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【無限界廊】

- いつかの問い -



 諦めなければすべてが叶うの?
 諦めなければなんでも出来るの?

 いつか紡いだ問いがある。

 その答えは、たぶん、誰に与えられるものではないし、誰も与えたりは出来ないのだろう。
 だから、思うだけ。
 それが正しいか正しくないか判らなくても――もしかしたら、そんな判別自体無意味で――いつかの紡いだことば、判じ物めいたそれの意図を、少し解けた気がすると。

 諦めなければすべてが叶うなんてことはない。
 諦めなければなんでも出来るなんてありえない。

 ……でも。それでも。

 願うことで何かは叶うし、望むことで何かは得られる。
 叶わなくても失っても、進めばまた、何かに触れる。

 ……そう。願った。

 生まれようと。
 生きていこうと。
 たとえ覚えていなくても、そう望み、願った。
 だから、この地に生まれ落ちた。
 レヴィノス家の男子として、アズリアの弟として――病魔に苛まれつづける贄として。

 生まれてきた。
 生きてきた。
 だから、今、ここにいる。

 すべてを諦めきれることなんて、存在する限りありえないのだと。いつかの夢を、そうして思う。

 死のうとした。何のために。
 泣かないでほしい人がいたから、誰かに迷惑をかけたくなかったから、苦痛を終わらせたかったから。

 それは願いで、そして望み。
 死を願うことさえも、それは、ここに生きるあかし。

 ……そうしてすべては叶わなかった。

 だから、ここにいる。
 大好きな友達を、本来の場所に帰すため。
 ――ならばこれもまた、死を願ったことで叶えた、なにかの形――

 そうだね。
 だからきっと、後悔はしない。
 自分の選んだすべての分岐も、歩いてきた道も。
 今も、そしてこれからも、きっと。


 幻獣界層(勝手に命名)第二戦。到着した瞬間出迎えてくれたのは、ゴルコーダとジルコーダの群れ。
 それだけならまだしも、奥には、群れを従えるように鎮座ます、女王ゴルコーダまで。しかも五体。五体。一体ならまだしも、五体!
「いーやー! 気持ち悪い――――!!」
 っていうかマジでもって、あの日逃亡先に遺跡選んどいてよかったクリティカル――!!
 わけのわからない技名……なのかどうかも判らない雄叫びとともに、うごうご蠢くいつぞやの彼女曰くの蟻んコどもの群れに、は率先して特攻をかけた。
 あ、違う。じゃなくて、
 その。どうやら、相手を一目見た瞬間に、生理的嫌悪感がリミットを振り切ってしまったらしい。
 黒いシャツの肩口で、焦げ茶の髪が乱暴に踊る。
 軍隊めいた統率感のある、うごうご蟻んコの波状攻撃を時には躱し、時には返し、白い剣でもって遠慮なしにぶった斬っていく。
 傍らのプニムも、どこからともなく調達してきた巨大な岩を、ところ狭しと投げまくり。いかに頑丈な蟻んコ外殻といえど、問答無用でぺしゃんこだ。
「……」
 初めて見るうごうごの群れへの驚愕のため、少し出遅れてしまったイスラは、縦横に駆け巡るとプニムの姿を眺めて、どうしたものかと思案する。
 紅の暴君なき今、イスラはいつぞの曰く“ちょっと剣が使えるだけの小僧”にすぎない。さっき使った白い剣は、本来彼女のものだし。ので、ひとまず様子見も兼ねて、先行ふたりとの間に開いた距離を、まずは埋めることにした。
 長剣携えて、イスラはゴルコーダだかジルコーダだかの群れに飛び込んだ。
 先陣突っ切るのおかげか、層は薄い。散発的に向かってくる蟻んコどもを、打ち漏らさぬよう確実に仕留めていく。
 相手からの攻撃は受けず、避けることに専念。
 もそうだが、自分にしても、あの強力な顎をまともに受け止められるほど人外な筋肉は持っていない。かといって、頑丈な鎧など着込んでいるわけでもないし、今までと変わらず、相手の攻撃を一度でも受ければ立派に致命傷たりえるのだ。
