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【陽気な漂流者ども】

- 昨日の敵は今日の友 -



 ひとまず、説明は後回し。
 まずは、はぐれ召喚獣たちとの戦いで負った怪我の治療や、各々の装備の確認などを優先することにして、たちは船の傍に集まった。
 もう、この近場に危険な気配はない。
 さっきのレックスとアティの姿を見て逃げた一味が仲間に告げたか、それとも、気配だけで近づいたらただではすまないと察してもらったか。
 いずれにせよ、しばらくの安全は確保できそうである。
 騒動の間に服はすっかり乾いたものの、塩くささが抜けず。しばらくはソノラの服を借りることにしたが、更衣のために入った船から出てきた目の前には――円陣を組んでいる海賊一家と客分と、家庭教師と生徒たちがいた。
 なんとも、バラエティに富んだ光景である。
 色鮮やかだわ職業バラバラだわ、年齢もピンキリだわ。
 自分も今からそこに混じることは棚に上げて、はしみじみそんなことを思ってしまった。
「お待たせしましたー」

 一声かけて近づくと、レックスがちょいちょい、と手招いた。
 応じて近づけば、彼が少し身体をずらし、隣のカイルの間にスペースが用意される。
 黒い短パンの上に紫の長衣。袖はない。足の露出が嫌だとのたまったのために、ソノラとスカーレルが相談して出してくれたのだ。それを翻してスペースに移動。
 すとんと腰をおろして、これで全員揃ったわけだ。
「てゆーかさ、今さらだけど、アニキ?」
 ちらり、と。
 レックスとアティ、生徒たちを一瞥して、ソノラが怪訝な表情になる。
「そいつらってたしか、海でアタシらのジャマしたってヤツじゃないの?」
「ん? ああ。あのときは結局痛み分けになっちまったけどな」
「誰もアニキの勝負の結果なんて訊いてないってば」
 要するに、一応敵だったんでしょ?
「ええ、そうでしたね」
 にっこりと。
 笑って応じたのは、カイルではなくアティ。
「でも、今は味方だよ」
「はいー?」
「ま、たしかに――ヤツらを退ける手伝いはしてもらっちゃったわけだものね?」
 ますます変な表情になったソノラの横で。含みのある笑みをつくって、スカーレルが問う。
 ええ、と頷くのはヤード。
「そのあたりにも、紆余曲折ありますけれど――とりあえず」
 彼の懐から取り出されたサモナイト石が、淡く輝いた。
 今度こそ。正真正銘。
 喚び出されたピコリットが、スカーレルとソノラの負った傷を癒す。
 新しく誓約しなおされたピコリットなのだろう。界だか時空だかの狭間でが出逢った、その当人(?)ではないようだ。ちょっぴり手を振ってみたけど、首を傾げられてしまった。
 それを見ていたレックスたちが、きょとんとした顔になる。
 経緯を知ってるカイル一家+ヤードは、かすかな苦笑。
 だけど、すぐ。
 「あ」という表情になって、ピコリットは、送還しようとするヤードを止めると、身も軽くの傍に舞い下りてきた。
「あなたが、“”様ですか?」
 意外に流暢なそのことばに、驚き半分感心半分、はこっくり頷く。
 レックスとアティ、それに生徒たちが、召喚主でもないのにピコリットに話し掛けられたに、驚愕の目を向けている。
 ……そういえば、あてのない旅人だって自己紹介してそのままでしたよ、あたし。
 説明すべきかどうか迷って、とりあえず、ピコリットに頷いて見せた。
「うん、そうだよ。あなたはあのときのピコリット?」
「いいえ、違います。小天使はサプレスにたくさんいますから」
 姿はそう変わりませんから、見分けはつきにくいかもしれません。
 ちっちゃく笑って、ピコリットは「でも」と続けた。
「あなたの出逢った小天使と、わたしは、近しい関係なのです。……とってもたくましい人間の方に出逢った、と、お話を聞きました」
「……たくましい、って……」
 あたし、一応オンナノコって部類に入ると思うんですが。
 はらはらと心中で涙してみても、さすがにそこまで通じるわけがない。
 ソノラが、必死に口とおなかを押さえてるのが横目に見えた。
 ピコリットは笑んだまま、からヤードに視線を転じる。
「あの方も、ご無事だったようですね」
「あ、うん」
「ええ。あなたがたのおかげで、なんとか」
 こっくり頷くの横から、視線を向けられたヤードも応じる。
 彼自身、護衛獣として以外の召喚獣と、こういう長話をする機会がなかったのだろう。心なし、目を丸くしているけれど。
「あなた方のお知りになる小天使が、無事を心配していました。これで、やっと安心させてあげられます」
 にっこり。
 嬉しそうに笑って、ピコリットは一度その身を回転させた。
 すでにヤードの手に生まれかけていた送還の光が、小天使の意志に応えるように輝きを増す。
「あ。ねえ!」
「はい?」
 送還の光に身体をひたしたピコリットが、きょとん、とを見下ろした。
「“ありがとう”って伝えてくれる?」
 あなたが通りかからなかったら、あたし、まだあそこを彷徨ってたかもしれないから、って。
「はい」
 最後に満面の笑顔をくれて、ピコリットは今度こそ、送還の光に包まれた。
 ヤードが苦笑して、手に残る光の残滓を軽く払う。
「……さて」、
 魔剣の話をしようかと思ったんですが――
 そうつぶやいて、ぐるりと一同を見渡した。
 正確には、レックスとアティをはじめとする、海賊一家以外の面々を。
さんについて説明しておくほうが、先のようですね」
 こくこくこく。
 頷く6人を眺めて、ヤードは――もといに視線を移した。
 が頷いたのを確認して、ヤードの懐からひとつの石が取り出される。
 サモナイト石――紫の。
 この世界のものではない文字で、刻印の刻まれた石。
 “”と。
 まあまず、この場の面々には読めないだろう彼女の真名が刻まれた、召喚石。
「それは……召喚石ですか?」
 小首をかしげて、ウィルが問う。
 の説明をするのに、どうしてそんなものが必要なのかと、それは疑問。
「はい」
 ヤードの視線に促され、は首を上下させた。
 レックスとアティに視線を移し、もう一度――今度は謝罪のために。
「まず、ごめんなさい。あたしはあなたたちに話さなかったことがあります」
「え?」
「話さなかったこと?」
「――アンタ、ウソついてたのか?」
「最初から、この人たちの仲間で……?」
 ちょっと険しいナップの声。
 ドキドキ、と、心臓の早鐘さえ聞こえそうなアリーゼの問い。
 それには、かぶりを振る。正直、微妙なトコロではあるけれど。
「ウソは云ってない。あてがないのも、聖王都に向かいたかったのも本当。……話さなかったことっていうのは、行きずりの人たちに説明するには、ちょっと込み入りすぎてるって思ったから」
「そう、ね。さすがにアレは、ねえ」
 クスクス、スカーレルが笑う。
 ヤードにつづいてと接触し、あまつさえあの現場まで見ていた彼も、の含むところは理解しているのだろう。
 それが気に入らないのだろうか? ベルフラウが、心なしムッとした顔でを促した。
「それで? お話なさらなかったことというのは?」
「あたしは、ヤードさんと召喚の誓約を結んでるの」
「え!? じゃあ、は召喚獣……!?」
 レックスの驚きは、間違ってない。が、間違っている。
 の生まれ故郷は名も無き世界と呼ばれる異世界。……この時代に、その世界の存在が立証されてるかどうかは、わからないけれど。
 召喚獣という部類に入ることは確実だが、ヤードと交わした誓約は、それとは根本を異にするのだ。
「……それがね」
「界と界の間に、狭間という場所があります」
 視線を受けて、ヤードが口を開く。
「どこの界にも属さぬ空間。いくつかの種類がありますが、本来は人が迷い込むことはありません」
「そこに……さんは迷い込んでいたんですか?」
「そういうこと。で、困ってたところに、さっきのピコリットの友達が通りかかったの」
「それは、私がピコリットを召喚するために通した道です。その道をピコリットに代わって辿ることで、さんはリィンバウムに戻ることが出来た……」
 但し、その代わりとして、誓約の対象がピコリットからさんに移行してしまった、というわけです。
「そのときの縁で、聖王都行きの船を捜すためにあの港町まで乗せてもらったんですよ」
「……そこを、オレが引っ張ってきちゃったのか」
「ま、そーいうわけで、ピコリットとのさっきの会話の理由とカイルさんたちと知り合いだった理由はこれで説明終了します」
 何か質問は?
 と、即座にレックスが手を上げる。

