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【探検隊がゆく】

- 無色な因縁再びか? -



 そうして、肉体労働組が簡単な食事を終え、レックスたちの第一回授業も一応無事に終了したらしい船室に、一同が集結した。
 部屋の外に誰かがいたなら、緊迫した会話が漏れ聞こえたかもしれないだろう。
 また、ひしひしとにじみ出てくるその緊迫感に、背筋が硬くなる感覚を覚えたかもしれない。
 けれども何より、

 ――ずどがらしゃああぁッ!

 と。
 盛大に響いた音こそ、誰かがそこにいたら飛び上がってたかもしれない。
 いや、部屋のなかにいた全員も、それは例外ではなかった。

 呆気にとられている者、あきれた眼差しで見つめる者、反応は多様だ。
 子供たちの抱えてる召喚獣たちが、心配そうにつついてくるのも笑える。
 だがは、それどころではなかった。
 たった今聞いたその単語は、たった今引き起こした爆音の犯人とをイコールで結ぶに当然のものだったのだから。
「なっ・……な、な、な」
 ヤードは語った。
 レックスとアティの身に宿った魔剣は、世界を滅ぼしかねない力を宿す危険極まりないものだと。
 それをなきものとするために、彼は、魔剣を所持していた組織から盗みだし――また、組織の一員であった彼自身も抜け出した。
 いや、それはいい。そのあたりは聞いた。
 問題は、その組織だ。
 ヤードが身をおいていたという、その組織の名前。
「むっ……む、むむむむ」
「何唸ってるんですの?」
 ベルフラウの呆れた声も、今のの耳には入らない。
 違う違う、唸ってるんじゃない。どもってるんだ。
 ぶんぶんと首を横に振り、は、ヤードを凝視した。
 さぞや目が見開かれてることだろうと、頭のなかの冷静な部分が指摘する。
「む……無色の派閥って云いましたか!? 今!?」
「は、はい」
 衝撃の告白の名残より、おそらくの剣幕におされてだろう。
 起き上がりざま迫りくるに、ヤードも少しのけぞり気味だ。

 ちょっと待てちょっと待てちょっと待てー!無色の派閥って云ったらあそこじゃないかあの因縁の魔王儀式でバノッサさんとかソルさんたちとかアヤ姉ちゃんたちに途方もない迷惑かけた組織、っていうかあたしらだって大迷惑だったしというよりもアメルやレイムさんがそもそも力取り戻したのがあの人のせいなんだからあああすべての元凶ここにあり!な組織の名前がどーーしてここで出てくるか!?あたしはついこないだその派閥をさんざんけちょんけちょんにしてきたばっかりなんですよお父さんお母さん!っておいおいこの時代あたしそもそも生まれてない!?

 床にうずくまって頭を抱えたを、レックスたちが、絶句して見下ろしている気配。
 判っちゃいるが、何か云わなきゃいけないんだろうが、そこまで頭がまわらない。
「えーっとさぁ」、
 そこにソノラが助け舟。本人そのつもりはないんだろうけど。
「そこまで嫌がるってことは、も無色の派閥について何か知ってんの?」
「もしや、界の狭間に迷い込んだのは派閥の実験に巻き込まれたため、とか……!?」
 ソノラのことばから連想したらしく、今度は逆に、ヤードが血相変えて迫ってきた。
 最初の問いに頷いたは、次のその問いへは必死こいてかぶりを振って答えにする。
 あたしのは完璧に事故です(一部人為的な)、と断って、ひとまず椅子に座りなおす。
「……つまり、ヤードさんってば、無色の派閥から魔剣盗み出して逃げてきたんですか……」
 そりゃあ、みょうちきりんな追手もかかろうってもんである。
 しみじみとしたのことばに、ヤードはこくりと頷いた。
 その場を見ていたスカーレルの表情も、心なし険しい。
 “紅き手袋”というどこぞの裏稼業集団については、も、そしてふたりも、他の皆に告げるつもりはなかった。ちゃんと退けはしたのだから、今さら余計な心配をさせるつもりはない。
「で、結局、巡り巡って帝国軍がその魔剣を手に入れちまったらしいんだよ」
「あの船にも、帝国軍人が乗ってたわけ。見なかった?」
 いえ、見てません。
 子供たちは部屋にこもってたし、その彼らにほぼかかずらってたレックスとアティが、ふるふると首を振る。
 甲板で世間話していたも、以下同文。
 ……そういえば、イスラさん、やっぱり海に投げ出されちゃったのかなあ……
 船底に行くと云ってたから、あの客船が無事なら、かろうじて助かってる可能性はある。
 こうして自分たちが生き延びているのだから、せめて、ここでなくてもどこかに流れ着いていてほしいとは思う。
 出港してそう間はなかったはずだから、潮の流れがうまく運べば、それは期待できない話ではないわけだけど。
「――それじゃあ、つまり」、
 の思考を打ち切ったのは、やけに冷たい印象をもたせるウィルの声。
「皆さんがあの船を襲ったのは……その魔剣を手に入れるため、だったんですね?」
 続けて告げるのはアリーゼ。
 兄のような冷たさは彼女にはないけれど、それでも、ちょっぴり見える憤り。
「オレたちがこんなことになってんのも、アンタたちのせいってことかよ!」
 ダン! と、皆のついていたテーブルを叩いて、ナップが怒鳴った。
 そうして。
 現状への不満だか怒りだかをそのままぶつけられたカイルたちは、一言も発しない。
 すべてが事実であり、そうして原因なのだから。
「ビビ……」
 オニビが、ゆらりとその身体の炎を強めた。
 ただしそれは、怒りというよりも、もう少し源を異にする何かのようだけれど。
 一瞬遅れて、カイルが椅子から立ち上がる。
 さすがに体格の差は自覚してるのか、子供たちが、一瞬身を強張らせた。
 けど。
「――すまねえ」
 カイルは前には出ようとせず、そのまま床に膝をつく。
 深々と頭を垂れて、口にしたのは一言の謝罪。
「……っ」
 付き合いが浅いとはいえ、彼に対して磊落だという印象をもってたらしい子供たちは、さすがに絶句していた。
 それは、アティやレックスも同じだ。だって例外じゃない。
「アニキ……」
「責任は全部オレたちにある。アンタたちのことも、船が直り次第すぐにパスティスまで送り届ける。……今約束できるのはこれだけだが、出来るかぎりのことはする」
 本当に、すまない。
 ソノラの語尾に被せて、カイルが再びそう云った。
 下げられたままの頭から、金色の髪がさらりと落ちる。
 予想しなかったらしい反応に、子供たちも、怒りをそがれてしまったようだった。
 どう対応していいか判らないんだろう、ただ、兄弟顔を見合わせてうろたえてるばかり。

