ドガガガガガガガガガガガガガガッ!!
「どわ――――ッ!!」
「うわわわ!!」
「ぷ――ッ!!」
いったい、これまで何体の相手を屠ってきたろうか。通った層はまだ、両手でおつりの来る数のはずだけれど。
すべてが夢と幻も同義もこの無限界廊、命を潰す罪悪感を実際手にかけたときほど考えずに済むのはいいが、それでも、相手の攻撃は間違いなくこちらに当たるし、こちらの攻撃も間違いなく相手に当たる。
それは剣だろうが拳だろうがついでに云うなら召喚術や銃の弾丸でさえ。
ドガガガガガガガガッ!!
……今、たちが身を隠した柱を連続して叩いているのも、そのひとつだ。
この層へやってくるなり出くわした、真っ赤な機械兵士。ただし、エスガルドに在らず。彼よりもっと、ごつくて凶悪なフォルムのそれは、こちらの姿を認めるなり、豪腕振り回した挙句に周囲のお仲間けしかけて、銃を連射させてくれやがっていた。
幸いなのは、弾丸の軌道というものは、慣性の法則を無視しない限りは直線上を進むものなので、ひたすら動いていれば当たる確率は激減する。
それでも無傷というわけにはいかず、避難した柱の陰に立つは、これまでの傷に加えて新たに肩口から血が滲み出していたし、イスラの頬にも一筋、弾が掠っていった傷が出来ている。
……アズリアさんごめんなさい。弟さん傷物にしちゃった。
でもってプニムは的が小さいせいか、現時点、ここにきてからの傷はない。うらやましい。
「――びっくりした」
ひとまずの盾を得たことで安心したか、ほう、と息を吐きつつイスラがつぶやいた。
「右に同じ。……遠慮なしに戦闘状態の機械兵士って、やっぱ怖い……」
「ぷい、ぷーぷ」
そう語るふたりと一匹の頭上で、
ず、
と、何か、重いものが傾ぐような音がした。
『ん?』「ぷ?」
彼らはほぼ同時に頭上を見上げ、直後、目をどんぐり状態にする暇も惜しいとばかり、脊椎反射をフル活用。
ず……ずずずずずっ、
『だ――!!』「ぷー!!」
うまい具合に削られ抉られた柱の上部が、たち目掛けて落下開始。
ずぅん、と、鈍く大きな音と震動が床を揺るがすと同時、ふたりと一匹は身を隠していた柱の陰から転がり出る。
それを見計らって、再び連射される銃。
「イスラ! プニム!!」
「うん!」
「ぷぷー!」
転がりつづけて回避することは可能だが、それでは、いつまでもいたちごっこ。
数度の回転後、は体勢を整え身を起こす。別方向に転がっていってたイスラも同じく。プニムは最後に一跳ねして。
視線で意思疎通なんて悠長なこともしてられない、応の声だけ耳にした後は、ただ前方だけを見て床を蹴る。
―― 一直線に向かってくる、愚かな心臓目掛けて向けられる銃口。
それが火を吹くと同時、いや、それより先に、
「ぷー!」
横手からやってきたプニムが、手近な、それなりに面積があって厚みもある瓦礫を耳で鷲掴み、そのままの眼前へと――第一投!
直後打ち出された数発の弾丸は、見事、飛んできた瓦礫の中心へとクリーンヒット。瞬間だけの盾になった瓦礫は、がその場を駆け抜けるころには、慣性の法則に従って横手、後方へ。
深い緑色に塗装された機械兵士は、再び現れた獲物へ、再度狙いをつけ、
「邪魔だよ」
「hfoahッ――」
他方向に配置されていた機械兵士らの発砲をものともせず、高台を疾駆してきたイスラによって、首筋の駆動部分を砕かれた。
キュイイィ、金属の軋む音をたてて、その機械兵士は動作を停止する。
「よっし! えらい!!」
とプニムはそのまま足を止めることなく、イスラ共々、たった今倒した機械兵士の大きな体躯の陰に走り込んだ。
停止した仲間はどうでもいいのか、やっぱり遠慮なしに打ち込まれる弾丸は、それでも、さっきの柱をえぐるようには、ふたりと一匹の盾を奪うまで至らない。
うむ。目には目を、機械兵士の攻撃には機械兵士の盾を。――外道だが。
そのまま全員で盾を引き寄せ移動させ、ちょうど近くにあった分厚い壁との間へ。銃の嵐は止まないが、今度こそ、息を整えるための場所は確保した。
「さて、どうしよ」
口元に手を当てたの横、
「あの赤いのが親玉だろうね。あれさえ叩けば、少なくとも統制された行動はとれなくなると思うよ」
「ぷ」
イスラが提案し、プニムがこくこく頷く。
なるほど、意見は全員合致していると。
ならば――
がしゃん、
ふと気づけば銃声は止み、有象無象の機械兵士たちとは一線を隔す重厚な足音が、壁の向こうから迫っていた。
「プニム!」
「ぷ!!」
即座にプニムが行動に移る。
それまで盾にしていた機械兵士、その巨大な身体をかわいらしい小動物が持ち上げる光景ってのは、わりとシュール。
で、持ち上げられたそれはどうなるかというと――
「ぷーッ!!」
気合一閃。
埒があかぬと判断したか、陣取っていた後方から進み出てきた赤い機械兵士めがけて、真っ直ぐ放り投げられた。
が、赤いのも、あえてそれを受けるほど判断力は鈍くない。
豪腕一振り。それだけで、耳をつんざく轟音発して、機械兵士同士の衝突は防がれる。バレーボールのレシーブめいて打ち返された緑の機械兵士はあわれ、数度床をバウンドして転がり、動かない。