「じゃあ、はどこの国の人?」
「一応、聖王都に家があります」
 20年後のだけど。

さんは、どうして、反対方向の探索に行ったのにここにきてたんですか?」
「無事を心配したヤードさんに、強制召喚されました」
「……そんなことが出来るんですか?」
「出来るんです」
 一方的に喚びつけるだけですが、と苦笑して答えるのはヤードだ。
「こと彼女との誓約に関しては、通常の召喚術と同列には並べられないようでして」
 そんな注釈つき。

 はあ、と。
 ため息とも呆れとも、贔屓目に見れば感嘆ともつかない吐息が、レックスたちからこぼれた。
 そんななか、ふと思い出したようにウィルが云う。
「……それじゃあ、あのプニムはどうしたんです?」
「ミュミュー」
「あ。」
 プニム? と。
 今度は、カイル一家が首を傾げる。

「あああぁぁぁっ! おいてきちゃった!!」

 がばぁッ!
 砂を撒き散らして立ち上がったの両側で、レックスとカイルがのけぞって、あわや倒れかけていた。
「ごめんなさい探してきます!」
「ちょ、ちょっと待って! 俺も行くよ!」
 飛ばされてきちゃったんなら、、あの砂浜がどっちの方向か判らないだろ!?
 負けず劣らず勢いよく立ち上がったレックスが、走り出そうとしたの腕をつかんだ。
 すいません、と、謝って、は走り出そうとしていた身体を回転させる。
 お約束というかなんというか、全然見当違いの方向に走り出そうとしてたらしい。
「じゃ! そういうことで――」
「あ……僕たちも行きますよ。テコだったら、メイトルパ同士だからなにか判るかもしれませんし」
「ミュミューッ!」
 問いを発したウィルが、続いて立ち上がる。
「ありがとウィルくん、それじゃ行ってきます!」
「お……おう。行って来い」