「――顔をあげてください、カイルさん」
 しょうがないことだったって、みんな、判っていますから。

 それまで黙っていたアティが、そっと彼の肩に手を添えて云った。

 ほっ、と。
 安堵の息を零したのは、海賊一家も子供たちも、同じだった。



 何はともあれ、レックスとアティのとりなしで、晴れて海賊一家と一応和解。
 しばらくは共同生活になるのだから、ここでしこりがある程度解消されたことはバンザイというべきなのだろう。
 わらわらと部屋を出て行く一同の姿は、心なし、晴れやかに見えなくもない。
 その背中を見送って、は「さて」と振り返った。
 伸ばした腕の先、握りしめた手のひらには、むんずとばかりにヤードの服の裾がつかまれている。
「……あの、さん……」
 別に逃げたりはしませんから、放してもらえませんか?
 ちょっぴし情けない顔で、ヤードが懇願する。
 だけど、はかぶりを振って。
「そうじゃなくて……何か握ってないと、衝動的に叫びだしそうで」
「――そんなにひどい印象があるんですか?」
 たしかに、あの組織の所業を考えると、当然かもしれませんが。
「そういうわけでもないんですけど……あの、ヤードさん、無色の派閥って、アレですよね?」
 自分たちの理想の世界をつくるために、あっちこっちで暗躍している性根のヒネ曲がりまくった召喚師集団。
 身もフタもないのことばに、その組織の一員だったヤードががっくりうなだれた。
 けれどすぐに表情を改めると、神妙にひとつ頷く。
「ええ。例の魔剣についての実験も、そのために行われていたんです」
「で、さっき云ってたように、二本の魔剣のうち一本はレックスさんかアティさんを主として宿ろうとしてて、もう一本は――」
「……紅の暴君、キルスレス。こちらの行方は今のところ、杳として知れません」
 あの嵐で海に投げ出され、何者の手も届かない場所に沈んでしまったのなら、歓迎したいのですが。
 答えるヤードの表情は重い。
 彼としても、あまりぽんぽんと口にしたくはないことなのだろう。
 それでもレックスたちに事情を明かそうとしたあたり、彼の誠実さをうかがわせるには充分すぎる。
 つけこむようで悪いけれど、は再び口を開いた。
 もうひとつ、確かめたいことがある。
「もう一つ、訊いてもいいですか?」
「どうぞ。私に答えられることでしたら」
「……無色の派閥が剣を追ってここにやってくる、ってことはあると思いますか?」
 答えは、
「それは……ありえないのではないでしょうか」
 思考しつつの、とりあえずは否定。
 根拠は? と目で促すと、ヤードは顎に手を当てたまま、
「派閥も、帝国軍が魔剣を回収したことは掴んでいると思います」
 ですが、あの嵐も、そうして我々がここに流れ着いたことも、予測不可能のことです。
「海の藻屑と判断するならよし、そうでなくとも手がかりが一切ない以上、この島の存在を見つけるだけでも時間がかかると思います。すぐさま手が伸びてくる、というようなことはないでしょう」
「そうですかぁ」
 良かったー。
 先ほど以上に大きな息をつくを見て、ヤードがすまなそうに頭を下げる。
「本当に申し訳ありません、あなたまでこんなことに巻き込んでしまって」
 さっきも、私が至らないばかりにカイルさんを矢面に立たせてしまいましたが、本当は、すべての責はこちらにあるというのに。
 深く、先刻のカイルよりと同じほど、もしかしたら尚深く。
 頭を下げる彼のそれは、芝居でもその場しのぎでもない。
 無色の派閥に身を置いていたわりに、と、思わず偏見めいたことを考えてしまうほど、この人は真摯だ。
 思えば、を召喚したのも無事を心配してのことだった。

 ――それに。
 何度も云うようだが、はヤードのおかげであの変な空間から抜け出してこれたのだ。感謝こそすれ、謝罪を頂くつもりはない。
 第一、あんな空間で延々彷徨うよりは、時代がズレてても地面に足つけてあれこれ頑張るほうがどれだけ建設的か。

「えっと。あたしは、どっちかっていうと感謝してるんですってば」

 だからは、笑ってヤードの肩を叩く。
「前向きに行きましょうよ。場当たり的でもいいじゃないですか、差し当たってはレッツ船の修繕がんばりましょう! ってことで」
 ね?
 俯いたままのヤードを、下から見上げてにんまり笑う。

 硬かった彼の表情が、そこでやっとほころんだ。


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