それを乗り越え、赤い機械兵士の腕が、盾を投げ捨てた者たち目掛けて振り上げられる。
が。
その真下。先ほど緑の機械兵士を打ち払うために、大きく振るわれた腕の下に出来た空間に、当の標的が滑り込んでいた。翻る焦げ茶の髪、黒い衣服に包まれた腕には、白く輝く一振りの剣。――それが、攻撃を繰り出さんとの予備動作、伸びきった腕の、肘部分目掛けて一閃。
ごとっ、と鈍い音。
肘の先からすっぱり切断された拳が、あらぬ方向へと吹き飛んでいく。
自らの被害を悟ったか、頭部中央にある大きなレンズのようなものが、激しく数度明滅。同時に警報、おそらく援護の指令。
それが最後まで鳴り響くより先に、イスラが長剣を携え、床を蹴る。
振るわれる、もう一本の腕からちょうど、身を躱すために深くかがんだの背に「ごめん」と一声、足を乗せる。「どうぞ!」応えては、タイミング計り、立ち上がる。両腕を、ばっ、と持ち上げると、利き手が空き、逆の手が埋められた。
そうして、その勢いと自らのバネを利用して、イスラが跳躍。携えるのは、たった今と入れ替えた白い剣。
空中の獲物を捕えんと向かう腕に、プニムが横から体当たり。うまいこと、その衝撃で、赤い機械兵士はバランスを崩す。仰け反ったため、――ちょうど、その部分が、降下するイスラの視界に、遮るものなくさらされた。
――――突き立てる。
仮にも機界ロレイラルの機械兵士、なまなかな武器……たとえばさっきまで彼が手にしていた長剣では、傷つけるどころか剣の方が折れていたろう。
けれども、今、彼の手にあるは白い輝き。
碧や紅、もしくは蒼。それらとは在り様隔していても、世界最高とも云われる魔剣鍛冶師によって鍛えられた、一振りの剣。意志に呼応する刃。
音さえなく、難もなく――白い剣は、人でいうところの眉間へ身をうずめた。
盛大な爆音立てて赤い機械兵士が地に伏すと同時、とプニムはそれぞれ、一瞬動作を止めた他の兵士たちへと攻撃を仕掛け――層を訪れてから数えること、おそらく十分もあったかどうか。
あれほど響き渡っていた銃声の名残さえ今はなく、しん、とした静寂が場を覆う。
額ににじんでいた汗をぬぐって、は、ほう、と息をついた。
「――」
「あ、ありがと」
渡される白い剣と換えて、長剣をイスラに手渡す。
「ぷー」
ぽよぽよ跳ねていたプニムが、一角で止まってふたりを手招いた。呼ばれたふたりは頷いて、足並み揃えてそこへ向かう。
ちょうど、高台のてっぺんから死角になっていた場所だ。
そこへ到着し、ひょっこり頭を突き出せば、見えるは眼下に積み上げられた瓦礫や金属の床――ではない。
階段。
鋼色したその階段は床へ続かず、途中の空間で、ふっ、と掠れるようにして消えている。奇妙な光景だが、これが、先の層へと続く道だ。
ちなみに、さっき下りて来た階段は透明だった。その前は若草色。
……召喚石の色だと、判る人なら判るだろう。順番としては、透明→鋼色→紫色→赤色→若草色らしい。まだ一巡だけど、たぶん法則だと思って間違いない。出てくる相手もそのまま、影法師めいた兵士たちに始まって、ロレイラル住人、サプレス住人、シルターン住人、メイトルパ住人、と配されていた。
階段を覗き込んでいた姿勢を戻し、はうんざりした顔になる。
ちらりとそれを見たイスラが、苦笑して云った。
「まだまだ道は続く、かな?」
「ロレイラル二回戦突破……」つぶやいて、辿ったルートを思い返す。「……ってことは、2の2だから……あと霊界と鬼妖界と幻獣界が、最低でも一回ずつはあるってことだよね……」
「ぷい、ぷーぷー」
そうだろうね、と同意するプニムも、鳴き声に疲れが滲んでる。
何しろ、最初の相手さんからしてなかなか強かった。
どのあたり、なんて考えるだけ無駄なことだと判ってはいても、何を考えて手強いのがしょっぱなからいる場所に放り込んでくれたのか。こういうのって普通、手馴らしの相手が最初に存在しないか?
ぼやきはことばにしないまま、は、ひとつ息を大きく吸って吐き出すと、階段に向けて足を踏み出す。
「行ける?」
鋼色のそれに移動しながら、首だけひねって振り返った。
「だいじょうぶだよ」
「ぷいぷーぷっ」
応えて、にっこり笑うイスラとプニム。
「ん」
も同じく、微笑んで頷いた。
――疲れがないわけじゃない、傷も疲労も溜まっていく。休憩らしい休憩もとらずに突っ走っている今の状態では、それも、無理もない話だ。
だけども、三人は、足を止めずに歩き出す。
疲労はたしかにあるのだけれど、それ以上。うん、それ以上に、今、こうして歩いていくのが、――楽しいからかもしれない。
自分は自分だし、イスラはイスラだし、プニムもプニムだし。
なんら変わらぬ己をもって、並んで歩いていけているから。
この時代で初めて、がだっていうことを、隠したりせずに行けるから。イスラもプニムも、いちばん自然なそのままだから。
「……」
先を行く焦げ茶の髪に続きながら、イスラは少しだけ目を細めた。
ずっと――このまま、歩いていけたらいいのに。
自分と、彼女と、その相棒と。
だけどそれは、叶わない願い。
そうしていつか、叶ってほしい願い。