夜が明けて、朝。
嵐のために航行機能を失ってしまったカイル一家の船の流れ着いた海岸では、早朝から賑やかな音が鳴り響く。
「切ってきた木は、ここにおけばいいかな?」
「そうですね、まずは乾燥させないと……大きな部分は後として、小さな損傷をまず修復していきましょうか」
「浸水するような穴が空かなかったのが、不幸中の幸い、だよね」
カイルと一緒に林から木を切り出してきたレックスが、風当たりの良さそうな場所にそれらを並べる。
体力勝負の出来ないヤードと、したくないスカーレルは現場指揮。
身の軽いソノラとが、先刻のヤードのことばどおり、外壁の穴をふさいでいく。
大工道具は、カイルたちの船に積んであったものだ。
船の簡単な修理を行うためのものだろうが、まさかこんな大掛かりな補修に使うことになるなんて、きっと考えてなかったに違いない。
そもそも、航海できなくなるほどの損傷は普通、ドックかどっかに突っ込んで直すものだし。
「あら? そろそろ時間じゃない?」
ふと時計を見たスカーレルが、林に戻ろうとしたレックスに声をかける。
船にへばりついたとソノラの下で、少女ふたりの奮闘をはらはらして見守っていたアティが、「あ」と云って弟を振り返った。
「レックス、行きましょう。みんな、さっき部屋に行っていましたよ」
「あ! もうそんな時間!? 判った、すぐ行くよ」
姉のことばに、レックス再びUターン。
つまり一回転した彼を見て、傍のカイルが吹き出した。
「おう。行ってこいよ、先生の仕事もちゃんとやらねえとな」
「がんばってねー」
かなづちをブンブン振り回して、命綱つけたソノラがふたりにエール。
落としたらどうなることやら。
さりげなく、予想される落下地点から離れたアティが、「はい!」と頷いて。
それから、ふたりは揃って船のなかに入っていった。
「んでもさぁ、別にこんなときまでシゴトしなくてもいいのにねぇ」
再び船に向き直ったソノラが、を手招いた。
命綱を伝って、ふたりは甲板に戻る。
梯子もないために、こうやって船のへりから吊り下がって作業するしか、外壁の補修方法はないのである。
「うん、でもホラ、あの子たちは元々軍学校に行くために船に乗ってたんだから……」
ここでどれくらい時間がかかるか判らないけど、やる予定だった授業のいくらかは、進めときたいんじゃないかな。
「でもねぇ……」
このままじゃ、ちょっと何ヶ月かかるか判らないわね。
甲板から指揮をしていたスカーレルが、その会話に入ってくる。
形よく整えられた爪には、きれいなマニキュア。
ちらりとそれが目に入ったは、ふと、自分の手を見下ろしてみた。
……荒れ放題。
いや、そりゃ、たしかに、今まで軍人だったり戦ったり時間飛ばされたりで、そんなの気にするコト少なかったけど。
「うええぇ、何ヶ月ぅ?」
横では、ソノラがスカーレルのことばにげんなりした顔で肩を落としている。
「だってねえ……材料の調達からして、そこらの木だけで間に合うもんじゃないのよ?」
「塗装も必要ですし、金属が必要な部分もありますし」
と、ヤードもこちらにやってくる。
「第一、オレたちは船の応急処置は出来ても、基礎からの設計なんて完全にお門違いだしな」
海賊は船操ってなんぼ、作るのは造船を生業にしてる奴等。
カイルのことばは、至極当然。
それは判るのだけれど、感情も納得してくれるかというと、そうはいかない。
自身、急ぎではないとは彼らに云ったものの、さすがにスパンが何ヶ月、半年、となると、ちょっと厳しい。
元の時間に戻ったら、いつの間にやら逆浦島太郎……なんてシャレになりません。
「ま、とりあえず今日のところはここまでにしとくか」
高くなってきた太陽を見上げて、カイルが云った。
陽射しも気温もそう強くなく、むしろ心地いいくらいなのだが――それでも、長時間の労働はあまり勧められるものじゃない。
それに、材料も設計図もない今の現状では、場当たり的な端的補修しか出来ないのが事実。どうにもこうにも、作業のテンションは上がりづらい。無理して続けても疲れるばかりだ。
「授業っていうのは、どれくらいで終わるのかしらね?」
軽食の準備をするために身を翻したスカーレルが、ふと首を傾げた。
「小一時間くらいって云ってましたよ。自分たちもまだまだ不慣れだから、ちょっとずつやっていく、って」
「へえ? じゃあ、ついでに昨日の話のつづきでもすっか」
「昨日の話?」
大ボケにも首を傾げたの頭を、ソノラがかなづちの柄で軽くつつく。
「剣よ、剣。ヤードの持ってたってゆー魔剣」
「さんにもまだ、詳しい話はしていませんでしたよね?」
「……あ、そうだった」
思いっきり忘れてました。
えへへ、と照れ笑うに、おいおいおい、と力ない複数のツッコミが入ったとか入らなかったとか。