 群れの中央に踊り出た餌候補を、奥に鎮座ましてる女王ゴルコーダがどう見たかは判らない。が、少なくとも、その距離が引き金だったようだ。
「……ッ!!」
 ちょうど、がまた前進し、イスラがようやっと距離を詰めて傍らに並んだとき。その光景を目にしたの双眸が見開かれ、ひくっ、と口元が引きつった。
「うわ……」
「ぷ?」
 似たような気分で表情を強張らせたイスラ共々、プニムが不思議そうに一瞥する。
 そりゃ、君はメイトルパ出身だから、見慣れてるのかもしれないけど。
 けど普通。想像出来るか? 出来たとしても積極的に脳裏に浮かべたい光景か? ――答えは否。
「いや―――――――――!!」
 ずずっ、ずずっ。
 お子さんだか卵だかを孕んでいるのだろーか、膨らんだ腹を突き出すようにして、女王ゴルコーダ五体が一気に、こちらに向かって移動し始める。その光景。
 硬直から脱したが、間一髪、好機とばかりに迫ってきたゴルコーダ数体をまとめて一閃、屠る。
「やだやだやだー! いくらあたしだって、我慢出来るもんと出来ないもんがあるってば――!!」
 うごっ、うごっ。その巨体ゆえか、鈍重な動きで迫る女王ゴルコーダ五体。わりと余裕のある距離だったジルコーダへ振るわれた刃は、あちらを直視したくないからだろうか。
 とりあえず、女王ゴルコーダ方面に生まれた隙を埋めるべく、イスラはの前に出た。そのついでに、訊いてみる。
「君、虫ってダメ?」
 答えは即行、
「ダメじゃない! けど、あの、ヴァルゼルドみっつは入りそうな大きさのせいでいろいろコワいの!」
 どこ見てるか判らない複眼とか、不規則に動く六本足とか、妙にてらてら光る胴体とか! さらにそれが五体もいれば十割増しで!!
 怖いわりに、よく見てる気がする。
 頭に浮かんだツッコミは、あえて思考だけに留めておいて、イスラは「そっか」とだけ応じた。
 それから、うごうごの向こうに見え隠れしている目標物を、改めて捕捉する。ここで戦って起こるような、ちょっとやそっとの衝撃で壊れるものでもないだろうが、念のためだ。
 ちょっぴり半狂乱になってるの頭を、軽く手のひらで叩く。
 涙目で見上げる夜色の双眸に、にこりと笑ってみせた。
「がんばろう、。こんなのがいるんだ、きっとゴールはもうすぐだよ」
「うぅ……そうであることを切実に願う……」
 少し気を取り直したか、今度揮われた白は、いささかも揺らぐことなく蟻んコを粉砕した。
 ん、と、手応えをたしかめるように頷いたが、ちらりとイスラを振り返る。そうして、確りと浮かべられる笑み。
「うん、そうだよね。がんばる!」
「ぷっぷー!」
「その意気、その意気」
 握りしめられた手のひらに、もはや震えはない。相棒の復調にプニムが喝采をあげ、イスラもまた、破顔した。


 ゴールに着けば、彼女は還る。
 本来生きていくべき時間、いつか云ってた大事な仲間のいる場所へ。

 本当は、着きたくない。
 還ってほしくなんかない。
 ――傍にいてほしいよ、。生まれて初めて出来た友達。
 でも。
 笑っていて、ほしいんだ。君でいてほしいんだ。

 それが、遠い明日でしか、叶わないっていうなら。
 今失う怖さよりも、いつか叶う再会を願いたい。


 ふと細めた視界の先で、焦げ茶の髪が勢いよくなびいた。前方、迫る女王ゴルコーダへと、が向き直ったのだ。
 大振りに振られる腕が、真っ直ぐに、巨大な五つの体躯を指した。
「そういうわけで、蟲ども覚悟! ――あたしはうちに帰るんだ、あんたらに食べられてなんかやらないから!!」
 啖呵は一発。
 そして続くは、床を蹴り駆け出す足音が三つ。
 そのいずれにも迷いはなく、ひとえに、ただ目指すは夢幻の最奥。


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