」
 そう訊き返すいとまもあらばこそ、メイメイはプニムと視線を合わせるために膝をついた。
ちゃんは帰る場所を知ってる。この子も生きていく場所を知ってる。……それだけのことだわ、ね?」
 最後の“ね”は、プニムと、両方へ向けたものだった。双方へ対する意味合いは違えど、ことばとしてはその一文字。
「ぷ!」
 プニムは、大きく頷いた。
「……そうなの?」
 は、再度プニムに問いかける――返って来るのは、直前の動作に負けず劣らず、いや、それ以上かもしれない肯定の仕草。
 そうして。ならば。
「そ、っか」
 それがまごうことなく、プニムの意志であるのなら。選択された道であるのなら。
「――うん。そうなんだね」
 惑いはしても、否定など出来るわけがない。
 の道を選ぶなら、プニムはプニムの道を選ぶし、イスラもイスラの道を選ぶ。――自分がそうしようと、そうしたいと。願うことを他者に限って否定など出来るわけがない。それは、ただの自分勝手、ずるいこと。
「うん……」
 メイメイに退いてもらって、はプニムの正面に跪いた。
「ありがとう、プニム。また逢おうね」
「ぷい、ぷぷー!」
 くるりっ、盛大に回転したプニムは、腕もとい耳をぐるぐるっと大きく振り回してブイサイン。おまけにウインク。
 差し出されたままの腕に、は自分の腕をぶつけてクロスさせる。
 ――またね。
 時間を越えて結んだ誓約はそのままに、それぞれ、各々の場所へと分かれてく。その合図。
 そうしてプニムは、イスラの傍らに戻る。
 それを見送って、は「よし」と立ち上がり、

 ――ごうん

 大きく、大きく――世界が揺らいだ。


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