 ダダダダダダダ。

 さっきまでの戦闘の疲れはどこ行ったのか。
 走り去る3人と一匹を、残された面々は呆然として見送った。
 そうして、
  ――パン!
 唐突なやりとりに呆気にとられている一行を我に返したのは、スカーレルが手を打ち鳴らした音。
「はいはい、それじゃ、あの子たちが帰ってくるまでに食事の準備をしましょうか?」
「食事って……こんなときに?」
 この方たちの使う剣についてもまだ、何も訊いていませんのに。
 さらにあきれ返るベルフラウに、けれどスカーレルはウインクなどしてみせて。
「しょうがないじゃない、メインがひとり、走って行っちゃったんだもの」
 ねえ?
 視線を向けられたアティは、弟の走っていった方向を見ていたけれど。
 スカーレルの声に応えて、笑いながら振り返る。
「そうですね。もう日も傾き始めていますし……おなかがすいてたら、注意力散漫になっちゃいますよね」
「そだねっ。客人が増えたから、多目に調達しなくっちゃだし!」
「客人って……オレたちもかよ?」
 何気なく云ったソノラのことばに、ナップが、目を丸くしてくらいつく。
 疑問を投げられた彼女は、投げた彼と同じくらい目を丸くした。
 首を傾げて、兄――一家の元締めを振り返る。
「でしょ?」
「おう」
 話を振られたカイルはというと、すでに自分のペースを取り戻したらしい。
 にやりと不敵な笑みを浮かべると同時、立ち上がって一行を示した。
「ちっと遅くなっちまったが――」
 海賊カイル一家の元締めである俺が、改めて宣言しよう。

「あんたたちを、俺たちの船の客人として歓迎するぜ!」



「それで、プニムはどうなったの?」
「見つかりませんでした……」
 かっくり。
 肩を落として戻ってきたたちの目の前には、ささやかな晩餐が並んでいた。
 捜索してる間にやったのだと聞かされて、手伝いも出来なかったのかとまたかっくり。
 まあまあ、と、なけなしの酒を手にしたスカーレルが、の頭を軽く叩く。
「ダイジョーブよ。その子は、アタシらより前からこの島で暮らしてるんだもの。右も左も判らないで野垂れちゃうってことだけはないと思うわ」
「……そう、でしょうか」
「そうそう〜。野生のヤツは野生に返さないとね?」
「ソノラさん、はぐれ召喚獣というのはですね……」
 ちょっとズレた慰めをくれるソノラに、召喚師として黙ってられないらしいヤードが口を出す。
 とは云うものの、自身、
「そうかも……」
 などと納得しかけたのだが、今度は横からナップが顔を覗かせて。
「何だよっ。じゃあ、アールたちも野生に返せとかいうのかよ?」
「プピ、ピーププウ!」
「ビビビッ、ビ」
「ミュミュゥ……」
「キュピー……」
 召喚獣4匹の抗議的鳴き声プラスに、訴えるような子供たちのまなざしが4つ。
 さすがに、これにはソノラもたじろいだらしい。
 う、とうめいて、救いを求めて視線をお魚。
 応えて、アティの助け舟本日第二弾。
「いいんですよ。キユピーたちは、アリーゼちゃんたちのお友達なんですから」
 お友達とは一緒にいたいですよね?
 そのことばに、ぱあ、と子供たちと召喚獣たちの表情が晴れる。
 ソノラはその間にカイルのところへ逃亡して、彼のつまみを横からかっさらっていた。
「それに、プニムだってきっと、のこと探してるよ。また逢えたら、ちゃんと事情話して謝ろうな」
「はぁい」
 ぽむ、との頭に手をおいて、レックスが笑う。
「そうですよね。またそのうち逢うかもしれませんよね」
「そうそう。だから、主賓がそんなシケた顔してないで。せっかくの宴会なんだからね?」
「主賓はレックスさんたちですよー」
 あたしは、もう数日前から世話になってばかりじゃないですか。
「お子様が口答えするんじゃないの」
 とは云うものの、もスカーレルも顔の筋肉は弛みっぱなしだ。
 剣のことで難しい顔をしていたヤードも、気づけば口の端が持ち上がってるようである。
 こんな和やかな雰囲気のなかで、いつまでも気を張ってたり落ち込んだりしてられるものじゃない。
 不安そうだった子供たちも、それぞれの友達と食事したり話したり、兄弟で顔つき合わせてたり。

 あたたかな火の周りには、あたたかな食事とあたたかな人たち。
 しかも、それが終わればちゃんとした寝床が待っている。
 潮水や砂べたべたで、空腹抱えて眠った昨夜と違って、今夜はなんて幸せだろう。
 状況としては何も変わってないに等しいけれど、
「今夜だけは盛り上がろうぜ! 明日からまた、大変なんだからな」
 そう云うカイルのことばに、全員が大きく頷いていた。


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