――――そうして。
どうにかこうにか、女王ゴルコーダ五体、きっちり駆逐したふたりと一匹は、そこへ辿り着いた。
「……」
風景こそは、影法師の兵士たちが相手をする層にどこか似ている。他の四界を模した様子はない、どこか無機質な建造物の一角めいた場所。
けれども、今まで通過した場所のいずれとも、何かを異にした場所だった。
……しん、
と。静まり返っている。
階段を下りる途中で開けた光景、そこに何が動こうと見逃すまい、そんな気持ちで油断なくめぐらせていた視線に、だんだんと戸惑いが混じりだす。
これまでのように、進行途中から迎え撃ってくる影法師たちの、文字どおり、影も形も見えやしない。その気配さえも。
まだ階下に辿り着くには、もう少し段を降りねばならない。
そこは、それなりの広さがある床になっていて――その先には、どう目を凝らしても、先へ進む階段を見つけることは出来なかった。
そしてその床。
中央に、ふわふわと、漂う影法師がひとつ。
だがそれは、こちらの戸惑いを後押しするかのように、敵意も殺意も感じさせず、ただ、夢に幻にたゆたっているようだった。
「……」
いつ起きて向かってくるか判らない、そんな警戒も露に、とプニム、それにイスラは足を進めた。こつ、こつ、と、靴底が床を叩く硬質な音だけが、満ちる大気を震わせる。
目を凝らす。
一歩、一歩、確実に距離を縮めながら、影法師の輪郭をとらえようと、はいつの間にか目をすがめ、ただ、それだけを凝視していた。
「……ねえ、」
「……うん」
ある程度まで近づいたところで、ふたりと一匹は、期せずして同時に足を止めた。
「ぷー」
あれあれ? とプニムが首を左右にメトロノーム。イスラも似たような気持ちらしく、指を曲げて口元に当て、思案顔。
うん、その気持ちは判る。だって、あの手紙を見ていたんでなければ、先回りして引っかけられたんじゃなかろうかと勘ぐってたところだ。
そんな彼らの視線の先には、ゆらゆら、たゆたう影法師。
夢に幻に溶け込んだか、もはやおぼろげでしかないその輪郭が、そのとおりだとするならば。
「ここが最奥……」
なのかな、と。つぶやいたの声は、予想以上に場を揺らがす。
それを引き金としたかのように、
「あ」
ゆらり。
単調だった影法師の揺らぎが、僅かに乱れた。
ゆらり、ゆぅらり、ゆらゆら、ゆらぁり――――
縮み、伸ばされ、ねじれ、けれども、ゆっくりとゆっくりと、影法師の輪郭がはっきりしてくる。
夜を切り取っただけのような単純さだった色調も、僅かずつだけれど鮮やかな多色が混在し、最初の一色を押しのけていく。
じりじりとしつつ、それを見守っていたは、ふと横手からの気配に気づいて、鞘におさめていた剣に手をかけた。そのまま振り返る。視界の端に映ったのは、すでに見慣れた影法師。
「――――ッ!?」
けれど、はそのまま動きを止めていた。
傍らで、同じように別の方向へ対処しようとしたイスラも同じ。
ふたりの横手を、どこからとなく湧き出ていた影法師が、音もなく通り抜けていった。
これまでのような攻撃もない、ただ引き寄せられるように、空を漂ってそこへ――影法師がひとつ、ゆらりと揺らぐ階段の最下へ。
ひとつ、またひとつ、――ふたつ、みっつ、よっつ。
床や柱や空間から、次々と影法師たちは湧き出して、次々と最下の影法師に取り込まれる。
たちが立ち止まって呆然としているものだから、さっきまであった足音もない、そんな静まり返った空間のなかで――最後の影法師が、最下の影法師と合一した。
ゆらり。
一際大きく、影法師が揺らぐ。
一色が消える。
色が甦る、おそらくその人本来の色が。
透けるような肌色、お団子にまとめた茶色の髪、金糸の縁取りがされた赤い服。
「……」
誰かが唾を飲む音が、やけに大きく響いた。
三対の視線が凝視するなか、色を取り戻した影法師は、自分の身体をたしかめるように、腕を目の前に持ってきて数度振る。軽く握ってそして開いて、「よいしょ」と一声、宙にたゆたっていた身体を床へ運んだ。
それから視線をめぐらせ――それが階段のほうへと向いたところで、影法師、いや、彼女は動きを止めた。
にこり、その双眸が細められる。
何も飾り物などしていない腕が、なめらかな動作で持ち上げられた。
「やあっほー、ちゃん。おひさしぶりーぃ♪」
幻影の言祝ぎ解いた龍姫は、見慣れた笑みを見せ、云い慣れたその名を躊躇いなく呼ばわった。
「メイメイさん――――」
彼女は。“”を知ってる、“メイメイ”だった。