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【陽気な漂流者ども】

- 夜は不思議がいっぱいだ -



 ――そうして、案内された各々の船室で、各々が眠りについたあと。
 甲板で少し話してたらしいレックスたちと子供たちが、部屋の扉を閉めた音で目が覚めた。
 そんなので目が覚めたくらいだから、眠ったといっても一時間もないのだろう。
 ゆっくりと身体を起こし、隣のソノラの寝息をたしかめる。
 年が近いから、という理由で同室になったのだ。
 ベッドはそこそこ広いし、もソノラも雑魚寝には慣れてるし、結果としてふたりでひとつのベッド、というわけである。
 昨日、寝すぎたかな。
 心のなかでつぶやいて、ふと。
 目が移ったのは、傍の窓。
「光?」
 ……から入ってくる、月の光とは思えないほど蒼く澄み渡った輝きの欠片。
 ソノラを起こさないように、そっとベッドを出た。
 窓に手のひらと額を押し付けて、外を見る。
「――――?」
 ふわふわ。ふわり。
 そんな形容さながらに、砂浜を漂う光があった。
 自分たちと同じように遭難した人たちの、彷徨ってる魂なんだろうか。砕いて云えば幽霊か。
 だけども、別に悪い感じは受けない。
 むしろ――あたたかくて、なつかしい感じ。
 目をこらしてよく見ると、輝きのせいでおぼろげだけれど、それは人の形をしていた。
 身体つきを見るに、成年男性らしい。ちょっとずるずるの服は、召喚師を連想させる。
「……」
 ふと。
 目が合った。
 見下ろしている視線に気づいたらしい男性が、それを追ってを見つけた。
「……」
 にこりと。
 微笑んだ。
 どちらが先だったろう。どちらがつられたのだろう。――どうでもいいか。
 男性の唇が、何かことばを形作る。
「……こ……ん、ば……んは?」
 はい、こんばんは。
 ぱたぱた手を振ってみたら、男性の笑みが深くなった。
 そうしてまた、口をパクパク。
「い……ろ? 色? ……い……お・……? の、お?」
 判るかそんなもん。
 渋面になって見下ろすと、笑みが苦笑に変わる。
 そうして、フ、と。
 まるで陽炎のように、その青年の姿は消えた。
「……幽霊?」
 それにしては、やっぱり、悪い感じは受けなかったけど。
 残滓さえ残っていない、今度こそ正真正銘の月明かりに照らされた砂浜を眺めること、しばし。
「……」
 まあいいか。
 そう思ったが再びベッドにもぐりこむまでに、さして時間はかからなかった。
 女の子としては、怖がってソノラを起こしてみたりするべきかと思わなくもなかった、が。
 それよりは、他人の睡眠と自分の睡眠のほうが大事だったのである。
 神経が太すぎると称するべきか、物事に動じないと称するべきか。
 そんな些細な問題は、安らかな寝息の前にかき消される運命だけれど。


 ……待っていたよ ずっと ずっと
 ……繰り返す 悲劇の環を
 ……断ち切ってくれる 人

 螺旋を断ち切る異分子を …… 僕は、待っていた――――


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 ――同じころ。月の光降り注ぐ島の、別の場所にて。

 静まり返った森のなか、月の光も届かぬ闇に、閃光が迸った。
 様々な色の交じり合ったそれを、もしもが見ていたなら、自分をこんなところに送り込んだ、そもそもの発端たる光を思い出したろうか。
 眠っている獣たちは、音も無く閃いたその光には気づかない。
 一瞬だけ煌いた輝きは、一瞬後には消え去っていた。
 ……そうして。
「ふぅ……」
 座標はこのへんで合ってたみたいね。
 闇のなか、むくりと。
 光が迸る前までは、たしかになかったその人影が、ゆっくりと身を起こす。
「さって、と」
 ひとつつぶやき、人影は、懐から何かを取り出した。白い紙――封書、手紙の類だろうか。
「仕掛けはひとつ。これくらいは許してくれるわよね?」
 ひらりと人影が手を振ると、それは、瞬時に虚空へと姿を消した。たしかにそれを所持していたはずの人影の手には、もはやなにものも存在しない。

 ――そうして。
 視線をめぐらせ、もうひとつの目当てである存在を、人影は見つけた。

「……いらっしゃいな」
 いかなる偶然か、それとも、あの子は嫌うだろうが、運命か。
 光を目にしていた、もうひとつの人影に、現れた人影は手を伸ばす。

「あの子が来てる」
「…………」

「螺旋を止めた、異分子が来てるの」
「…………」

「私はね、それを見届けに来たわけ」
 叶わなかった彼らの願いが、今度こそ叶う、その瞬間を見るために。

 優しく。
 諭すように。

「判るわね? 同じモノ、ふたつは、要らないの」

 一語一語ゆっくりと、語られることばに。
 立ち尽くしていた人影は、ゆっくりと、動いた。

 現れた人影は、近づいてくる人影を優しく迎え入れる。

「……あなたに」
「幻影の、言祝ぎをあげるわ」

 ゆぅらりと、紡がれることば。
 それは、もはや、どちらが発しているのか判らない。それほどまでに接近し、腕を背に回しあうふたつの人影は、まるで、鏡のこちらとあちらのようだった。
「無限の最奥へ……」
 夢と幻の果てに存在する、限りなき界廊の果てなき奥に、その身を浸して待っていて。
 その現身が儚くなるまで、
「その存在が淡く透くまで」
 ……世界が関知せぬほどに、幻影に溶けてしまうまで。

「予見あたわぬ、遥か夢幻の最奥へ」

 ――迎えに行くわ。


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